わたしのはじめてで最後の…~正直になってもいいですか?~
今回もよろしくお願いします。
朝の光が差し込む本だらけの主室
私は両膝をついて頭を垂れていました。
光沢のある柔らかな絨毯の上に膝をついているはずですのに、まるで冷たく、固い岩の上で跪いているかのようでした。
私は、ぼやける視界の中に入った幸せな王子さまと女剣士の絵本に鋭い視線を向けました。
ーー絵本のように、現実はそううまくいかないのです……なぜ、私はこの方を……
「カミラ、俺は君にそうして欲しいんじゃない。」
「……お許しくださいませ。」
「……俺が君を捕まえたんだ。側に寄れ。」
「……お許し、ください……」
私の口からは同じ言葉しか出せませんでした。
その声は、か細くジグルド様の耳に届くのか分からないくらいでした。
逆にジグルド様の声は落ち着きを払っていて、その声からも覇者としての風格が感じられました。
身体が固まって、頭をあげられないのです。
許しを乞う言葉さえ、口にするだけで身の毛がよだち、呼吸が浅くなっていました。
「……なぜだ?」
「っ……!お許しください……」
「俺はカミラがいれば世界なんて必要ない。」
「そ、それは……お許しを……」
ーーこのお方を独り占めしようとした罪でしょうか。
私は、ただただ一点を……絵本を睨むことしかできなかったのです。
巻き込んだ親指が痛くなるほど拳を握りこみました。
そして、最後の理性を喉から絞り出したのです。
「王弟殿下……。私はただの侍女でございます。お側には……お側には……」
“いられません”そう口にしたいのですが、なぜか唇は震え歯がガチガチと鳴るばかりで……。
言葉にすることができなかったのです。
「世間は気にしなくていい。俺はカミラを選んだ。昨日も言ったはずだ。俺はお前を守ると。」
頷きかける身体を、息を止めて留めました。
涙が絨毯の上に落ちていきます。
そこは、色を濃くしてシミが広がっていきました。
沈黙が二人の間に流れました。
それは、一瞬だったかもしれませんが、私には永遠のように感じました。
「やっぱり君も俺を捨てるんだね。」
ジグルド様の血が凍てつくような声が部屋に響きました。
それがこだまして耳に残りました。
胸が締め付けられました。
「捨てる……! 捨てたくないのです……!!」
「じゃあ、なぜ、俺の手を取らない?」
「……選べないのです……私が、私などが……!」
「それでもいいと言っている。」
「いいえ、なりません!! どうかどうか、わかってください……!」
涙腺は壊れたように次々と大粒の涙を生みました。
重いものを体の上に乗せられているかのように、息をするのも苦しかったのです。
うずくまる私に、ジグルド様が近づいてきました。
私はそのままの状態で、更に身を小さくしたのです。
私の目前で足が止まり、ジグルド様がしゃがんだことが見えました。
ジグルド様の指が肩に食い込むほど掴まれ、引き上げられました。
涙で濡れた顔が、晒されました。
ジグルド様は目を合わせないためか、私の顎の辺りに視線を送りました。
それからジグルド様はふっと鼻で笑いました。
そのまま、背に腕を回され、うなじに顔を押し付けられました。
ジグルド様の野性的なムスクの香りが、漂ってきて、力が抜けていきました。
触れた皮膚からジグルド様の鼓動が伝わり、その速さに、この方も緊張しているのだと知りました。
「カミラ、君は俺をもう既に捨てられないよ。」
「え……?」
瞳の動きが止まりました。
「もう俺はカミラ以外抱かない。」
「そ、それは……!」
「それを知った宰相はどう言うだろうな?」
「なりません! 私など!」
「俺が、君を選んだんだ。拒否権はない。」
「……」
「カミラがいてくれるなら、これから真面目に働く。」
耳元で囁くジグルド様は、まるで子供のような言い方でした。
思わず、息が漏れてしまいました。
張り詰めていた肩がじわりとほどけていきました。
「王弟殿下……真面目に働くことは当たり前ですよ……」
はっとして、口に掌を当てました。
ーー私ったら、なんてことを……!
元々血の気が引いていましたが、一段と引いていくことが分かりました。
慌てて床に視線を落としました。
「ははは……! カミラらしいな。」
「も、申し訳ございません……!」
「では、俺を真面目に働かせるために、ここにいてくれるか?」
豪快に笑い始めたジグルド様。
ーー捕らわれてしまった……
脅しに近い要求にも、小さく小さくジグルド様だけが分かるように頷いたのです。
そして、私もジグルド様の背に腕を回したのです。
「それと、次から王弟殿下なんて俺の事呼んだら働かないから。」
「しょ、承知いたしました……」
ジグルド様の体温が心地よく、視線を下げました。
私の視線の先には絵本が。
こうして、私も女剣士のように身分の高い男性の手を取ったのです……。
ーー本当に私は、女剣士のように幸せになれるのでしょうか?
どれほど、そのままでいたのでしょうか。
足も腕もしびれていましたが、離したくなかったのです。
ジグルド様の鼓動は速いのに、そのリズムを感じるたびに肩の力が抜けていきました。
触れた背中は大きくて、胸いっぱいに広がるジグルド様の香りに包まれて温かかったのです。
「ジグルド様、あのっ……いつから私の事を……?」
「あーそれ聞く?」
「私のようなただの年増の侍女のどこがよかったのでしょうか。」
「カミラは魅力的だよ?」
「え?」
頬が熱い。
「俺は魔眼持ちだから、使用人にいつも畏怖されていた。そこには、見えない壁があるようだったよ。だから、カミラが無理難題をお嬢さんのために挑んでいる姿を見て、惹かれたんだ。いつからかその視線を俺に向けて欲しいって。」
「ジグルド様……」
「だから、軽い自白の魔法をずっと使ってた。」
「え?! な、なぜ……」
「あー……嫌われてるかもしれないと思ってね。」
「……」
驚きで、首に埋めていた顔を上げました。
それを阻むように体重をかけてジグルド様は抱き込んできました。
確かに、昔の傷を初対面に近い男性にペラペラと話したり、隠し事ができなかったような気がします。
ーー魔法を使われていただなんて……
頭が冷えていって、指先の温度も失っていきました。
「ひいた?」
「あ……はい……ちょっと」
「そうか……」
口元に掌を寄せました。
「俺は嫌い?」
「好きです。あっ……。」
まだ魔法が続いているのか、本心には変わりないですが、口が勝手に動いてしまったのです。
一気に血が顔に集まってきて、耳まで熱いのです。
ジグルド様は、骨が軋むくらい強い力で抱きしめ、首筋に顔を押し付けてきました。
「嬉しい。俺も好き。カミラ、俺の子産んで?」
「私、乳母になれます。ひぃ……!」
乳母のことなんて、もう投げ出したはずですのに、口から言葉が零れていました。
急に空気が重くなって、呼吸が苦しいのです。
「お嬢さんの乳母、諦めてなかったんだ……。」
「あっ……あの……はい。えぇ!?」
ーージグルド様の前ではなにも隠し事ができないのです!
眉を寄せました。
この後、ジグルド様に自白魔法の効果を身に染み込ませられました。
私は諦めて、続いた質問に正直に答えたのです。
でも、口元は弧を描いていました。
最後までありがとうございました。
ムーンでこの二人の話を書いてます。
良かったらご覧ください!




