私のはじめての理性の敗北〜顔を隠した支配者の手をとる?〜
急展開です。
よろしくお願いします。
ジグルドの屋敷
ギリギリといいそうなくらい強い力で手首を掴むジグルドに引っ張られてお屋敷に連れ込まれました。
そこは以前同様に本、本、本の山。
普段でしたら、その雑然とした景色に叫びすぐに片付けを申し出たでしょう。
ただ、今はその山が私とジグルド様を隔てる大きな壁のように感じたのです。
ジョーさんとのデートで微かに気付いてしまった、ジグルド様への渦巻くような気持ち。
その気持ちは、ジグルド様にとっては迷惑以外の何物でもないのです。
私は、仕事しかできない、31歳の汚れた女。
ジグルド様が突然熱いキスをした理由など、知ってしまえばもう元には戻れないでしょう。
一歩一歩お屋敷の奥に進むごとに、ぬかるみに足を踏み込んで抜け出せれない状況に陥っている感覚がしました。
そんな私を構うことなく、最奥の一際豪華な扉をジグルド様は開けました。
まごうことなき、主人の部屋でしょう。
客間ではなく、あえてこのプライベートな空間に私を逃がさまいと押し込むジグルド様の意図が測りかねました。
「カミラ。他の男と会う君を、俺がどんな気持ちで待っていたかわかる?」
「…。」
背筋が凍るような声でゆっくりと私に問いました。
手首を掴むジグルド様の指が更に食い込み、私は罪人のような気持ちになりました。
「俺はね、カミラを人形のようにして自分のものにすることもできる。けど、カミラをそうしなかった意味がわかる?」
「私は…、シグルド様にそう思われる理由がございません。年増で、あわれで…、汚れた女なのです。」
「そんなの関係ない。来なければ、俺はあきらめるつもりだったよ。けど、ここに来たなら…逃がさない。」
息を飲みました。
本当なら、ジョーさんと家庭を持った方がいいという理性がなかったわけではありません。
いつまにか、ジグルド様を求めてしまった本能に従ってしまったのです。
そうして、私はジグルド様と共に一夜を過ごしたのです。
深夜、ジグルドの部屋。
誰もが寝静まる時間。
私は、静かに目を開けました。
窓からほのかに差す月光がぼんやりと私たちを照らしました。
ジグルド様の髪はどうなっているのか、未だに顔の半分が隠れていました。
先ほどまでのジグルド様との行為は、それはそれは幸せなひと時でした。
私の今までの人生でこんなに人に求められることは、あったでしょうか。
ジグルド様の熱は私を包み込んでいくようでした。
しかしそれと同時に身を締め付けられるような痛みが生まれました。
本当に、このお方と一緒になって子を産んでよろしいのでしょうか。
顔も素性も分からない、危険な匂いしかしない、このお方を選んでしまった私を、お嬢様はどう思われるでしょうか。
本能のままに動いてしまった私は、足元を掬われるようでした。
もういっそ、人形のようになってジグルド様の側にいるほうが幸せかもしれません。
しかし、私はこれで乳母になれるかもしれません。
打算的にそう思ってしまった自分にも嫌気がさして、ジグルド様に気づかれぬようお屋敷を去ったのです。
そう、窓から私の去る姿を眺めているジグルド様の射貫くような視線にさらされているとも知らずに。
このとき、ジグルド様は小さくつぶやいたのです。「…つかまえた。」と。
朝、お嬢様のお部屋
「カミラ!昨日はどうだったの?話聞かせて!!」
お嬢様は私がお目覚めの挨拶をする前にすでに起きていらっしゃいました。
お嬢様の目は光で輝いていて、その目に私を写してほしくなかったのです。
「素敵な殿方でしたよ。でも…。」
「でも…?」
「私にはもったいのうございます。」
“よく口が動きますね” 私は、自分のことをそう感じたのです。
腹の中ではもっと黒くて渦巻いているものがありますのに、お嬢様の前では隠し通そうと必死に繕うのです。
今まででしたらお嬢様だけのため、と心からお仕えできましたのに、今までの純真な気持ちはもう持てないのかもしれないのです。
「そんなことはないわ!カミラは充分魅力的よ!」
お嬢様が私の両手を握って熱弁しました。
お嬢様の触れたところから、私の隠しているものが伝わるようで、そっと手を払いました。
「カミラ…?」
お嬢様の顔色が一気に白くなっていきました。
こんなお顔をさせるために乳母になりたいと決めたわけではありませんのに、おかしいのです。
「お嬢様、折り入って相談がございます。」
「なに…?」
「私をザザリアに帰していただけませんか?」
部屋の温度が一気に下がったのです。
しかし、こんなに揺れているままでお嬢様にお仕えするのは、私自身が許せなかったのです。
今は昨夜のこともあって、考えがまとまらないだけなのです。
あの危険なお方とも物理的に距離をとれば収まるかもしれないのです。
お嬢様は、一向に頷こうとしなかったのです。
むしろ、拳をてのひらに爪が食い込むであろう程に握り、震えておりました。
「私が乳母になってって煽ったから、そうなったの?」
「いいえ、そのようなことでは…。」
「私が信用できない?なんでなにも言わないの?」
「…。」
初めて向けられるお嬢様の怒りに、一番守りたかったものが守れなくなったことを知りました。
ただお嬢様の幸せを願って生きることが幸せだった私が、ジグルド様に出会って変わってしまったのです。
ジグルド様に愛される喜びは、お嬢様のそれより何倍も私の存在意義がはっきりさせるのです。
ただ妄信的に仕えていた16年は、ジグルド様に出会ったこの短い期間に比べると紙切れのようでした。
「お嬢様は…、狂おしいほど人を好きになったことはありますか?」
気付けば、一番隠したかった私の秘密を口にしていたのです。
お嬢様が息を飲んだことがわかりました。
時に、16歳のお嬢様には理解しかねることかもしれません。
でも今伝えないと、このままではもういられないのです。
もう乳母以前に、お暇をいただくことになるかもしれません。
それでも、ジグルド様と一緒になりたいのです。
いつからこんな気持ちを持つようになったのかはわかりません。
最初からなにかと理由をつけて会いに行っていたことからも、私は最初からジグルド様が好きだったのかもしれません。
「カミラは…、そんな人ができたの?」
私は、静かに目を伏せたのです。
「ライラの紹介した人じゃないのね?」
「…。」
お嬢様は大きく息を吐きました。
「紹介しなさい。」
「え…?」
「私のカミラをこんなにした男を紹介しなさい。私が見てやるっ。」
お嬢様の目には炎を宿しているようでした。
お暇をいただくと思っておりましたので、私は全身の力がすっと抜けていくことがわかりました。
それと同時に、ジグルド様をお嬢様に紹介するなど、到底できそうにもないと思ってしまったのです。
いいえ、紹介したくないと思ってしまったのです。
二人だけの秘密。
それが暴かれるような気がしたのです。
「お嬢様、危険かもしれません。お止めいただいた方が…。」
「危険!?どんな男よ!!カミラ本当に大丈夫?悪い男に引っかかったの?」
「…。」
「否定しないのね…。」
お嬢様はベッドに戻って座り込んでしまったのです。
「真面目なカミラがね…。そりゃ、そうなるわよね…。」
「申し訳ございません。ですから…ザザリアに…。」
「だめ。カミラは私の侍女なんだから。」
こうなっても未だにそう言っていただけるなんて、罪を重ねたような気がしました。
期待を裏切った私をまだ側においてくださると言うお嬢様。
昨日まででしたら、天にも昇る気持ちで応えたでしょう。
でも、ジグルド様を知ってしまった私には、両手を引かれるようで困りました。
結局、お嬢様の命令には従うしかなく。
お嬢様の婚約者であるレオン様の出立を待って、ジグルド様のお屋敷に行くことにしたのです。
最後までありがとうございます!
次回、ジグルド様VSお嬢様。
お楽しみに。




