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乳母になりたいので子宝ベーグル片手に婚活した件について。  作者: あゆま3


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22/28

わたしのはじめての溶けほどの幸せ。~それは本望です~

いつもありがとうございます。

よろしくお願いします。

朝の光が差し込む主室


私は、光沢のあるシーツを撫でていました。

指が滑って何度も何度も往復させました。

先ほどまで、ジグルド様のいたところを、飽きずに……。

視線を上げて、時計を目に入れると、いつもならば働いている時間でした。

両手をベッドについて、肘を張ろうとしました。

しかし、身体がおもりをつけられたように重く、ベッドに沈めました。

捉えた胸元には、無数の紅い花。

私は、息を吐きました。

昨日、自白魔法を使ってまでジグルド様は、執拗に聞いてくるのです。


「俺のこと好き?捨てない?」


最初は素直に言葉に乗せました。

しかし、回を重ねるごとに口が鈍くなっていきました。

ただ、応える内容は一緒でしたが。

隠したい想いも全てさらけ出してしまえば、寄りかかれました。

恥も、身分も忘れることができました。

魔眼ゆえに目を合わせることができないもどかしさも、肌が触れ合えば熱が溶け合うようでした。


それから、私はお屋敷に住むようになりました。

ジグルド様との生活は、それはそれは昼も夜も分からなくなるくらいでした。

全てを霞ませ、お嬢様のこともいつしか忘れてしまいました。

次第に世間のこともどうでもよくなってきたのです。

ジグルド様は、王弟殿下ではなく、私のジグルド様。

私も侍女ではなくて、ジグルド様のカミラ。

そう信じて疑わないほど、2人だけの世界を創り上げていったのです。


時折、王の使者様がやってきました。

使者様が門前でなにかを叫ぶのです。

しかし、門からは一歩も入ってこないのです。

私は、首を傾げました。


「~~!!」

「ジグルド様、使者様が……」

「いいんだ、気にするな。」

「で、でも……」


その声は、なにか必死に訴えかけるような物言いでした。

聞こえてくる声に、だんだん息を吸えなくなっていきました。

なおも叫び続ける使者様。

私は、隣にいるジグルド様の腕を掴みました。

見下ろされた瞬間、唇を重ねました。

ジグルド様の掌が私の後頭部に置かれました。


そして、使者様が来る間隔が短くなっていきました。

そのたびに現実を突きつけられたようで、胸が詰まりました。

眉間に皺を寄せたジグルド様の横顔を、涙を堪えながら見上げる日々が続きました。


ーー私は、ジグルド様をダメにしていっているのでしょうか……でも、もう戻れないのです。苦しい。怖い。


私はだんだん日付感覚を忘れていきました。

何日この屋敷にいるのか、なぜ、ここにいるのかも……わからなくなっていきました。


「……カミラ? カミラ!」


ーーあぁ…ジグルド様が私を呼んでいます。


口は重くて開くことさえできません。

椅子に座ったまま、視線だけを声のする方へ持っていきました。

ジグルド様の頬には、一筋の涙が、光を帯びて伝っていました。


ーーああ、きれい……


金色に光る瞳と、透明な涙に息を詰まらせました。

私の胸は締めつけられました。

指先をその頬に差し出したかったのです。

でも、指一本だって思うように動かすことができませんでした。

ただ感情のない顔で、視線だけを向ける人形私がそこにいたのです。


「俺が……俺が、狂わせた……!」


ジグルド様が目の前で叫びました。

両手で頭を押さえ、膝から崩れ落ちていきました。

それをただ見ていました。

その時だけ、時間の流れが遅くなっているように感じました。

私は何もできないもどかしさに、産毛が逆立って、全身の血が逆流しているかのようでした。


「壊したのは俺だ……全部!」


ーー私は、狂ってもいない、壊れたのでもないのです!

私が自ら望んでジグルド様の手を取ったのです。

人形になれたのなら、それは本望なのです。

ただ……、ジグルド様がこうなってほしいとは望んでなかったのです。

ただただ二人だけの世界で幸せに暮らしたかった。


一つも言葉にはなりませんでした。

絨毯が、涙で色が濃くなっていきました。


ーーあぁ……、泣かないで……、どうか……、どうか……。


傍らにあった、女剣士と王子様の幸せな絵本にも涙が沁み込んで汚れていきます。

こうして私たちは、やはり絵本のようにはいかなかったのです。



ギシッ、ギシッ


「~、~、~!!!」

「~~~!!!」


ーーあれ、私……?


隣の部屋から情事の音が微かに漏れ聞こえていました。

私は椅子に座っていて、2,3度瞬きをゆっくりとしました。

目の前の風景は、ジグルド様のお屋敷ではありませんでした。

視線を下ろして、両手を捉えました。

何度も拳を握っては開いてを繰り返しました。


ーー動く!


一気に体温が上がり、血が全身に巡り始めたように感じました。

呼吸が乱れて、鼓動も痛いほど胸を打ちました。

視線を上げて、部屋を見渡しました。


ーーここは……レオン様のお屋敷。なんで?


私は、ふかふかの椅子に背筋を伸ばして座っておりました。

膝が小刻みに震えて、その震えが全身に伝染してきます。

ライラとロン様もいて、息を詰め、じっとこちらを伺っていました。

時計のカチカチとなる音と、隣の寝室から漏れ出る音が、重苦しく聞こえました。


ーーまるで、お嬢様のお見合いの日のよう。そんなはずは……


私は息を飲みました。

唇も震えて、言葉を発することもできないのです。


「……カミラ様?大丈夫ですか?」

「……っ、」


ロン様が私の顔を覗き込み、声をかけてくださいました。

その視線は優しいものでした。

ガチガチとなる歯が耳につきました。

喉まで込み上げた言葉は、そこで止まったまま音にできません。

ふいに、私の背中の中心に掌が触れました。

その手も小刻みに震えていました。

腕の先に視線を上げると、顔に色を無くしたライラが立っていました。

何度も掌を上下に往復していました。

そのうち、自分の震えかライラの震えかが分からなくなっていきました。

私は体をかがめました。

浅くなった呼吸を整えようと、身体の空気を全て吐き出しました。


「カミラ様……それほどにも、ショックを……! 我が主が申し訳ございません!」


ロン様が頭を下げました。


「顔を合わせただけで、このような……」

「……」

「これも我が主の蛮行。なんとお詫び申し上げれば……願わくば、私たちにお任せいただいても、よろしいでしょうか?」


詰まりながらも、誠実さが伝わるような声でした。


ーーまさか、本当に今日がお見合いの日だなんて……


私は、自分の前に置いてあったティーカップを眺めました。

指はスカートを歪めました。

手の甲に涙が落ちてきて、ハっとしました。

視線を上げると、微動だにしないロン様。

背中の掌もすでに止まっていました。

テーブルに両手をついて、震える足を立たせました。

お二人が何か言っていました。

しかし、そんなことは耳に一切入ってきません。


ーー私の居場所はここではないのです。


足が勝手に外に向かって、動き出したのです。

途中、足の回転が間に合わなくて、何度も何度も転びました。

掌も膝も濡れた感覚があって、鉄の香りが鼻につきました。

痛みはありましたが、足は止めませんでした。

夜の星が瞬いて、冷たい夜風が、私の涙にぬれた頬を冷やしていきます。

息は切れて、何度すっても苦しいのです。


ーー早く、もっと早く! あの人に会いたい……


なりふりなど構わず、ただ前に前に進んで行ったのです。


「そこのねぇちゃん! 俺と遊ぼうぜ!」


背後から、酒の匂いがしました。

誰かに強い力で手首を掴まれ、引っ張られました。

バランスを崩しかけましたが、寸のところで踏ん張り、振り返りました。

そこには、目の座ったボロ衣の男がいました。

片方だけ口角をあげていて、鼻の頭は真っ赤でした。

私は、顔が歪みました。

腕を振りあげ、一気に落としましたが手首に指がめり込んでいて、ビクともしませんでした。

逆に引っ張られ、バランスを崩しました。

男の胸に飛び込んでしまったのです。

顔がぶつかって、酒の匂いとすえた匂いが鼻につきました。

胃の中のものがせり上がって、息を止めました。

背骨が軋むほど抱き込まれました。

身体は震えるばかりで、なにもできませんでした。

そのまま引きずられるように、暗く、狭い路地裏に連れ込まれたのです。


ーーあぁまた、私は同じことを繰り返してしまいました……


冷えていく身体。

次第に、力が抜けていきました。


「お、やっと大人しくなったか! 可愛がってやろうじゃないか!」


男の弾んだ声に、全身の毛が逆立ちました。

震えは止まりませんでした。

壁に背を押し付けられ、冷たいタイルが体温を奪っていきます。

男の背後のタイルを一点だけ見つめました。


ーーもう、逃げられません。諦めるしか……ない……です。


まぶたを閉じ、息を止めました。


「カミラ!」


聞いたことのある声にまぶたを開けました。


ーーそんなはずは、ないのです! だって、あの方に出会う前のはず……!


視線をゆっくりと声のした方へ……

暗く、そのシルエットしか、分かりませんでした。

息が漏れました。


「逆行の魔法を使った意味がないじゃないか……」


やはり、あの方の声でした。

体の熱がじんわり戻ってきたのです。

魂の底から求めていた人だと、全身が知っていたのです。


ーー私があそこにいたのは、ジグルド様の魔法のせい……


「私の、ジグルド様……」


零れた言葉は、微かでした。

しかし、その響きはなによりも重く感じました。

最後までありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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