わたくしの初めての終焉~人形だったあの頃~
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今回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
重なった唇が離れて、ジグルド様の真っ暗な夜空に瞬く一等星のような瞳がまつ毛の長い瞼から現れました。
魔眼であるがゆえに目を合わせることはできないのですが、その輝きに肩の力が抜けていきました。
ここにきて、足が縺れて転倒したケガと男に掴まれた肩が痛み始め歯を食いしばりました。
服も紺色の制服が泥だらけで、どこかで引っ掛けたのかスカートの一部が破れていました。
あまりにもみすぼらしい格好に息が詰まりました。
「カミラ、帰ろう。」
「はい。」
ジグルド様の声に返事できることに、緩む頬を我慢することができませんでした。
ジグルド様は目を見開いて、私の頬に指先を伸ばしました。
その手は微かに震えていて、ジグルド様の手が私を温めていきました。
私もその手の上から自分の手を重ねて、擦り付けるように首を傾けて頬を押し付けました。
「ねぇ、もう一度キスしていい?」
「え?」
是という前にジグルド様の瞼が下りた顔が間近に迫ってきておりました。
私は瞳を閉じる前に唇が触れてしまって、閉じるタイミングを失ってしまいました。
「んっ……。」
交わせなかった言葉を埋めるように、角度を変えて何度も押し付けられる唇。
まるでもう逃がさないと言わんばかりのジグルド様の行動に思わず息が零れました。
「さてと、今度こそ屋敷に帰ろうか。」
ジグルド様の熱が離れていって、宙に浮いた腕を所在なさげにさまよわせました。
下ろすにも、なんだか違う気がして下ろせなかったのです。
自分の手に視線を移しますと、甲にも擦り傷があって、乾いた血がこびりついていました。
ジグルド様は口元に拳を持ってくると、クスッと一笑したのです。
「カミラは甘えん坊かな?」
「え?!」
そんなつもりはなかったはずですが、相変わらず手を下ろさず出したままで固まった腕はピクリとも動かず……。
だんだんと頭のてっぺんまで熱が上がってきました。
耳まで熱くなってしまいました。
思わず視線を破れたスカートに移すとばつが悪くて唇を噛んだのです。
「仕方ないな……。」
ジグルド様は私を抱き上げるように立たせると、膝の後ろに手を差し込み持ち上げたのです。
懐かしい、ジグルド様のムスクの香りが鼻を掠めます。
体温を間近で感じて、鼓動が伝わってきました。
規則正しいその鼓動に肩の力が抜けていきます。
肩にそっと頭を預けてその熱が頬から伝わってきました。
「そんなかわいいことしたら、俺、またおかしくなるよ?」
「ふふふ、ジグルド様は出会ったときからおかしいじゃないですか。」
「そんなこと言う?俺、一答王弟なんだけどな……。」
「身分をかざすなんてジグルド様らしくないですね。」
「まいったな……。」
「ふふふ……。」
肩をすくませたジグルド様の歩くたびに伝わる規則正しい振動が心地よくて、瞳を閉じました。
目の詰まった肌触りの良いシャツの胸の辺りを両手で握って、シワを増やしました。
下からジグルド様の横顔に視線を送れば、夜空に金の目が瞬いていました。
吸い寄せられるようにその瞳から視線を外すことができなくて、この瞬間が永遠のように感じました。
「ジグルド様……。」
私は取り戻した体の自由がまだ信じられなくて、気付かれないように微かに囁いたのです。
言葉にできる喜びを嚙みしめて、紅潮する頬をまた肩口に擦り付ければ、
前方に視線を送るジグルド様がクスリと笑ったのです。
「屋敷まで、持たないかもしれない……。可愛すぎる……。」
ジグルド様のつぶやきに、心臓が高鳴りました。
握っている両手からジグルド様の早くなった鼓動が伝わって来て、血が顔に集まってきました。
冷たく頬をかすめる夜風も、関係ないと言わんばかりに熱は高くなっていって、触れた場所は火傷しそうなのです。
「外は……嫌なのです。」
「ぷっ……ははは!俺もそんな趣味ないよ!安心して。」
ジグルド様の笑いのツボに入ってたのか、夜空に笑い声が響きました。
人形だったころは言葉にすることもできなくて、もどかしい日々でした。
でも、言葉にすることでこんなに笑い合えるなら、あの時ももっと会話したらよかったなと視線を伏せました。
「さて……、カミラはあの時のことどこまで覚えている?」
ジグルド様の頬が引き締まり、声も少し低く耳に残りました。
その声で私の手には汗がじんわりと滲んできたのです。
「……ジグルド様とお屋敷で私が人形のようになったところまでです。」
私の声は冷え切ったもので、事務的に答えました。
私はジグルド様との時間の終わりを感じて、自分の精神を削っていったのです。
それが、あの終わりの日々のことです。
「戦争は覚えている?」
「……戦争?」
「そうだよ。隣国と戦争したんだ。」
確か百年ほど戦争は起こっていないと記憶していましたが、そんな話は聞いていないのです。
首を傾げもう一度思い出そうと、夜空を見上げましたがそのような記憶は一切なく……。
月を睨みつけました。
「知らないです……。」
「使者が門前で叫んでいたじゃないか。聞こえていなかったのか……?」
「え?!私は……そのようなことは一切……。私たちの仲を裂こうとする使者なら頻繁に訪ねていたと……。」
「やっぱり。君は勘違いしてたんだよ。使者は王の招集命令を叫んでいたんだ。」
戦争への招集命令。
自分の勘違いより、ジグルド様の無事が心配でシャツを握る手に力が籠りました。
「ジグルド様は……ご無事で……?」
伺うように掠れた声で囁き、息を大きく飲み込みました。
血の気が引いていくのを感じながら、ジグルド様の口元に視線を注ぎました。
「無事も何も、魔眼を晒して命令したらひれ伏したよ。無条件降伏ってやつだね。」
「……。」
肩の力が一気に抜けて体重をジグルド様の胸に預けました。
「魔眼の力が世間に伝わって、子を作れとうるさくなってね。カミラを道具のように言うあいつらに腹が立って、記憶がなくなることを覚悟で逆行の魔法を使ったんだ。」
「私、記憶が……」
「それだ。遡った時点の記憶しかないはずなのに、君は全てを覚えていた。おかしいところはないか?」
ジグルド様の視線が前方から私に移って、私も視線を落としました。
この数時間の事を思い出しましたが、特段変わったことはなかったのです。
「ございません。ジグルド様の方は……?」
私に変化がないということは、術者であるジグルド様に変化があったのかもしれないと思いついたのです。
自分になにかあるのも怖いですが、ジグルド様に何かある方が怖いのです。
声は震え、歯がガチガチと鳴りました。
両手でつかんでいるシャツは私の手汗で遂に湿ってしまいました。
「俺も変わりないと……カミラ、俺の目おかしくないか?」
ジグルド様は顔を触れる寸前まで近づけて、目を見開きました。
立ち止まったジグルド様が顔を近づけてきました。
一見以前と変わらない星のような目が目前まできて、少し顔を上げれば唇が重なる距離に詰められました。
息を止めてジグルド様の瞳をくまなく見つめますが、特段変わっようには見えなかったのです。
「ジ、ジ、ジグルド様、かっ…かわっ、変わりないかと……。」
近すぎる距離にカタコトのように答えてしまいました。
この時目を伏せばよかったものの、遂にジグルド様の金の瞳が私の瞳を捕らえてしまったのです。
私は吸い寄せられるように、視線を外すことができませんでした。
お互いに見つめ合ったまま、二人の間だけ時が止まってしまったのです。
最後までありがとうございます。
次回もお楽しみに!




