私のはじめての穏やかなデート~本当に彼でいいのでしょうか?~
いつもありがとうございます!
デートいきますよ!
よろしくお願いいたします。
ジグルド様に突然キスされて、私は走ってお屋敷まで帰ってまいりました。
応援してくださると信じて疑わなかったジグルドがあんなに強引にキスしてくるなんて、思いもしなかったのです。
それからは、そのことをなるべく考えないように仕事に打ち込みました。
いつもと雰囲気の違う私にライラは気付いていたと思いますが、殿方とのデートに緊張していると捉えたのでしょう。
なにも聞いてくることはなかったのです。
私としては、それがありがたく、心置きなくお嬢様にお仕えすることができました。
~デート当日、レストラン
デートはライラがセッティングしてくれた、ジビエの美味しいレストランでランチをすることになりました。
そのレストランは自然豊かな山林が一望できることで人気でした。
実際どこまでも深く、迷い込んだら抜け出せそうにない青々とした山林が広がっていました。
私たちはテラス席でその風景を背景に、鳥のさえずりを聞きながらゆっくりと会話を楽しんでいました。
私は今お嬢様のお薦めで白いワンピースを着ています。
髪も編み込みして、濃いブルーのリボンで飾っております。
目の前には、ライラの紹介で会うことになったジョーさん。
ジョーさんは笑うと目尻が下がる、とても優しそうな男性でした。
「本当にカミラさんみたいな綺麗な人が僕と会ってくれるなんて、僕嬉しいです。」
「ありがとうございます。私も嬉しいです。」
顔は笑っているけれども、脳裏にはジグルド様のあの日のことでいっぱいでした。
社交辞令かもしれませんが、ジョーさんは終始私を褒めてくださいました。
ジグルド様のことがなければ、私はコロッと穏やかなジョーさんの事を好きになっていたかもしれません。
しかし、現実は違和感ばかりで、ちっとも響かないのです。
お店一押しのハンバーグもなかなか喉を通りません。
乳母になるために彼との穏やかな家庭を想像しようと考えましたが、それも全くイメージがわかなかったのです。
これではいけないと、何度も気を取り直しますが心中は嵐が吹き荒れていて、全く集中できないのです。
「ところで…、カミラさん。ライラから聞いたんですが、すぐにでも結婚したい事情があるとか…。」
「あぁ…はい…。実はお仕えしているお嬢様にお子様ができましたら、乳母になりたくて…。それで、早く結婚したいのです。」
自分で言っておきながら、全身が粟立ちました。
結婚するならば、そういったことも話合わなければなりません。
特にライラがあらかじめある程度ジョーさんにお伝えしているようでしたので、話しやすいはずですのに、口が重くてなかなか言葉を発せられません。
「じゃぁ、僕頑張らないといけないですね。」
照れたように笑うジョーさん。
乳母になるためには、ここは“頼りになる“と思わなければならないところでしたのに、脳裏に思い浮かんだのはジグルド様の強引なキスでした。
決してジョーさんが悪いわけではないのです。
生理的に受け付けないというわけでもないのです。
今この瞬間に思い浮かぶのは、なぜだか顔のほとんどを髪で隠している謎の殿方。
何者なのか、名前と大きなお屋敷に一人暮らしをしていることしか知らないお方。
客観的に見ればジョーさんの方がいいに決まっています。
優しそうで、家庭を大事にしてくれそうな安全な男。
でも、私は危険なジグルド様のことばかり。
私は、ジョーさんに分からないようにそっと息を吐きました。
顔は笑っていても、心は混乱して、食事はまるで砂を噛んでいるようでした。
私たちは長い長い食事が終わり、店の外に出ました。
「カミラさん、僕もっとカミラさんとお話したいんですけど…。」
ジョーさんは顔を真っ赤にして、拳を握りしめていました。
なんだかあの日と同じ状況に、体が固まります。
頑張って作っていた笑顔もとうとう青ざめて表情が抜け落ちていく感覚がしました。
自分自身にジョーさんはあの時の騎士じゃないと言い聞かせても、ダメなのです。
足は震え始め、一歩後ずさりしました。
もう、耐えられないと思って走り出そうとしたその時、私の名前を呼ぶ声が聞こえたのです。
「カミラさん!」
振り返ると、私が期待していたあの方ではありませんでした。
がっがりしている自分に、なんでこんな感情が沸き上がるのかわかりませんでした。
それと同時にあの方を期待した自分が腹立たしく思ったのです。
「ライラ!どうしたの?」
「心配になったので!ジョー兄さん、最初のデートでがっついちゃダメ!今日はこれで、また今度デートしたら?」
「そうか…残念だ。じゃあ、また今度。楽しかったありがとう。」
「こちらこそ、ありがとうございました。」
ジョーさんは肩を落として、小さく手を振って帰っていきました。
小さくなる背中を見送った後、私はライラに振り返りました。
「ライラ、なぜいるのです?」
ビクッ!と大きく体を揺らすライラ。
視線を泳がせ、もごもごと口を動かしていました。
「えっとー…。ごめんなさい!ずっと見ていました!!」
ライラは、深々と勢いよく頭を下げました。
私はライラが付いて来ていたなんて、全く気付かなかったのです。
驚きつつも、私が全くデートに集中していなかったことがバレていないか心配になりました。
「ありがとう…。少し疲れてしまっていたから…。」
「そうですよね!いつもと違うことしたら、疲れますよね!!」
慣れないデートに疲れたのではなくて、本当はジグルド様のことがグルグルと頭の中を巡っていたから疲れたのです。
今日のことをジグルド様に報告したら、またあのようになるのでしょうか。
今はそれでもいいと思ってしまいました。
「ちょっと散歩をして帰るから。心配してくれてありがとうライラ。せっかくの休みでしたのに…。これで子供にお菓子でも買ってあげて。」
私は心ばかりをライラに差し出したのです。
私は一秒でも早く1人になりたかったのです。
ここでジョーさんのことをライラに聞かれたとしても、なんと答えればいいのかわりません。
この嵐のような内心を敏いライラに気付かれかれることを恐れたのです。
「え、そんなつもりでは…!」
「先輩に恥かかせるの?」
「ううっ…、ありがたく頂戴します。」
「ふふっ」
私は、こうしてライラに心ばかりを握らせました。
一見、ライラの善意へのお礼かと思われるかもしれんせんが、私は手っ取り早く厄介払いをしたのです。
~○○への道中。
私は特になにも考えず、道を進みました。
地の利がないのにも関わらずです。
慣れない靴のせいで靴ズレを起こして。ズキズキと痛みました。
これはライラの善意を踏みにじった罰か、それともジョーさんという穏やかな家庭より危険な香りのする男性が気になってしまう罪か。
1歩踏み出すごとに痛みは増して、心も蝕んでいくようでした。
しかし歩みを止めたくなくて、気付けば見たことのある道に出て、その先をどんどん進んで行ってしまいました。
ふと目線を上げると、ジグルド様のお屋敷の前までやってきておりました。
この心の嵐を静めるには、ここしかないと思ったのです。
今はジグルド様とどうにかなりたいという気持ちはありません。
ただ、この嵐がなにかを私は知りたかったのです。
門の前で立ち止まり、あの日の事を思い出します。
喜んでもらえると思った報告。
まさかのぶつけられた怒り。
そして、突然のキス。
心臓が締め付けられるように痛みました。
それがだんだんと身を裂くような痛みに変わっていきました。
私は胸の前で手を組み、強く握りました。
本当は、この門を潜るべきではないでしょう。
ここまで来ましたのに、さっきまでの勢いはどこへやら、急に足が竦んでしまいました。
心の嵐は急に萎んでいって、安全なジョーさんを選べという理性が本能に呼び掛けます。
しかし、毒のような本能に勝ることはなかったのです。
「カミラ!」
私の名前が呼ばれたと同時に、背後からジグルド様の体温を感じました。
回された腕は強く、私を逃さまいと食い込みます。
あの夏の日に押さえつけられたー抵抗してもかなわない。無駄。無になる。
その記憶が全身を強ばらせ、叫び暴れだしそうになります。
ジグルド様は走ってきたのでしょう。
尋常ではなく息が乱れておりました。
門の前で立っていただけですのに、なぜ私がここにいたことが分かったのでしょう。
そして、ジグルド様に急に抱きしめられる意味も分かりません。
逃げようにも、強い力で抱き寄せられていてどうしようもありません。
ですから、私はあの日のように無になったのです。
「ジグルド様、お止めください。」
努めて、冷静な声を出しました。
その声は、自らを傷つけました。
本能は歓喜しているのに、トラウマが邪魔をする。
頭は無になれ。無になれ!と指示を出しますが、実際は心臓が壊れそうなほど鼓動し、息が乱れました。
「なんで?逃げるでしょ!」
いつもの茶化した言い方ではない、真剣な声が耳に響きました。
「私は…逃げません…。お願いです。離してくださいませ。」
「約束だよ。絶対に絶対に逃げないで。」
「…。」
私は静かにうなずきました。
抱き付かれていた腕がほどかれ、代わりに右手首を掴まれました。
掴まれた手首が軋んで痛い。
はたして、本当に痛いのか、痛いと思い込んでいるのかはわかりませんでした。
なぜ、こんなにジグルド様は逃がさまいとするのか、私もジグルド様に本当はどうしてほしいのか、この時私にはわからなかったのです。
最後までありがとうございます。
次回、楽しんでいただけるように頑張ります。




