わたしのはじめての、運命の抗いかた~普通の幸せを望む王弟殿下~
頭を抱えるジグルド様の前髪は顔の半分を隠しておりました。
その髪を震える指先で左右に分けたのです。
濡れた目元が現れ、金の瞳に陰りを落としているようでした。
ジグルド様の腕が力なく地に落ちたのです。
「運命なんて変えられない……。もう2回も失敗している……。」
どこか遠いところを見るような目で、私の腹辺りに視線を落としました。
私も正直、運命を変える方法なんて知らないのです。
震える膝を隠すように、膝を折ってジグルド様の首に腕を回しました。
耳元にジグルド様の息遣いを感じて、私は不安をかき消すようにひっそり息を吐きました。
「ジグルド様は……私を幸せにしてくれないんですか?」
「……幸せにできないじゃないか。2回とも狂わせた。この魔眼のせいで。俺はもう疲れたんだ。俺の人生はこの魔眼で全てを壊していく……。好きでこの眼に生まれたわけじゃない。俺が何をした……?」
「私は、その眼が好きです。なんど壊されても……それでも幸せだと感じるほどに……」
「俺は普通の幸せがいいんだ……。2人で笑いあって、時にけんかして……その普通さえも作ってやることができないっ!」
獣が牙を向いて叫ぶような声はジグルド様の絶望を現しているようでした。
耳元で叫ばれた声は耳鳴りとなって私の脳を震わせました。
特異であるがゆえに、普通が手に入らないもどかしさは私には理解できません。
私は手に汗を握り、背中に汗が伝っていきました。
「……では、私が普通の幸せをジグルド様に差し上げます。運命をねじ曲げて……」
「俺は魔眼のことを本で調べ尽くした。この世の本はほとんど読んだ。でも、何を読んでも答えはない。それをカミラがどうできるんだ!?」
捲し立てるようにジグルド様は言葉を紡ぎました。
声は揺れ、私にもその揺れが伝わってきました。
私はその震えを隠すように首に回した腕に力を込めました。
「私も情報を集めます。一人でできないことは二人でやれば良いのです。私が付いております。それでも足りないなら、他の方に助けを求めれば良いのです。」
「魔眼はこの国の最終兵器だ……そんな人は……いない……」
その言葉で一気に血が頭に上り、ジグルド様の肩を指が食い込むほど掴みました。
そして、距離をとり光を失った金の目を睨み付けたのです。
「そこから這い上がるつもりはないのですね。」
頭に血が上りきって叫びたい気持ちを無理に押さえ込み、低く地を這うような声で言いました。
ジグルド様の震えがピタリと止まり、お腹辺りにあった視線が顎先まで上がりました。
「永遠にお1人でそうしていたらいいです。私は、抗いますので。」
私はジグルド様の肩から手を離し、お腹に力を込めました。
血が全身を駆け巡り、燃え上がるようでした。
ジグルド様の縋るような視線を無視して、立ち上がり流れるような動きでカーテンシーをしました。
「ごきげんよう。ジグルド様。また。」
私の笑顔は、力なく床に座り込んだジグルド様を硬直させました。
お手本通りのご挨拶は静寂に包まれた部屋の温度を下げ、ジグルド様はピクリとも動きませんでした。
ドアノブに手を掛け、開けようと引きますがあまりの重さに眉間にシワが寄りました。
片手を足して、両手を使ってなんとか開けて振り返ることなく歩みを進めました。
私の足音と、ドアの軋む音が異様に大きく鼓膜を震わせました。
「うわあああああ!!!」
閉じたドアの奥でジグルド様の叫びが聞こえた気がしましたが、私は私のやるべきことのために視線を上げてお嬢様の元へ帰っていったのです。
一度も振り返らずに……
~レオンの屋敷、お嬢様の部屋
ジグルド様を置いて図書館を後にした私は、すぐさまお嬢様のところへ向かったのです。
図書館で初めてジグルド様に出会った日まで遡った私は、乳母になるために出会いの休暇中でした。
お嬢様のお部屋に入ると、勉強が一段落ついて休憩中のようでした。
「お嬢様、失礼します。」
「カミラ!嬉しいけど、いい出会いがあったの……?」
お嬢様は私の姿を目に捉えると、紅茶の入ったカップをソーサーに戻しました。
首を傾げ、伺うような視線を私に送りました。
絹のようなストレートの髪がお嬢さまの動きに合わせて、一房肩から落ちていきました。
「ええ、狂おしいほどのお方を……」
私の声は甘く自らの鼓膜を震わせました。
私の言葉に陽だまりのようなお嬢様の笑顔が、潮が引くように消えていきました。
一方私は対照的に口角を上げ、これ以上ない笑顔でした。
「カミラ……だめよ。諦めなさい。」
本能的に察知したのでしょう。
ただ事ではない雰囲気に、部屋の空気は立つのがやっとというほど重苦しくなりました。
お嬢様の命令は、予想通りでしたので私は何事もなかったように口を開きました。
「それには従えません。私はお嬢様にお暇をいただいてでも、彼を追いかけるでしょう。」
淡々と事務的に紡いだ言葉は、以前もこの言葉をお嬢様に願い出たことがある、と心の中で思いました。
お嬢様は信じられないと言わんばかりに目を見開いて凝視し、生唾を飲み込んでいました。
「カミラ、こないだ相手がいないって……出会いがないって……うそよね?」
お嬢様の声は揺れていて、瞳が揺れていました。
つい数日前までは、乳母になる、相手がいない、と焦っていた私が変わってしまったことで受け止められない様子でした。
私は引き続き微笑みを絶やさず、ゆったりと口を開きました。
「嘘ではございません。ただ……力が強すぎるのです。乳母にもなれないかもしれません。」
「……どういうこと?」
「それだけの相手だと言うことです。」
「……」
お嬢様は息を飲みました。
これだけの情報から、ある程度お嬢様は察してしまったようでした。
さすが才女と言われるだけあります、と他人事のように思いました。
ジグルド様に出会う前なら、我がことのように歓喜しておりましたのに。
「お嬢様、私はその方と添い遂げたいと思います。」
お嬢様が生まれて、今までに見たこともない目つきで私を瞳に映すのです。
それは先ほどより厳しく、全身を突き刺すようでした。
その視線を受けても、ジグルド様のことを想えばなんてことはなかったのです。
鼓動も跳ね上がることがなければ、息も吸えました。
胸を張って、なにも不安なことなどないのです。
ただ、目指すジグルド様との“普通”の幸せのために……
「もう……もう決めたのね……。でも、カミラは戻ってきた。……私に何をしてほしいの?」
お嬢様は息を大きく吐き出し、私から視線を外しテーブルに落としました。
そして、右手で額を押さえつけ小さく首を振りました。
その様子に私はまた頬が緩んでいきました。
「お嬢様、魔眼を聞いたこと、ございますか?」
わざと区切って、お嬢様の質問に対して質問で返しました。
再びお嬢様の視線が私に移り、目が皿のようになっておりました。
「まさか……王弟殿下?!雲隠れしているはずよ!そんな……カミラと……?」
私は口を結んだまま、ゆったりと首を縦に振りました。
お嬢様は両手をテーブルについて乱暴に立ち上がり、椅子が後ろに倒れました。
その音が嵐のようで、お嬢様の心情を表しているようでした。
「だめよ!!絶対にダメ!!カミラがおかしくなる!!」
私に駆け寄って、両手で私の手を取りました。
お嬢様の柔らかな手が私の固い手に食い込んで、熱を奪い取られるようでした。
「私が王弟殿下……ジグルド様を捕まえたのです。その魔眼と目を合わせて、“普通”に幸せになりたいのです。ジグルド様も……望んでおります。」
お嬢様の顔はみるみる赤くなっていき、小刻みに震えておりました。
唇を噛んで、腹の中で暴れ狂う言葉を堪えているように見えました。
お嬢様のその優しさに、私はまた頬が緩んだのです。
最後までありがとうございます。
次回も楽しみにしていただけたら嬉しいです!




