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革命のリリィ  作者: 鳩ポ
38/40

三十六話 死場所

あと少し―――

あと少しなのに―――


一歩が、重い。


足を踏み出すたびに、全身が悲鳴を上げる。

呼吸は浅く、肺が焼けるように痛む。


――爆発の衝撃で、内臓にダメージがいってるか……?


それだけじゃない。

さっきから罠や機械の数が、異常に増えている。


まるで、ここで確実に仕留めるつもりで待ち構えているみたいだ。


――視界が滲む。

義眼の情報を脳が処理しきれない。


光が歪む。

音が遠のく。


だけど――


「あった……。」


次の階層へと続く階段。


上るしかない。


足を引きずるように、段差を踏みしめる。

ようやくたどり着いた先には――


また、長い廊下。


「……気が狂いそう。」


どこまでも続く白い空間。

息苦しさが増す。

終わりが見えない。


リニアの顔からも、自信も笑顔もすっかり消えていた。


「リリィ……シド、息してる?」


不安そうな声で、リニアが尋ねてくる。


「うん……。」


――本当に「うん」と言っていいのか?


シドの呼吸は、今にも消えそうなほど浅かった。微かに動く胸。かすかに聞こえる呼吸音。

それでも、まだ生きている。


それだけが、唯一の救いだった。




――腹が、減った。




考えてみれば、まともに食事を取っていない。

食料はもう尽きて、丸一日。水すらほとんど飲んでいない。


この疲労感も、空腹のせいかもしれない。


――休みたい。


一歩、また一歩と歩くたびに、意識が遠のく。

目の前が霞む。

身体が鉛のように重い。

時間の感覚すらわからない。


それに、何か……音が――


「リリィ!!」


鋭い声が響くと同時に、強い衝撃を受けた。

――いや、違う。

誰かが私を突き飛ばした?


「リニア――?」


何が起こったのか、理解する前に――


銃声――


熱風が頬をかすめ、辺りが閃光に包まれる。


視界が元に戻った瞬間――


そこには、血まみれのリニアがいた。


「リニアッ!!」


リニアは私を庇って、真正面から攻撃を受けていた。

腹部から血が流れ、倒れそうになりながらも、ヘルファイアを杖にガクガクと震えた足で立っている。


「ちょっと……ボーッとしすぎよ……。」


震える声で、リニアが笑った。

だが、その表情は――苦痛に歪んでいる。


――囲まれていた。


辺り一面、無数の機械兵。

完全に包囲されている。


私は――

完全に、油断していた。


少しずつ、機械が近づいてくる。


重々しい金属音が響くたびに、逃げ場がなくなっていくのがわかる。


そのとき――


「リリィ……」


かすれた声が聞こえた。


「置いて……いけ……」


シド……


彼の口から、血がゴポゴポと泡立ちながらこぼれ落ちる。

肺が潰れかけているのか、呼吸が異様に浅い。


その姿を見た瞬間――ふと、ゲンテツのことが頭をよぎった。


ゲンテツも……こんな気持ちだったのだろうか。


自分の判断で、仲間を危険にさらしてしまう。

自分の選択が、仲間の命を奪ってしまうかもしれない。


見捨てるしかない。

それに、慣れるしかない――

そんな世界で生きることの苦しさを、ゲンテツは知っていたのか。


――だから、あんなことを言ったのか。


『俺は、死に場所を探してた』


彼の言葉が、ようやく痛いほど理解できた気がした。


でも――本当に、死んでいいのか?

こんなところで?


まだ、リニアがいる。

シドがいる。


死んだら楽になるかもしれない。

でも、それで責任を果たしたことにはならない。


だから――


そんなの、絶対に嫌だ。


私は、静かに立ち上がった。


「……っ!」


足が痛む。

肺が焼けるように苦しい。

それでも、立ち止まるわけにはいかない。


シドをそっと横に寝かせる。

ここで死ぬつもりはない。

こんなところは、私の死に場所には似合わない!


ゆっくりと息を吐き、左右の刃に手をかける。

刃のスイッチを入れた瞬間、低いうなりと共に、刀身が振動を始めた。


斬る。

生き延びる。

それ以外の選択肢はない。


「やるのね、ここで!」


リニアも立ち上がる。


疲労しきった体で、それでも彼女は諦めなかった。

笑顔すら作れないほど、満身創痍なのに――

それでも戦おうとしている。


なら、私が諦めるわけにはいかない。


脳内麻薬は、とっくに尽きた。

体は限界を超えている。


――それでも、負けられない時がある。


今が、その時だ。


シドに、私とリニアのシールドを二重に展開する。


これで、シドのことを気にせず戦える。

守るべきものがあるなら、まずは戦場から切り離すこと――それが鉄則だ。


私たちは顔を上げ、目前の機械へと飛び込んだ。


私は、義足のエンジンを吹かせる。


一気に加速し、機械の頭上へ跳ぶ。


その瞬間――視界が、絶望に染まった。


機械の群れ。


それは、ただの集団ではない。

敷き詰められた鋼鉄の死神たちが、海のようにうごめいていた。


逃げ場はない。

陸は、私たちが立っていたわずかなスペースだけ。


だが、迷っている暇などない。


私は、その地獄の海に飛び込んだ。


腰の剣を振り抜く――!


刃が火を噴き、振動しながら機械の装甲を焼き切る。

一機が、断末魔もなくバラバラになり、爆発した。


「リリィ、後ろ!」


リニアの声。


背後から迫る鋼鉄の腕。


私は瞬時に体をひねり、義足のスラスターを吹かす。

空中で一回転しながら、逆手に持った剣を振るった。


鋼と鋼がぶつかり、火花が散る。

機械の腕を弾き飛ばし、そのまま横薙ぎに切り裂いた。


だが、倒しても倒しても、次々と湧いてくる。


「数が多すぎる!」


「分かってる!!」


リニアは鎌を振り回し、赤熱化した刃で敵を焼き切っている。

私も、息をする暇もなく剣を振るい続けた。


次の瞬間、視界の隅で リニアが被弾した。

しかも、頭 だ――!


「リニア!!」


駆けつけたい――だが、それどころじゃない。

目前の敵をさばくことで 精一杯だった。


だが、リニアは違った。


跳ねるように すぐに起き上がる。


――!?


信じられない速さだった。

だが、彼女の左目には ひび割れたガラス片が散らばっている。


「リニア、目が……!」


彼女は、砕けた義眼を指で払うと、不敵に笑った。


「ラッキーね!」


……良かった。

生きてる。


だが 一瞬、気が緩んだ。


その 隙を突かれた。


視界が激しく揺れた。

肩から先が 消えている。


「……っ!」


腕が、ない。


義手ごと、根元から吹き飛んでいた。


焼け焦げた断面から、煙が上がる。


痛みは――ない。

神経はとうに繋がっていないから。

けれど、脳が理解を拒絶していた。


呼吸が荒くなる。

鼓動が速まる。


「くっ……!」


体が、重い。

肺が痛い。

呼吸するたびに 酸素が足りない感覚に襲われる。


疲労が、確実に蓄積している。


「リリィ!立って!」


リニアの声が響く。


だが 膝が笑っていた。

体が、思うように動かない。


まずい――このままじゃ、やられる。


私たちは 消耗しすぎている。

敵は まだ無限に湧いてくる。


このままじゃ――


死ぬ。


そう思った瞬間、不思議な感覚 に襲われた。


体に力を入れていないのに、勝手に 動いている。

射線を予測し、敵の攻撃をかわし、最適な間合いを詰め――刃を振るう。


思考よりも先に 体が戦っていた。


――まるで、私じゃないみたいだ。


足が宙を滑るように走り、刃が迷いなく敵を断つ。

どこを狙えば致命傷を与えられるか、どのタイミングで攻撃が来るか――

すべてが、直感で分かった。


けれど、何かが おかしい。


ふわふわと浮いたような感覚。

まるで 夢の中にいるみたいだ。


……ああ。


これ、走馬灯か。


ふと、そんなことを思った。

目の前の戦場が 遠くなる。


無理だろうなぁ……。

もう 休みたいなぁ……。


体は戦っているのに、意識だけが 遠ざかっていく。

そこで ふと思った。


もし――

もしも、違う世界に生まれていたら。

もっと 平和な世界だったら。


こんなふうに、戦うことはなかったのかな。


手足もあって――

家族もいて――

恋人なんかできたりして――


もし、私が普通の人間だったら。


生まれたときから砂漠で暮らしていた私には、そんな未来 想像すらできない。


でも、もし――


もし、そんな世界が どこかにあったなら。


私は――





「リリィ!!ここまでよく耐えた!!」


遠くで声がする。


まるで、水の底から聞こえてくるみたいに くぐもった声。

意識がゆっくりと 現実に引き戻されていく。


――でも、体は 動かない。

指一本すら、動かせない。


なのに、私は 宙に浮いていた。


担がれている……?


その 巨大な何か は、信じられない速度で後方へと後退し、私を そっと床に降ろした。

横には リニアの姿。


彼女も動けないのか、静かに 天井を見上げていた。


視界がぼやけながらも巨大な何かを確認する。


そこに立っていたのは――


全長約3メートル。

全身を覆う、漆黒のアーマー。

無駄のない ゴツい装甲。


それは 人間の形をしていながら、まるで機械の怪物のようだった。


だけど……

どこか 懐かしい雰囲気を感じた。


「……誰?」


かすれた声が漏れる。


次の瞬間――


装甲が動き、頭部のパーツが 左右に開いた。


中から現れたのは――


ゲンテツだった。


鋭い目つきで今まで見たことのないほど 真剣な目をしている。


「生きててよかったぜ。」


その言葉が、まるで 地響き のように私の胸に響いた。



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