私のはじめての真実~知らない方がいいこと。~
今回もよろしくお願いします。
~ジグルドの屋敷
相変わらずお屋敷は一歩踏み入れたその場から本だらけで、紙とインクの匂いが充満しておりました。
足の踏み場もないほどの大量の本は、足をどこに運ぶべきなのか迷います。
ジグルド様は本を踏むことなくほとんどない隙間にスマートに足を差し出して、奥へ奥へと次々足を運んでいきます。
私もその足元を眺めながら同じように足を差し出すのです。
二人の足音はせわしなく聞こえて、秘密の部屋へ急いで向かっているようでした。
そして私と繋いだジグルド様の手はわずかに湿っていて、少し高い体温が私の手を温めていくのです。
エスコートするようなただ乗せるだけではなく、しっかりと指は絡まっていて簡単には解けることはないでしょう。
日が大きな窓から差し込み光の当たるお屋敷の中は本ばかりの風景が変わらず、どこまでジグルド様が進むのか、ただ足を前に運んで付いて行くしかなかったのです。
昨夜はその本達が私たちの間に大きな壁となって立ちはだかって見えたのですが、こうして見るとなんでもないただの本の山。
こんな本程度ではない繋がりがジグルド様の手の汗ばんだ手のひらから伝わってくるのです。
土に汚れた靴は止まることなく、一段と豪華な装飾がされてある部屋の前で止まったのです。
金色のドアノブは低く呻き、簡単に開いてしまったのです。
「カミラ、入って?」
ジグルド様がドアを押さえ、先に入室するように私に促しました。
ジグルド様の表情も相変わらず読めず、昨夜のように低くて重い声が二人だけの空間で響き渡ったのです。
私は、息を詰めて髪で隠されている目元の辺りを一度食い入るように見つめたのです。
その視線に応えるように、喉がなるほどの重い視線が返ってきたのです。
張りつめた空気が二人の間に流れ、膝が屈しそうになり、目を逸らしたくなりましたが絶対に目を離してはいけない気がして、なお一層鋭い視線を送ったのです。
「…私は今から人形になるのでしょうか?」
ジグルド様手を取ったのではなく、掴んだのにも関わらず何も言わずに私はジグルド様から逃げ出しました。
それは一つの踏ん切りとしてお嬢様からお暇を頂戴するためであって、あのままジグルド様と朝を迎えてしまうと、私がもう屋敷から出れなくなってしまうような気がしたからです。
私の言葉に私とジグルド様の間で、時が止まって微動だにできなかったのです。
「ふふっ…違うよ。まぁ、中に入ってよ。俺だって緊張しているんだ。」
握った手を胸の高さまで上げて、ジグルド様は指先に力を込めて私の手を更に密着させました。
ジグルド様は怒っていた肩を少しだけ落として、いつものような軽薄な微笑を浮かべました。
私は、人形になってもジグルド様の隣でいられるのならば受け入れようと考えていただけに肩の力が抜けました。
引っ張りこむこともできるのに、ここでそれをせず私に選択する自由を与えるジグルド様。
私は部屋に入らずに、ジグルド様に一歩近づきました。
ジグルド様の背後の豪華で重厚な扉に背中を付け、もう退けないことを悟りました。
他人にプライベートゾーンまで自ら近づいたことなどない私が、ジグルド様にだけはそれができました。
もう一歩足を差し出して、今にもキスできそうな距離まで詰めたところで、目を閉じて少しだけ上を向きました。
耳の下から顎にかけてジグルド様の少し骨ばった指先がなぞって、固定するかのように顎を掴みました。
自ら望んでせがんだにも関わらず、触れたところから心臓の音がジグルド様に伝わりそうなくらい高鳴りました。
だんだん近づいてくる気を感じ、ジグルド様の息が顔に掠めていきます。
唇に柔らかな感触が触れて、上腕にジグルドの指が食い込み、骨にまでその圧が届きました。
重なった唇が熱を奪い合い、離れる瞬間に湿った粘膜が剥がれる音がしました。
「話、聞いてくれる?」
ジグルド様の声は、軽薄なものから昨夜聞いたような重苦しい声に変わっていました。
私はゆっくりと首を縦に振り、足を部屋の中へ踏み入れたのです。
ジグルド様の主室で目に飛び込んできたのは、昨夜同様にジグルド様の部屋の中は本だらけでした。
それに加えて、シーツはシワだらけで昨夜の情事の残骸がそのままになっていました。
昨夜の記憶が蘇って来て、思わず目を伏せて床に散らばる本に視線を落としました。
わざとこの部屋に招いたのであれば、これにも意味があるのでしょう。
縛り付けるための口実であるならば、もうすでに毒に侵されていて自らこの身を捧げますのに。
背後から蝶番が軋む音が響いて、重厚な扉が閉まったことを知らせました。
私は、ジグルド様の話がとんでもないことであることは、お嬢様の様子からも大体の予想がついていました。
ジグルド様が私を人形にしないと分かった今、なにも知らないまま人形になった方が幾分か幸せだったかもしれないと頭の片隅に浮かびました。
しかし、自らジグルド様を選んでお嬢様も捨てようとした私には、受け止めるべきだと思いました。
ジグルド様が私に近づいてくる足音に膝の力が抜け落ちそうになりました。
重い体をジグルド様の方に無理矢理体を捻って向きました。
息を最低限浅く繰り返し、前で組んだ手は血が止まって白くなるほど握りました。
ジグルド様は私の前で立ち止まりますと、力んで微かに震える私の手を取って指を絡ませたのです。
強引な行動とは裏腹に、ジグルド様の手は微かに震えていて、大きく息を吐きました。
それにつられるように私の手がしっとりとジグルド様の手を濡らすのです。
「カミラ。君はもう気付いていると思うけど、俺はむやみに種を蒔いたらいけない身分だ。」
無情にも淡々と話すジグルド様でしたが、繋げた手にジグルド様の指がめり込んでギリギリと骨が軋み痛みを伴っていました。
やはりと思ったと同時に目を伏せて散らばる本に視線を落としました。
どの本でもよかったのですが、傍らにあった借りたことのある子ども用の絵本に視線を向けました。
ー身分を隠した王子と冒険した女剣士は過去のトラウマを超えて、二人は身分を超えて結婚して幸せに暮らしたお話ー
「今から顔を見せる。ただ…、俺の目を合わせないで欲しい。」
絵本から視線を再びジグルド様に引き戻して、息を止めました。
ジグルド様の手が私から離れていき、両手が前髪の下に差し込まれました。
爆発的に打ち付ける鼓動はもう壊れるのではないかというほどで、ジグルド様の顔を見れば全てがわかってしまう怖さに、立っているのがやっとでした。
ゆっくりと前髪があげられて、髪を後ろへ流しました。
いつか暗闇で見た、人外の美貌がそこにありました。
ただ、光の下で見えた伏せられたジグルド様の瞳の色は…。
焦らすように瞼が持ち上がり、光を撥ね返す黄金瞳がそこにはありました。
金色の瞳を持つ男でジグルド様という名前。
紛うことなき、“魔眼持ちの王弟殿下”だったのです。
その瞳の輝きに、両膝が折れ、もう息の仕方も忘れて、迷うことなくその場で頭を垂れました。
体の先から全身が凍り付いたように冷えていき、痙攣に近い震えが全身を襲いました。
あまりの身分差に世間は認めることはないでしょう。
「っ…とんだご無礼を。」
やっとの思いで出せた音はちゃんと言葉になっているのか分からなくなりました。
喉は締め付けられて、一音を発することさえも拒むのです。
目から勝手に落涙して、はっきりと目の前が見えなくなってしましました。
呼吸は乱れて、それに伴って心臓も限界まで多い打って苦しいのです。
ただ、嗚咽だけは漏らさまいと奥歯を噛みしめたのですがガチガチと鳴って二人だけの静寂を汚していきます。
汚れたジグルド様の靴と無情にも絵本が視界に入って、その本を睨むように眺めました。
最後までありがとうございました。
ジグルド様の正体がわかりましたね。
人形は目を合わせればなっちゃう仕様です。
次回もよろしくお願いします!




