三十二話 レヴナントの混乱
「……生きてるか、リン?」
突き上げた拳を、そのまま横に流しながら、僕は倒れ込むように問いかけた。
視界の端で、リンが肩で息をしながら立っているのが見える。
ゆっくりと顔を上げたリンは、ボロボロになったアーマを見下ろし、ニヤリと笑った。
「アーマ破損率……約50%。 一式相手にしては、上出来じゃな。」
50%……?
相当ボロボロじゃないか。
むしろ、まだ動けることが奇跡に思える。
だが、リンはそんなことを気にも留めず、ゆらりと立ち上がると、まだ動くアーマを腕に集中させた。
「休んでる暇はないぞ。」
「……マジかよ。」
僕の息も、まだ整っていないというのに、リンはもう次の行動に移ろうとしていた。
「壁を壊して、この部屋から出るぞ。」
そう言い放ち、リンは壁に向かって拳を振り上げる。
次の瞬間――
ズドンッ!!
鈍い衝撃音が部屋に響き渡る。
振り下ろされた拳が壁を直撃し、コンクリートの表面にクレーターが刻まれる。
粉塵が舞い、微細な亀裂が周囲へと広がっていく――
だが。
「チッ――……。」
リンが舌打ちをした。
壁には確かに大きな凹みができていた。
しかし、それだけだ。
穴は開いていない。
それどころか――クレーターのひび割れが、ゆっくりと自己修復を始めている。
「冗談だろ?」
わずか数秒で、壁は何事もなかったかのように元の形へと戻っていく。
リンは拳を握りしめたまま、忌々しげに壁を睨みつける。
次の一撃を叩き込むより先に、このクソみたいな壁は完全に修復されるだろう。
――時間がない。
ここから脱出するには、別の方法を考えなければならない。
リンは壁を睨みつけ、低く呟いた。
「……さて、どうしたもんかの。」
このままでは埒が明かない。
ならば、あらゆる手を試すしかない。
リンは残ったアーマの力を腕に集中させ、渾身の一撃を叩き込んだ。
――鈍い衝撃音。
壁は大きく凹み、亀裂が走る。
しかし、次の瞬間――
亀裂はじわじわと収束し、まるで時間を巻き戻すかのように壁が元に戻っていく。
「チッ……五分五分か。」
リンが忌々しげに舌打ちした。
何発殴ってもダメージと修復が釣り合ってしまい、決定打にならない。
僕も試しに銃剣を構え、壁へ向かって圧縮空気の弾を撃ち込んだ。
しかし――
「……やっぱりか。」
銃口から放たれた弾は、壁に命中するも、一瞬で勢いを失い、四方八方に分散してしまった。
まるで、水風船をコンクリートに叩きつけたように。
「特殊な効果があるわけじゃない。ただ、壁が硬すぎるんだ……。」
僕は歯を噛み締めた。
この壁は攻撃を跳ね返すわけでも、吸収するわけでもない。
ただ単純に、圧倒的な強度を誇るだけの“絶対的な障壁”だった。
どうにかして、一式を倒した時の様に空気を逃がさないようにできれば――――
その瞬間、脳内に閃光が走った。
――思いついた。
今日は本当に冴えてる。
「リン! 壁を思いっきり殴ってくれ! そこにぶち込む!」
リンは一瞬目を見開き、驚いたような表情を見せた。
だが、すぐにニヤリと笑う。
「……おもろいのぉ。時間がない、すぐにやるぞ。」
リンは拳を軽く握り、壁にそっと当てる。
まるで狙いを定めるかのように、一瞬だけ静止した。
そして――
「ふんっ!!」
腰を大きく捻り、全身の力を拳へと乗せる。
次の瞬間、爆発音のような轟音が響き渡り、壁に深々と亀裂が走った。
しかし――
壁はまだ崩れない。
「今だ! いけぇぇぇぇ!!」
僕は、再生されるよりも速く圧縮空気の弾を撃ち込んだ。
弾はひび割れた壁の隙間へと吸い込まれるように突き進む。
その刹那――
リンが海老反りのように体をしならせ、ギリギリで弾道から外れる。
僕の弾が通過した瞬間、彼は地面に着地し、ニヤリと笑った。
「ほぉ、やるやんけ。」
壁には、大穴――。
崩れた破片の向こうに、暗闇がぽっかりと口を開けている。
「行くぞ、ルーカス! 目指すはテッペンじゃ!」
リンが力強く叫び、拳を握る。
その声には、疲労も、不安も、一切感じられない。あるのはただ、前へ進む意志のみ。
「はい!」
僕も迷わず返事をし、足を踏み出す。
僕らは、穴の奥へと駆け出した。
暗闇の先に待つ未来を、その手で掴むために――。
――――レヴナント司令室――――
そこには、二人の男が立っていた。
セントリオ団長のセラン、そしてレヴナント船長のゲンテツ――。
「おかしい……まだ潜入から、そんなに時間は経ってないはずだ。」
ゲンテツは額に汗を滲ませながら、モニターを睨みつけていた。
画面には、更新が止まったままのデータが並んでいる。
「通信が途絶えた……リリィたちの地図の更新も、各部隊からの連絡も、すべてだ。」
低く、重い声が室内に響く。
その意味するところは、あまりにも最悪だった。
「くそぉ! 全員殺された……のか?」
ゲンテツは机を拳で叩きつけた。
鈍い音が響き、机の表面がひび割れる。血が拳から滲み、机の上に滴る。
しかし、そんな時でもセランは冷静だった。
「……いや、違う。地図の更新は止まっているが、内部構造は今も動き続けている。おそらく死んではいない。問題があるとすれば……」
「こちら側か……。」
ゲンテツは眉をひそめ、舌打ちをする。
少し安堵の色を浮かべたが、まったく気を抜ける状況ではなかった。
その時――
「ゲンテツさん!」
焦りを滲ませた声が、司令室に響いた。
レヴナントの職員が駆け込んでくる。顔面蒼白、息も荒い。
「どうした?」
「こちら側から発信した信号や通信が、すべて何者かに遮断されています!」
「……何?」
ゲンテツの表情が一気に険しくなる。
「つまり……?」
職員は震える声で答えた。
「つまり――このレヴナントのシステムが、何者かにハッキングされています!」
司令室の空気が、一瞬で凍りついた。
数十秒の沈黙――誰もが苦い顔をしている。焦りと疑念が入り混じる、重苦しい静寂。
だが、それはすぐに切り裂かれた。
『レヴナント職員全員に通達! ドームは完全に奪取した。我々の勝利だ! 今すぐ外に出てドームに向かってくれ!』
――――――――は?
俺の声だ。俺の、声。
喉がひゅっと鳴る。思考が追いつかない。なぜ、俺の声が?
「セラン……これは、一体……。」
指先が冷たい。額にじっとりと汗が滲む。隣のセランも、険しい顔で何かを考えていた。
その時――!
「落ち着いてください!」
突然、ソナー担当のサトウが声を張り上げた。
「機械音声です! 僕なら分かります!」
機械音声? つまり、何者かが俺の声を加工し、偽の命令を出している……!?
「クソッ!」
額の汗を拭う間もなく、俺は叫んだ。
「なら、こっちも放送を――!」
だが、その言葉はすぐに遮られる。
「船長、無理です! 放送が切り替わらない!」
――――ッ!
喉の奥が焼けるような焦燥感に襲われる。まるで、自分の船が乗っ取られる瞬間を見ているような感覚だった。
……時間がない。
「俺が行く!」
険しい表情のまま、屋上へ駆け上がる。
吹き荒ぶ風の中、視線の先には――レヴナントの下で歓喜の声を上げながら走る職員たちの姿。
違う……違うぞ!!
俺は拳を握りしめ、肺が破れるほどの力で叫んだ。
「止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!」
空気が揺れた。喉が裂けるかのような咆哮だった。
駆けていた職員たちの足が、次々と止まる。耳をつんざくような沈黙の中、俺は続けた。
「今の放送は俺のものではない!! 今すぐ戻れッ!!!」
職員たちは戸惑いながら顔を上げる。
「そして――今後、たとえ誰の放送であっても聴くな!!!」
俺は拳を握りしめ、力の限り叩きつけるように叫んだ。
「俺の生声だけを信じろ!!!」
時が止まったように静寂が広がる。
沈黙の中、ひとり、またひとりと職員たちが踵を返し、レヴナントの中へと戻っていく。
胸の奥で、ようやく安堵が滲んだ――が、これは始まりに過ぎない。
敵は、ここまで手を伸ばしてきている――!
俺は肩に羽織った軍服を翻しながら、重い足取りで司令室へと戻る。
扉が開いた瞬間、そこにいた全員の顔が目に入った。
絶望――。
まるで、世界の終わりを見たような顔をしている。
「ゲンテツ……」
低く、搾り出すような声が響く。
セランが俺を見据え、モニターを指差した。
「親玉のお出ましだ。」
モニターには砂嵐――だが、そこから確かに、“何か”が聞こえていた。
耳障りなノイズと共に、歪んだ声
『信号も、情報も、全て支配いたしました、潔くお亡くなりいただけると幸いです。』
首元にナイフを突き立てられてる様な感覚が走った。




