三十四話 止まれない
『爆破解体を開始する!』
けたたましい機械音が鳴り響く。
直後、空が影に覆われた。無数の黒い破片が降り注ぎ、街を押し潰していく。建物が崩れ、砂煙が舞い上がる。
視界の端で、師匠の姿が見えた。
――あの時と同じだ。
爆発の轟音が鼓膜を突き破りそうなほど響き渡る。
師匠が私を庇って倒れ込む瞬間、マネキンAIの冷たい無機質な顔がフラッシュバックする。
そして、次々と消えていく、大切な人たちの姿。
――師匠。
――アリアちゃん。
――生徒のみんな。
――戦友たち。
みんな、もういない。
どれだけ叫んでも、どれだけ手を伸ばしても、
もう誰の声も届かない。
それでも、名前を呼ぶ声がする――
気のせいじゃない。
砂漠にできたクレーターの中で、私はぼんやりと空を仰ぐ。
かすかに聞こえる声。
私の名前を、誰かが呼んでいる。
最後の力を振り絞り、空に向かって手を伸ばした。
その瞬間――白い光が視界を埋め尽くした。
目が覚めた。
視界に映ったのは、白い天井。
心臓が早鐘のように鳴る。息が荒い。
身体は汗でじっとりと濡れていた。
床に倒れ込んでいた私の手を、誰かが握っている。
「リリィ!リリィ!」
涙に滲んだ声が、耳を打った。
私の手を握りしめていたのは、リニアだった。
彼女の赤い瞳は、涙で真っ赤に腫れている。
「リリィ……すごく、うなされてた……。私が……私が勝手なことしたから……。」
震える声。
目のふちは、波打つように揺れていた。
私は、ゆっくりと息を吐く。
「……リニアのせいじゃないよ。」
握られたままの手を、そのまま彼女の頭に乗せた。
リニアは強い。
しかし彼女はまだ子供なのだ。
あまりにも気丈で、あまりにも優秀で――だからこそ、私は時々、それを忘れてしまう。
「大丈夫。」
小さく呟いた。
リニアの震えが、ほんの少しだけ、止まった気がした。
「リリィ、悪いが休んでる暇はない。」
鋭い声が響いた。
私ははっとして、弾かれるように起き上がる。
「……何時間くらい寝てた!?」
焦りを滲ませながら、シドに問いかける。
「約1時間――。」
短い答え。
それを聞いて、少しだけ安堵する。まだ巻き返せる。
ここにいるのは3人。
リニア、シド、そして私。
目指すのはドームの頂上、操縦室。
そこへ向かう途中で、ルーカスを探し、アルを見つけ出す――。
やるべきことは多すぎた。
混乱しそうになる頭を、必死に整理する。
「リリィ、本当に大丈夫なの?」
リニアが覗き込むように問いかける。
その瞳には、不安と心配が滲んでいた。
「らしくないなぁ。」
私はわざと軽く笑い、リニアの肩を軽く叩く。
「疲れて気絶しただけだよ。今は……不幸中の幸いってやつで、ピンピンしてるしね。」
そう言いながら、力強くガッツポーズを見せた。
リニアはそれを見て、少し吹き出す。
「ならよかったわ!急ぎましょ、頂上はすぐそこよ!」
――どこにいるかも分からないのになんで”すぐそこ”だって言い切れるんだよ…。
そんな疑問が一瞬頭をよぎるが、右から左に流れた。
「とにかく上に行くしかないだろう。」
シドが低く言う。その声音は鋭く、冷静だった。
「気を引き締めろ。」
「「りょーかい!」」
リニアと私の声が、ぴたりと重なる。
次の瞬間――
私たちは、一斉に駆け出した。
ドームの頂上を目指し、ルーカスとアルを探すために。
これ以上、失うわけにはいかない。
この足を止める理由は、どこにもなかった。
途中――
轟音と共に、巨大な鋼鉄の壁が迫る。
閉まりきる前に――突破するしかない!
「行くよ!」
私はシドとリニアの手を強く引き、一気に駆け抜けた。
義足の推進力を最大限に活かし、ギリギリのタイミングで突破。
背後で壁が鈍い音を立てて閉じる。もう一瞬でも遅れていたら――挟まれていたかもしれない。
だが、立ち止まる暇はない。
途中、襲いかかる小型機械兵。
鋭い金属の脚が床を擦り、異音と共に接近する。
その瞬間――
「邪魔だ。」
シドのライフルが火を吹いた。
正確無比な連射が機械を貫き、破片を撒き散らしながら次々と沈めていく。
私たちは足を止めずに走り続けた。
――それから数時間後。
ようやくたどり着いたのは、広々とした空間。
圧迫感のある無機質な部屋の中央に、一機の巨大な四脚兵器が待ち構えていた。
鈍く光る金属の脚。
そして、その頭部に備え付けられた、異常なほど長く太い銃身。
その威圧感に、自然と喉が鳴る。
「機動兵一式か……俺が乗ってたやつの旧式だ。」
シドが呟きながら、素早く銃を構えた。
次の瞬間、戦闘開始。
シドが正確な射撃で敵の注意を引く。
その隙を突くように――私はリニアを背負い、義足のブースターを全開にした。
――音速の突撃。
一瞬で間合いを詰め、四脚の関節を正確に捉える。
斬撃。
機体の四肢が次々と切断され、火花を散らしながら崩れ落ちる。
さらに、リニアが跳び上がり、
「ヘルファイア!」
彼女の灼熱の刃が銃身を焼き切った。
たった数秒――瞬殺。
破壊された機動兵の残骸を飛び越え、私たちは再び走り出す。
だが――一向に目的地へたどり着く気配がない。
何度も走り、何度も敵を蹴散らしてきたというのに、まだ道は続いている。
焦燥感が胸を締めつける。
「……俺たちだけじゃ、状況が読めないな。」
シドが言う。
「ルーカスやアルが司令室に連絡しているかもしれない。」
私は頷き、足を止める。
ポケットから連絡機を取り出し、息を整えながらスイッチを入れた。
繋がらない――
何度も試すが、一向に繋がらない――。
私は苛立ちを押し殺しながら、連絡機のボタンを繰り返し押し続けた。
……誰でもいいから応答してくれ。
しかし、返事はない。
まるで、私たちだけがこのドームに取り残されているかのような、嫌な静けさが支配している。
「くそっ……!」
焦燥感が胸を焼く。
無意味だとわかっていても、私はボタンを押す手を止められなかった。
その時――
「やめろ。」
シドの手が、私の震える手をしっかりと押さえた。
「落ち着け、リリィ。」
低く、冷静な声。
でも、その瞳の奥には、私と同じ焦りと苛立ちが滲んでいた。
「……やっと理解した。」
シドは視線を床に落とし、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「アルが消えた時、焦っていたが俺はまだ楽観していた。連絡が取れていた間は、相手の攻撃が完全には及んでいないと思ってたんだ。」
「でも――」
彼は一度深く息を吐くと、私を真っ直ぐに見据えた。
「今、連絡が取れない以上、俺たちは“詰み”だ。」
その言葉が、重くのしかかる。
喉がカラカラに渇くのを感じる。
「……詰みって、どういうこと?」
私は、恐る恐る問いかけた。
シドは険しい表情のまま、淡々と事実を突きつける。
「連絡が完全に遮断されたってことは、アルやルーカスの生死も確認できない。」
「それに……」
彼は視線を遠くに向ける。
「このドームを動かすパスワードを知ってるのは、セランとリンだけだ。」
その瞬間、私の胸に冷たい鉄杭が打ち込まれるような感覚が走った。
つまり――
「もしリンが見つからなければ、私たちが操縦室にたどり着いても……何もできないってこと?」
「その通りだ。」
シドの声には、わずかな怒りが混じっていた。
怒っているのは状況か、あるいは――自分の無力さにか。
「じゃあ――」
沈黙を破ったのはリニアだった。
彼女は顎をツンと上げ一歩前に出る。
「だったら、行くしかないじゃない! こんなところで立ち止まってても、何も変わらないでしょ!」
力強い声。
その声には不安も恐れもない。
ただ、前に進むことだけを考えている――そんな意志の強さがあった。
「リニア……。」
私がそう呟くと、彼女は振り向き、口元をわずかに引き上げる。
「操縦室に行けば、リンもルーカスもアルも、誰かに会えるかもしれないでしょ? なら、迷う理由なんてないわ。」
「……お前、ほんとに単純だな。」
シドが苦笑する。
「いいじゃないの、それくらいが。」
私は肩をすくめ、連絡機をしまった。
たしかに、ここで立ち止まっていても、事態は悪化するだけだ。
なら――
「行こう、操縦室へ。」
「……ただし、目的は増えた。」
シドが冷静に指を折る。
「まずは、ドームの操縦室に向かう。」
「同時に、ルーカスとアルの生存確認。」
「そして――」
彼は目を細める。
「リンを探し出すこと。」
私たちの肩に、さらに重い責任がのしかかる。
でも、引き返す気はない。
「全部、まとめて終わらせるしかないか……。」
私は拳を握りしめ、わざと軽口を叩いた。
「フッ、気合だけは十分だな。」
シドもわずかに笑みを浮かべる。
「さあ、行くわよ!」
リニアの明るい声が響く。
止まることは許されない――この絶望を打ち破るために。




