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革命のリリィ  作者: 鳩ポ
33/40

三十一話 熱気

よろめいていた機動兵一式が、機械特有の無駄のない動きで体勢を立て直した。

その所作には”痛み”も”恐怖”もない。

まるで”損傷”という概念すら持ち合わせていないかのようだった。


リンは、その怪物を鋭い目で睨みつける。


「……機動兵一式か。」


低くドスの効いた声が戦場に響く。

だが、いつものような余裕は感じられない。

リンの声には、確かにわずかな”苦味”が混じっていた。


――リンが不快そうな顔をするなんて。


僕は無意識のうちに息を飲んでいた。

戦場で冗談を言いながら笑っていた男が、今は眉間に皺を寄せ、ただじっと”不快感”を滲ませている。

ふざけるでもなく、虚勢を張るでもなく、ただ純粋に”嫌そうな顔”をしていた。


この違和感に、焦燥が膨れ上がる。


「……勝てそうか?」


気づけば、僕はそう問いかけていた。

いや、問いかけずにはいられなかった。

リンが戦う相手に対して”負ける”なんて考えるはずがない。


しかし――


「無理じゃな。」


その言葉を聞いた瞬間、心臓が一瞬、鼓動を止めた。


無理?


「は? ……無理?」


何を言っている?

リンが? あのリンが?


「……悪いがワシはな」


リンは細めた目で、機動兵一式を睨みつけた。

そこに”不敵な笑み”はなかった。

ただ、静かに事実を語るかのように、淡々と続ける。


「かつて、シドやアルが操作していた機動兵二式に勝ったことがない。」


――終わりだ。


その意味を、僕は瞬時に理解した。


機動兵二式に”勝てなかった”リンが、その”下位機種”であるはずの一式を前にしても勝てる保証はない。


なのに、リンの表情には”恐怖”の色がない。

ただ、ひどく”不快”そうな顔をしているだけだった。


それが逆に、不気味だった。


だが、一式は待ってはくれない。


次の作戦を練る暇もなく、一式の銃口がこちらを向いた。



眩い光が目の前に迫る――


その瞬間、リンの背負うアーマーが分解された。


「――ッ!」


意識する間もなく、分解されたパーツが僕らを包み込むように展開される。

まるで、機械の鎧が意思を持って守るかのように――


エネルギー弾がアーマーにぶつかるたび、低く重い衝撃音が鼓膜を揺さぶった。


「くそ……!」


エネルギー弾は止まることなく連射され続ける。

一撃の威力こそ高くないが、このまま防ぎ続けてもジリ貧だ。


「リン! このままじゃダメだ! 勝てないならどうにかして逃げないと――!」


焦る僕の声。

だが――リンは、微動だにせず、冷静だった。


「逃げる?」


僅かに振り向いたリンが、じっと僕を見つめる。


「……また、あんたらは”期待外れ”なこと言うんか?」


ゾクリとした。


その目は、静かで冷たい炎を宿していた。

ふざけた調子はどこにもない。


「リンが勝てないって言ったんじゃないか!」


僕は叫んだ。焦りと動揺が混じった声が、自分でもわかるほど震えている。


だが、そんな僕の言葉を、リンはまるで”取るに足らないこと”のように鼻で笑った。


「……ここには何人いる?」


唐突な問い。


「は?」


「二人じゃろ?」


リンはそう言うと、ゆっくりとこちらを振り返る。


その瞳には、焦りも諦めもない。

あるのは、ただ一つ――“戦う覚悟”。


「自分が弱いと謙遜するのもええ加減にせえや。」


その声には、静かな怒気すら滲んでいた。


「ワシが勝てんかったら、終わりなんか? お前は何もせんのか? ここには”二人”おるんやぞ。」


言葉が詰まる。


リンは最初から”一人で勝つつもり”なんてなかったんだ。

僕が、“勝てない”という言葉に怯えて立ち止まったとき、

リンはもう次の一手を考えていた。


「……“お前も”戦え、ルーカス。」


その言葉に、僕の中で何かが弾けた。


恐怖も、迷いも、一瞬で吹き飛ぶ。

代わりに湧き上がるのは――戦場に酔いしれるような興奮。


気づけば、口角が狂ったように上がっていた。

戦場で笑う男が二人。

外から見れば、きっと正気じゃないと思われるだろう。


だが、アーマーの内側は熱気に包まれていた。

熱く、研ぎ澄まされた意識が、戦いの最前線にある感覚――


「……もう一度考えろ。」


なぜ、俺の圧縮空気は効かなかった?

理由を探せ。答えを見つけろ。

リンが時間を稼いでくれている――なら、もっと深く、もっと鋭く考えられるはずだ!


「リン、おそらく……外装に当たった空気が、装甲の硬さで横に流れたんだ。」


瞬間、リンの口元がニヤリと歪む。


「ほう……つまり、側面からの攻撃は無効化されるってわけか。」


「そう。でも、空気が逃げることなく”内部から破壊できる場所”がある……。」


「――銃口か。」


今日は冴えてる。


狙うべき一点が見えた。

僕は迷わず、銃剣を銃モードに変形させ、そのグリップを強く握る。


「合図で外に出ろ。」


リンが短く指示を出す。

そして――次の瞬間、シールドとして展開していたアーマーの半分が、彼の手元へと収束する。

その拳が、静かに左へと突き出される。


「準備はいいか?」


「……ああ。」


緊張が張り詰める。

空気が、戦場が、一瞬静寂に包まれた――


そして――


「行くぞ!!!」


リンの拳が解き放たれた。


ロケットパンチが火を噴き左側にとぶ


その瞬間、一式の銃口がそちらへ釣られた――


「今だ! 右にどべぇ!!!」


リンの叫びと同時に、僕は銃剣の引き金を引いた。


「――エアブースト!!!」


圧縮空気の爆発的な反動が、僕の身体を弾丸のように加速させる。

視界が一気に流れ、弾幕の向こう側へと飛び出した――!


よし……抜け出せた!!


銃身がこちらを向く前に―――


考える暇はない。


最初は一度きりのシールド、そしてアーマー。

次は――おそらく、もうない。


だが、そんなことは些細な問題に過ぎない。

今はこの熱気、この戦場の狂気に身を委ねるだけだ。


僕は、後ろへ向けた銃剣の角度をミリ単位で調整しながら、機動兵一式の周囲を一気に旋回する。

旋回するたびに風圧が身体を叩き、耳鳴りがするほどの爆音が響く。


だが、そんなものもすべて切り捨てた。


視線の先に捉えたのは、狙うべき一点――銃口。

この機体最大の弱点。


片目を瞑り、呼吸を整える。

照準を合わせる。


―――射程圏内!


トリガーに指がかかる。

次の瞬間――


「っ……!」


視界が揺れた。


照準が、ズレる。


機動兵一式が、銃身を勢いよく振り回した。

まるで、こちらの狙いを完全に読んでいたかのように――


「くそっ……バレて―」


狙いは潰された。

このままでは銃口を撃ち抜くどころか、一式の反撃にさらされる。


どうする……?

諦めるな。

まだ、何か手は――――――


頼む……!何か……!!


「撃てぇぇぇ!!ルーカス!!」


リンの叫びが戦場に響く。

刹那――機動兵一式の銃身が止まった。


驚愕する僕の視界に飛び込んできたのは、リンの姿。

その両腕に纏わせたアーマーで、無理やり銃口を押さえ込んでいる。


「……リン!!」


リンの全身がきしむ。

圧倒的な力で暴れる機動兵一式を、リンは歯を食いしばって押さえ込んでいた。

冗談じゃない。

このままでは、リンが――


――迷うな。


もう一度照準を合わせる。

外せば、リンが死ぬ。

だが、今の僕に躊躇している時間はない。


音はいらない。

色もいらない。

すべての感覚を銃口の一点に――


引き金を―――引いた。


一瞬だった。


放たれた弾丸は、一直線に銃口へと吸い込まれる。

撃ち込まれた圧縮弾は、機体内部を暴れ回り、逃げ場のないエネルギーが一式を内部から破壊する。


轟音。

閃光。

衝撃。


すべてが過ぎ去ったとき、機動兵一式は跡形もなく吹き飛んでいた。


戦場に静寂が戻る。


僕は、大きく息を吸い込む。

さっきまでの喧騒が嘘みたいに、聞こえるのは自分の荒い呼吸だけ。


ゆっくりと膝をつき、倒れ込む。

そして、最後の力を振り絞るように、拳を突き上げた。


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