わたしのはじめてで最後の…~正直になってもいいですか?~
今回もよろしくお願いします。
朝の光が差し込む本だらけの主室で、私は両膝をついて頭を垂れておりました。
質の高い柔らかな絨毯の上に膝をついているはずですのに、まるで冷たく、固い岩の上で跪いているかのようでした。
私は、ぼやける視界の中に入った幸せな王子さまと女剣士の絵本に鋭い視線を送りました。
絵本のように現実はそううまくいかない。
そう思いながら……。
「カミラ、俺は君を捕まえたんだ。側に寄れ。」
「……お許しください。」
昨日ジグルド様に捕まえられに自ら飛び込んだはずですのに、私から申し上げられることは許しを乞うことだけでした。
その声はか細くジグルド様の耳に届くのか分からないくらいでした。
逆にジグルド様の声は落ち着きを払っていて、その声からも覇者としての風格が感じられ、頭をあげられないのです。
許しを乞う言葉さえ、口にするだけで身の毛がよだち、呼吸が浅くなっていくのです。
「なぜだ?」
「っ……、お許しください……」
「カミラ、俺は君がいれば世界なんて必要ない。」
「……。」
このお方を独り占めしようとした罪でしょうか。
理想と現実が乖離しすぎていて、ただただ一点を……絵本を睨むことしかできなかったのです。
ジグルド様の言う通り、側に寄れば2人だけの世界で、きっともうその世界から出られなくなります。
でもそれは、私たちだけの幸せであって国のためにはならないのです。
この方は国を背負っておられる。
有事には王を支え、国を守り、そして発展させなければならないのです。
私は、巻き込んだ親指が痛くなるほど拳を握り、最後の理性を喉から絞り出したのです。
「王弟殿下……。私はただの侍女でございます。お側には……お側には……」
“いられません”そう口にしたいのですが、なぜか唇は震え歯がガチガチと鳴るばかりで……。
言葉にすることができなかったのです。
「世間は気にしなくていい。俺はカミラを選んだ。昨日も言ったはずだ。俺はお前を守ると。」
昨夜の私はジグルド様に自ら飛び込みました。
そのせいで、お屋敷の敷居を踏んだ時点で既に頭は興奮で血が上り切っていたのです。
昨夜そう言われた気はしますが、それで世間がどう変わるのか、見当もつかなかったのです。
涙で床の絨毯の色を濃くして、膝をつき、頭を垂れる私と髪を上げた美貌の王弟。
その光景は、非常に滑稽に思いました。
ジグルド様が何者であっても私のものにするつもりであったはずですのに、結局自分の身がかわいくなって……。
お嬢様のこともお嬢様のために乳母になると言い張ったにも関わらず、それは自分のためで、最後はジグルド様の手を取ったのです。
その手ももう取れないことが分かったのですが。
「やっぱり君も俺を捨てるんだね。」
ジグルド様の血が凍てつくような声が部屋に響きした。
さして大きな声ではなかったのですが、こだまして耳に残りました。
「捨てる……捨てたくないのです……選べないのです……どうかどうか、わかってください…。」
涙腺は壊れたように次々と大粒の涙を生み、重いものを体の上に乗せられているかのように息をするものくるしかったのです。
浅い呼吸が耳について、この時間が永遠のように思えたのです。
うずくまる私に、ジグルド様が一歩一歩近づいてまいりました。
私はそのままの状態で、更に身を小さくしたのです。
私の目前で足が止まり、ジグルド様がしゃがんだことが見えました。
肩をジグルド様に指が食い込むほど掴まれ、引き上げられました。
涙で濡れた顔が、ジグルド様に露見してしまいました。
ジグルド様は目を合わせないためか、私の顎の辺りに視線を送りました。
それからジグルド様はふっと鼻で笑って口角を上げました。
そのまま、背に腕を回され、うなじに顔を押し付けられました。
ジグルド様の野性的なムスクの香りが、張り裂けそうな胸を和らげます。
触れた皮膚からジグルド様の鼓動が伝わり、その速さに、この方も緊張しているのだと知りました。
「カミラ、君は俺をもう既に捨てれないよ。」
「え…?」
「もう俺はカミラ以外抱かない。それを知った宰相はどう言うだろうな?」
わざと私の耳元に息が掛かるように囁きました。
その息がくすぐったくて肩を窄めました。
「カミラがいてくれるなら、これから真面目に働く。」
真面目な声で囁くジグルド様の言葉に、張り詰めていた肩がじわりとほどけました。
「王弟殿下……、真面目に働くことは当たり前です……。」
はっとした時にはもう遅いのです。
いつもの侍女の癖でジグルド様に小言を申し上げてしまったのです。
慌てて床に視線を落としました。
「ははは……!俺を真面目に働かせるために、ここにいてくれるか?それと、次から王弟殿下なんて俺の事呼んだら働かないから。」
豪快に笑い始めたジグルド様に、もう世間体や身分などどうでもよくなってきたのです。
随分私も気づかぬうちに毒されてしまったのでしょう。
脅しに近い要求にも、小さく小さくジグルド様だけが分かるように頷いたのです。
そして、私もジグルド様の背に腕を回したのです。
私の視線の先には絵本が。
こうして、私も女剣士のように身分の高い男性の手を取ったのです……。
本当に私は、女剣士のように幸せになれるのでしょうか?
どれほど、そのままでいたのでしょうか。
足も腕もしびれていましたが、離したくなかったのです。
ジグルド様の鼓動は速いのに、そのリズムを感じるたびに肩の力が抜けていくのが不思議でした。
触れた背中は大きくて、胸いっぱいにジグルド様の香りに包まれて心は温かいのです。
「ジグルド様、あのっ……いつから私の事を……?」
「あーそれ聞く?」
「私のようなただの年増の侍女のどこがよかったのでしょうか。」
自分の言葉はナイフで心を抉るようだったのです。
そう。相手は王弟殿下。私は行き遅れの侍女。
どう考えても、きっかけがない。
なのに、ジグルド様は私を選んでくださった。
「俺は魔眼持ちだから、使用人にいつも畏怖されていた。そこには、見えない壁があるようだったよ。だから、カミラが無理難題をお嬢さんのために挑んでいる姿を見て、惹かれたんだ。いつからかその視線を俺に向けて欲しいと。」
「ジグルド様……。」
「だから、軽い自白の魔法をずっと使ってた。嫌われてるかもしれないと思ってね。」
「え?!」
驚きで、首に埋めていた顔を上げました。
それを阻むように体重をかけてジグルド様は抱き込んできました。
確かに、昔の傷を初対面に近い男性にペラペラと話したり、隠し事ができなかったような気がします。
魔法を使われていただなんて……。
頭が冷えていって、指先の温度も失っていきました。
「ひいた?」
「あ……はい……」
これも自白魔法のせいでしょうか。
勝手に口が滑ってしまったのです。
「俺の嫌い?」
「好きです。あっ……。」
まだ魔法が続いているのか、本心には変わりないですが、またまた口が勝手に動いてしまったのです。
一気に血が顔に集まってきて、耳まで熱いのです。
一方ジグルド様は骨が軋むくらい強い力で抱きしめ、首筋に顔を押し付けてきました。
「嬉しい。俺も好き。カミラ、俺の子産んで?」
「私、乳母になれます。ひぃ……!」
乳母のことなんて、もう投げ出したはずですのに、口から言葉が零れていました。
意思の奥底では、やはり生まれたときから仕えたお嬢様のことがこびりついているのかもしれません。
急に空気が重くなって、呼吸が苦しいのです。
「お嬢さんの乳母、諦めてなかったんだ……。」
「あっ……あの……はい。えぇ!」
ジグルド様の前ではなにも隠し事ができないのです。
自白魔法の効果を身に沁み込ませられ、私は諦めて、この後も続いた質問に正直に答えたのです。
最後までありがとうございました。
ムーンでこの二人の話を書いてます。
良かったらご覧ください!




