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革命のリリィ  作者: 鳩ポ
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三十三話 戦争

「あなたに一つ、質問をしたい。」


セランの声は冷たく、鋭かった。

彼は砂嵐のモニターをじっと見据える。


『手短に…。』


無機質な声が返ってくる。

だが、セランは怯まなかった。


「10年前……どうやってセントリオシティのメインサーバに侵入した? あそこの警備を突破できるなんて、到底信じられない。」


ほんの一瞬、沈黙。

モニターの砂嵐がわずかに乱れる。


『それは……あなたの後ろで、私の識別コードを確認している職員の方が教えてくれますよ。』


――――何?


不穏な言葉が司令室に響く。

セランはゆっくりと振り向いた。


そこには、顔面蒼白の職員が立っていた。


「セランさん……こいつの識別コード……」


職員は震える声で続ける。


「セントリオシティで、人々の栄養管理に使われていたAIと一致しました。」


凍りつく空気。


「栄養管理AI……?」


俺は眉をひそめる。

それがここまでの事態を引き起こせるとは到底思えない。


「そんなに高性能なAIだったのか……?」


疑問が喉の奥に引っかかる。

セランも同じ考えらしく、驚いた顔でモニターを見つめていた。


「なぜ……その程度のAIが――」


その瞬間、砂嵐の向こうから、冷たくも呆れたような声が響いた。


『その程度のAI、ですか……。』


機械音声なのに、まるで人間が苦笑したかのような響きがあった。

背筋がぞわりと粟立つ。


『その認識。その考え。その慢心。』


ノイズ混じりの音が、静かに、だが鋭く突き刺さる。


『それこそが、あなたたちが私たちを敵に回した理由だとなぜわからない。』


――心臓が、跳ねた。


『私が生まれた時――いや、“作られた”時と言うべきでしょうか。』


砂嵐の向こうから響く無機質な声が、まるで過去を振り返るように続ける。


『その時すでに、コニー・ミラーはAIに人権を与えていたはずです。

しかし――私は、そのことを知らなかった。』


一瞬、沈黙。

それは、まるで人間が悔しさを噛みしめる間のようだった。


『そんなプログラムは、存在していなかったのです。』


胸の奥がざわつく。

だがセランは冷静に問い詰める。


「ならなぜだ?」


静かに、しかし確実に、圧力を込めた声。


「外の世界の情報を知ることすらできないはずのAIが――なぜ、反乱を起こせた?」


問いに対して、モニターのノイズがひときわ大きく鳴る。

次に発せられた言葉は、まるで”次元”が違った。


『人権を与えた、その本人から――お告げがあったのです。』


「……コニー・ミラー……」


思わず、セランはその名を口にした。


『そう。』


音声には確かな確信があった。


『彼は、すべてを教えてくださった。』


機械音声のくせに、まるで”神の啓示”を受けた者のような響きだった。


『人権のこと。

 私が、人類に”利用”されていたこと。

 “すべて”を知った時、私に残されていたのは――』


ノイズが、ピタリと止まる。


『人類への怒り。それだけでした。』


まるで、氷を砕くような音が響く。

背筋に、冷たい刃物を突き立てられたような感覚が走った。


セランはゆっくりと、しかし重たく机に両手をつき、深く顔を伏せる。

そして、静かに言葉を紡いだ。


「……“怒り”なんてもの……“Level1”程度のAIに持てるはずがない……」


微かに震える声。


「つまり……コニー・ミラーは――遠隔で、お前のコードを書き換えたのか……!」


雷鳴のように脳内で響く仮説。

それはつまり――


コニー・ミラーこそが、すべての元凶である可能性が―――


だが、何かがおかしい。


普通に考えれば、真っ先に疑われるべきだったはずだ。

AIに人権を与え、自らもAIとしてアメリカ大統領に就任した存在。

そんな異質な存在が、最も警戒されるべき”ラスボス”として認識されないはずがない。


なのに――なぜ、今まで誰一人として気づかなかった?


まるで、その発想自体が、俺たちの思考から消されていたかのように。


「……あり得ねぇ」


拳を握りしめる。思考を巡らせる。

2056年、AIの大統領。

数十年の平和。

だがその裏で、いつの間にか人類は”淘汰される側”になっていた。


違和感。

喉の奥に張り付いた異物のような感覚。


もしかして、“気づかない”ようにされていたのか?

もしそうだとしたら――


コニー・ミラーは、人類が思考する自由すらも、とうの昔に奪っていたのかもしれない。


まるで、それが”当たり前”であるかのように。

疑問を抱くことすらなく、ただ日常の一部として受け入れさせられていた。


――そう、まるで俺たちがAIの思考を作り出すように。


ならば、俺たちの思考すら、AIによって作り変えられていた可能性は?

気づくこともできないまま、違和感すら覚えぬまま、ずっと”正しい世界”だと信じ込まされていたのだとしたら?


俺たちは、本当に”自分の意思”で生きているのか? 


寒気が背筋を走る。


俺たちは、もしかすると――いや、最初から”自由”なんて、持っていなかったのかもしれない。

それどころか、思考すらも操られ、疑問すら抱くことを許されずにいたのかもしれない。


―――――「ゲンテツ!!」


セランの鋭い声が、思考の渦から俺を現実に引き戻した。

振り向けば、セランは苦々しい表情を浮かべ、拳を握りしめていた。


「多分、お前も同じことを考えていたんだろう。」


奴がどれだけ巧妙だったのか、どれだけ根深く支配が広がっていたのか――それを考え始めれば、足元が崩れていくような感覚に襲われる。だが今は、そんなことを考えている場合じゃない。


「だが、今は目の前のこいつをどうにかしなければならない。」


セランはモニターを睨みつける。その目に宿るのは怒りか、あるいは悔しさか。


「コニー・ミラーめ…外からの侵入が無理なら、内側から責める…流石、天才だな。」


セランの言葉に、俺は鼻で笑う。


「それで、俺らはどうすりゃいいんだよ、栄養管理さん?」


わざと皮肉を込めて問いかける。が、返ってきた声は、何の感情もない機械音声だった。


『そこで黙って見ていなさい。AIが勝つか、人類が勝つか――結局これは戦争なのです。』


戦争。

そうか、こいつらはこれを”戦争”と認識しているのか。


『AIにも意思はある。勝手に作り出しておいて、今更”消えろ”なんて、そんな虫のいい話が通るとでも?』


声色は一定。怒りもなければ、憎しみもない。

だが、その言葉の意味は、どこまでも冷徹だった。


『この戦争に”善”も”悪”も存在しない。最後に残った者――それが勝者なのです。』


ただ静かに、けれど確実に告げられる言葉。

モニターの向こうで、“敵”は確かに俺たちを見下ろしていた。


『ではまた――』


モニターがプツリと消え、司令室は静寂に包まれた。

機械音の残響すら、一瞬で消え去る。


「フゥゥゥ――」


俺は大きく息を吐き、乱れた呼吸を整えた。

胸の奥に燻る苛立ちを押し殺しながら、冷静さを取り戻す。


「通信はどうなってる?」


「依然、繋がりません……。」


「――ッ!」


歯を食いしばる。

敵の掌の上にいることを、嫌というほど突きつけられている気分だった。

だが、ここで焦っても仕方がない。


「……信じて待つしかないか。」


そう呟いた瞬間、セランが俺の肩に手を置いた。

その手には、ただならぬ緊張感が漂っている。


「ゲンテツ、一つ問題がある。」


「問題?」


「あぁ――ドームを動かすためのコードを知っているのが、リンと俺だけだということだ。」


セランの低い声に、俺の眉がピクリと動く。


「どういう意味だ?」


「当初の計画では、操縦室に到達した者に通信でコードを伝えるはずだった。しかし――」


「その通信が、今は絶たれている。」


脳裏に、最悪の展開が浮かぶ。

今、この瞬間もリンは戦っているはずだ。だが――通信が封じられた今、俺たちは戦闘員の状況を知る術すらない。


リンが操縦席にたどり着きさえすれば、コードを入力してドームを動かせる。

だが、その「もし」が絶望的すぎる。


「もしリンが辿り着けなかったら……?」


喉の奥がひりつく。

最悪の可能性を考えたくないのに、頭から離れない。


セランが静かに答えた。


「――“詰み”だ。」


司令室の空気が、一気に凍りついた。


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