わたしのはじめての溶けほどの幸せ。~それは本望です~
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よろしくお願いします。
朝の光が差し込む主室
私は、光沢のあるシーツを撫でていました。
指が滑って何度も何度も往復させました。
先ほどまで、ジグルド様のいたところを、飽きずに……。
視線を上げて、時計を目に入れると、いつもならば働いている時間でした。
両手をベッドについて、肘を張ろうとしました。
しかし、身体が錘をつけられたように重く、ベッドに沈めました。
捉えた胸元には、無数の紅い花。
私は、息を吐きました。
昨日、自白魔法を使ってまでジグルド様は、執拗に聞いてくるのです。
「俺のこと好き?捨てない?」
最初は素直に言葉に乗せました。
しかし、回を重ねるごとに口が鈍くなっていきました。
ただ、応える内容は一緒でしたが。
隠したい想いも全てさらけ出してしまえば、寄りかかれました。
恥も、身分も忘れることができました。
魔眼ゆえに目を合わせることができないもどかしさも、肌が触れ合えば熱が溶け合うようでした。
それから、私はお屋敷に住むようになりました。
ジグルド様との生活は、それはそれは昼も夜も分からなくなるくらいでした。
全てを霞ませ、お嬢様のこともいつしか忘れてしまいました。
次第に世間のこともどうでもよくなってきたのです。
ジグルド様は、王弟殿下ではなく、私のジグルド様。
私も侍女ではなくて、ジグルド様のカミラ。
そう信じて疑わないほど、2人だけの世界を創り上げていったのです。
時折、王の使者様がやってきました。
使者様が門前でなにかを叫ぶのです。
しかし、門からは一歩も入ってこないのです。
私は、首を傾げました。
「~~!!」
「ジグルド様、使者様が……」
「いいんだ、気にするな。」
「で、でも……」
その声は、なにか必死に訴えかけるような物言いでした。
聞こえてくる声に、だんだん息を吸えなくなっていきました。
なおも叫び続ける使者様。
私は、隣にいるジグルド様の腕を掴みました。
見下ろされた瞬間、唇を重ねました。
ジグルド様の掌が私の後頭部に置かれました。
そして、使者様が来る間隔が短くなっていきました。
そのたびに現実を突きつけられたようで、胸が詰まりました。
眉間に皺を寄せたジグルド様の横顔を、涙を堪えながら見上げる日々が続きました。
ーー私は、ジグルド様をダメにしていっているのでしょうか……でも、もう戻れないのです。苦しい。怖い。
私はだんだん日付感覚を忘れていきました。
何日この屋敷にいるのか、なぜ、ここにいるのかも……わからなくなっていきました。
「……カミラ? カミラ!」
ーーあぁ…ジグルド様が私を呼んでいます。
口は重くて開くことさえできません。
椅子に座ったまま、視線だけを声のする方へ持っていきました。
ジグルド様の頬には、一筋の涙が、光を帯びて伝っていました。
ーーああ、きれい……
金色に光る瞳と、透明な涙に息を詰まらせました。
私の胸は締めつけられました。
指先をその頬に差し出したかったのです。
でも、指一本だって思うように動かすことができませんでした。
ただ感情のない顔で、視線だけを向ける人形私がそこにいたのです。
「俺が……俺が、狂わせた……!」
ジグルド様が目の前で叫びました。
両手で頭を押さえ、膝から崩れ落ちていきました。
それをただ見ていました。
その時だけ、時間の流れが遅くなっているように感じました。
私は何もできないもどかしさに、産毛が逆立って、全身の血が逆流しているかのようでした。
「壊したのは俺だ……全部!」
ーー私は、狂ってもいない、壊れたのでもないのです!
私が自ら望んでジグルド様の手を取ったのです。
人形になれたのなら、それは本望なのです。
ただ……、ジグルド様がこうなってほしいとは望んでなかったのです。
ただただ二人だけの世界で幸せに暮らしたかった。
一つも言葉にはなりませんでした。
絨毯が、涙で色が濃くなっていきました。
ーーあぁ……、泣かないで……、どうか……、どうか……。
傍らにあった、女剣士と王子様の幸せな絵本にも涙が沁み込んで汚れていきます。
こうして私たちは、やはり絵本のようにはいかなかったのです。
ギシッ、ギシッ
「~、~、~!!!」
「~~~!!!」
ーーあれ、私……?
隣の部屋から情事の音が微かに漏れ聞こえていました。
私は椅子に座っていて、2,3度瞬きをゆっくりとしました。
目の前の風景は、ジグルド様のお屋敷ではありませんでした。
視線を下ろして、両手を捉えました。
何度も拳を握っては開いてを繰り返しました。
ーー動く!
一気に体温が上がり、血が全身に巡り始めたように感じました。
呼吸が乱れて、鼓動も痛いほど胸を打ちました。
視線を上げて、部屋を見渡しました。
ーーここは……レオン様のお屋敷。なんで?
私は、ふかふかの椅子に背筋を伸ばして座っておりました。
膝が小刻みに震えて、その震えが全身に伝染してきます。
ライラとロン様もいて、息を詰め、じっとこちらを伺っていました。
時計のカチカチとなる音と、隣の寝室から漏れ出る音が、重苦しく聞こえました。
ーーまるで、お嬢様のお見合いの日のよう。そんなはずは……
私は息を飲みました。
唇も震えて、言葉を発することもできないのです。
「……カミラ様?大丈夫ですか?」
「……っ、」
ロン様が私の顔を覗き込み、声をかけてくださいました。
その視線は優しいものでした。
ガチガチとなる歯が耳につきました。
喉まで込み上げた言葉は、そこで止まったまま音にできません。
ふいに、私の背中の中心に掌が触れました。
その手も小刻みに震えていました。
腕の先に視線を上げると、顔に色を無くしたライラが立っていました。
何度も掌を上下に往復していました。
そのうち、自分の震えかライラの震えかが分からなくなっていきました。
私は体をかがめました。
浅くなった呼吸を整えようと、身体の空気を全て吐き出しました。
「カミラ様……それほどにも、ショックを……! 我が主が申し訳ございません!」
ロン様が頭を下げました。
「顔を合わせただけで、このような……」
「……」
「これも我が主の蛮行。なんとお詫び申し上げれば……願わくば、私たちにお任せいただいても、よろしいでしょうか?」
詰まりながらも、誠実さが伝わるような声でした。
ーーまさか、本当に今日がお見合いの日だなんて……
私は、自分の前に置いてあったティーカップを眺めました。
指はスカートを歪めました。
手の甲に涙が落ちてきて、ハっとしました。
視線を上げると、微動だにしないロン様。
背中の掌もすでに止まっていました。
テーブルに両手をついて、震える足を立たせました。
お二人が何か言っていました。
しかし、そんなことは耳に一切入ってきません。
ーー私の居場所はここではないのです。
足が勝手に外に向かって、動き出したのです。
途中、足の回転が間に合わなくて、何度も何度も転びました。
掌も膝も濡れた感覚があって、鉄の香りが鼻につきました。
痛みはありましたが、足は止めませんでした。
夜の星が瞬いて、冷たい夜風が、私の涙にぬれた頬を冷やしていきます。
息は切れて、何度すっても苦しいのです。
ーー早く、もっと早く! あの人に会いたい……
なりふりなど構わず、ただ前に前に進んで行ったのです。
「そこのねぇちゃん! 俺と遊ぼうぜ!」
背後から、酒の匂いがしました。
誰かに強い力で手首を掴まれ、引っ張られました。
バランスを崩しかけましたが、寸のところで踏ん張り、振り返りました。
そこには、目の座ったボロ衣の男がいました。
片方だけ口角をあげていて、鼻の頭は真っ赤でした。
私は、顔が歪みました。
腕を振りあげ、一気に落としましたが手首に指がめり込んでいて、ビクともしませんでした。
逆に引っ張られ、バランスを崩しました。
男の胸に飛び込んでしまったのです。
顔がぶつかって、酒の匂いとすえた匂いが鼻につきました。
胃の中のものがせり上がって、息を止めました。
背骨が軋むほど抱き込まれました。
身体は震えるばかりで、なにもできませんでした。
そのまま引きずられるように、暗く、狭い路地裏に連れ込まれたのです。
ーーあぁまた、私は同じことを繰り返してしまいました……
冷えていく身体。
次第に、力が抜けていきました。
「お、やっと大人しくなったか! 可愛がってやろうじゃないか!」
男の弾んだ声に、全身の毛が逆立ちました。
震えは止まりませんでした。
壁に背を押し付けられ、冷たいタイルが体温を奪っていきます。
男の背後のタイルを一点だけ見つめました。
ーーもう、逃げられません。諦めるしか……ない……です。
まぶたを閉じ、息を止めました。
「カミラ!」
聞いたことのある声にまぶたを開けました。
ーーそんなはずは、ないのです! だって、あの方に出会う前のはず……!
視線をゆっくりと声のした方へ……
暗く、そのシルエットしか、分かりませんでした。
息が漏れました。
「逆行の魔法を使った意味がないじゃないか……」
やはり、あの方の声でした。
体の熱がじんわり戻ってきたのです。
魂の底から求めていた人だと、全身が知っていたのです。
ーー私があそこにいたのは、ジグルド様の魔法のせい……
「私の、ジグルド様……」
零れた言葉は、微かでした。
しかし、その響きはなによりも重く感じました。
最後までありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




