私の初めての核心~そういう視点もありますのね~
こんにちは。
今回もよろしくお願いします!
早朝、使用人の部屋
お休みの最終日。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいました。
風がカーテンを揺らしていました。
私は、目が覚めて上体を起こしたところでした。
昨日は、男性に抱き寄せられるというアクシデントがありました。
そのせいで、なにも手につかず……
図書館を飛び出た後、町中を歩き回りました。
どこで、なにをしたらいいのか判断できなかったのです。
屋敷に戻っても、ただ部屋の中で一点を見つめていました。
気が付けば、一日が終わっていました。
ーーこれでは、お嬢様に申し訳なさすぎます……それに、男性にお礼も言ってないですね……。
私は、視線を下ろしました。
指先に力を込めて布団を握り込みました。
ーー男性に……本の感想言えませんでした……
長い息が漏れました。
視線は、上げられませんでした。
しばらく、そのまま動けませんでした。
ふと、外から駆ける足音が聞こえてきました。
私はハッとしました。
ーーせっかくお休みをいただいたんです、今日こそ頑張らないと!
足をベッドから下ろしました。
そして、立ち上がると腕を天に伸ばしました。
ーー今日は図書館に行って、男性にお礼と本の感想を伝えないと。そして、できれば……男性と出会えれば……!
腕を下ろして、足を一歩踏み出したのです。
図書館
私は2階を目指しました。
3回目になると、足取りは慣れたものでした。
恋愛小説の部屋の前で足を止めました。
そこで、バッグの中身を確認しました。
そこには、購入した子宝ベーグル。
ーー出会えるかもしれませんので、念のため……
視線をしばらく止めました。
バッグを閉じて、ドアに視線を移しました。
一度、肺いっぱいに空気を取り込みました。
紙とインクの香りがしました。
息を止めて、ドアノブに手を掛けました。
そして、押したのです。
ドアを開くと、例の男性は目の前にいました。
本棚の前で、整列している本を眺めていました。
バッグを持つ手に力がこもりました。
「あ、あの……」
口の中はカラカラでした。
でも、バッグを持つ手は湿っていて……
頭は火照りました。
声はか細く、届いたのかも怪しい音量でした。
ーーただ、お礼と感想を言うだけなのに、なぜこうなってしまうのでしょう……
「あ、お姉さん! 大丈夫だった?」
「いえ、あ、はい……」
「危ないよ?気をつけないと。」
「はっ……はい。昨日は……助けていただいてありがとうございました。ちゃんとお礼も言えず申し訳ございませんでした。」
男性の表情は読めませんでした。
ただ、怒っているような物言いではなかったのです。
その声に私は詰まってしまいました。
言い終わると、頭を下げ、床の木目を見つめました。
私は、頭を下げることに集中しすぎて、バッグが手から離れてしまったのです。
床に落ちていくバッグ。
ゆっくりに見えました。
「ああ!」
バッグの中身が散らばりました。
一瞬二人とも動けませんでした。
急いで手を伸ばしますが、子宝ベーグルの包みが男性の目の前に落ちていたのです。
男性はゆっくり包みを拾い上げ、私に差し出しました。
「これ、ロッソの店のだろ?」
「わっ、わかりません……“子宝ベーグル”で有名とだけしか……。」
「お姉さん、外の人?」
「ええ……そうです。」
「ふーん……」
ーーみ、見つかってしまった……
一気に血の気が引いていくのを感じました。
鼓動は速くなり、大きな音を立てました。
冷たくなる指先で子宝ベーグルを受け取りました。
「お姉さん、子供欲しいの?」
「あのっ……いや……」
「恥ずかしがることないよ?ロッソの店有名だもん。」
「えっと……私、乳母になりたいのです。」
私の口から言葉がポロリと出てしまいました。
息が詰まりました。
ーー乳母になることは、なにも恥じることはないはずですのに……なんでこんなに、恥ずかしいんでしょうか?
ベーグルの包みがぐしゃりと歪みました。
「え……なんで?」
「……お仕えしている、お嬢様のためです。」
私は、男性の目の辺りまで視線を上げました。
「違う、でしょ?」
「え?」
首を傾げ、眉間にしわを寄せました。
「自分のためでしょ?」
「……」
「自分がお嬢様の一番になりたいから、乳母になりたいだけ。違う?」
無音になりました。
ーー違う。私は……お嬢様のために。お支えしたいと思ったから。
ほぼ初対面の人に、なぜそんなことを言われるんでしょうか……?
心外です。
「私はただお嬢様の幸せを願って…。」
「そういうの、偽善っていうんだよ?」
言葉が詰まりました。
ーー偽善……? 私のしていることは、偽善だったのでしょうか? 今までお嬢様の笑顔を守るために人一倍頑張ってきました。今回も同じ。なのに……“偽善”の一言で済まされるなんて……。私ってなんだったのでしょうか?
「そ、そんなはずは……」
「逆の立場で考えてみてよ。お姉さん、もう適齢期過ぎてるよね?行き遅れの侍女が急に乳母になりたいって言ったらどう思う?」
「……」
瞬きができませんでした。
そのうち全身が震え始め、唇を噛みました。
ーー確かに、お嬢様の立場で考えると考え直してほしいと思うかもしれないです。でも、でも……
「私は……私は! それでも、結婚して子供が欲しいのです……お嬢様の側で……乳母に……なりたいのです……」
視界が霞んでいきました。
ーー自分のためだったとしても……乳母になりたいという気持ちは、変えられない、諦められないのです。
零れてしまった涙は頬を伝いました。
そしてそれは、床に落ちてシミを作りました。
ーー厳しいとは私も、もう気づいております……でも、止められないのです。
「ごめん、言い過ぎた。」
男性は一歩近づきました。
袖を伸ばして私の目元に腕が伸びてきました。
私は、動けませんでした。
袖口が目元に当たって、痛みが走りました。
涙を吸った袖口が離れていきました。
そこは、お化粧で汚れてしまいました。
「お召し物が! 申し訳ございません…!」
汚れが目に入りました。
慌てて、バッグからハンカチを取り出しました。
汚れを押さえますが、それは取れませんでした。
ーー高級そうなシャツ……弁償するとなると、お給金ではとても足りなさそう……。
「いいよ……一回帰って着替えてくるよ。」
「いいえ、そういうわけには……!」
「替えあるし、気にしないで……。」
「で、でも……」
「気にする人?」
「……」
視線を下げて、頭を縦に振りました。
「も、申し訳ございません! 弁償させていただきたいところなのですが……ぶ、分割でもよろしいでしょうか……?」
空気が変わりました。
「……ぷっ」
「……え?」
男性は口元に拳を寄せました。
「ははは! 面白いね!」
「え? あのっ……え??」
「弁償なんかしなくていいよ。それより、お姉さん染み抜き得意?」
「えっ……? あぁ、はい……一応侍女をしておりますので……」
「じゃあ、ついて来て。」
「私で、よければ……」
「じゃあ、ついて来て。」
「え? 今日……ですか?」
「うん、今日。」
「……」
動きを止めました。
ーー時間がない、出会わないといけないのに……! でも……私のせいですし……ああ、しょうがない……ですよね……
「わ、分かりました。」
「そう。じゃあ、こっち」
男性はニッと笑うと、背を向けました。
そのまま、出口の方へ歩き始めました。
私もその背後に付いて行きました。
最後までありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




