三十話 機動兵一式
――――キュゥゥゥン
耳をつんざくような鋭い音が響き渡った。次の瞬間、天井に巨大な穴が開く。
激しい揺れが足元から伝わる。だが、直感的に悟った。この穴からは脱出できない。――何かが、ここに降りてくる。
僕は目を細め、穴の奥を睨みつけた。
一瞬だった。
何かが、天井から凄まじい速度で落下してくる。視界を縦に切り裂く影――だが、目で捉える間もなく、腹部に強烈な衝撃が走った。
体が大きくのけぞる。同時に、一度きりのシールドが展開されるが、完全には衝撃を吸収しきれない。防御をすり抜けた衝撃が内臓を揺さぶる。肺の空気が一気に押し出され、息が詰まった。
「ぐっ……!!」
なすすべなく、僕の体は壁へと叩きつけられた。全身に鈍い痛みが走る。
ぼやける視界の中、敵の姿を捉える。
それは、まるで戦車のような機械だった。
だが、ただの戦車ではない。通常のキャタピラではなく、象のように太い四肢を持ち、その巨体を堂々と支えている。その胴体の中心には異様なほど太い銃身
そこには『機動兵一式』の文字が刻まれていた。
「シドとアルが乗ってたやつか……化け物め……」
唇を噛み締め、僕は痛む体を押し上げる。
相手の一撃は確かに重い。しかし、まだ終わりじゃない。
むしろ、これからが本番だ。
僕は深く息を整え、大剣を握り直した。
目の前の敵――巨大な機械獣。そのlevelはおそらく2程度。しかし、levelは単なる指標に過ぎない。AIの発展度を示す数値であり、必ずしも戦闘力と比例するわけではない。特に、知性はないが力が強い機体には、その基準すら意味をなさないことが多い。
「ならば、物量には物量で押し切る!」
そう決意すると同時に、僕は銃剣を銃モードへと変形させ、敵に向かって猛然と走り込んだ。トリガーを引くと、炸裂する空弾が機械獣に向かって放たれる。だが――
「避けた……」
相手は、まるで読んでいたかのように、太い脚を振りかざしながら驚異的なバックステップで空弾をかわした。巨体に似つかわしくない俊敏さ。その瞬間、機械獣の銃口が僕に向けられた。
「――ッ!」
次の瞬間、轟音と共にエネルギー弾が放たれる。僕は即座に横へ跳び、床を転がりながら回避。空中を切り裂く蒼白い閃光が、背後の壁を焼き焦がした。
「くそ……弾切れを狙うのは無理か……」
短期決戦では分が悪い。敵は、撃つだけでなく回避行動も完璧にこなしている。単なる弾幕戦では押し切れない。
僕は素早く立ち上がり、敵の動きを分析する。銃の発射パターン、回避の癖、攻撃の間隔――すべてを計算し、最適な一手を探る。
このまま撃ち合っても勝ち目は薄い。ならば、狙うべきは――
「一撃で仕留めるしかない……!」
僕は大剣を再び握り直し、敵の攻撃の隙を見極めながら、決死の一歩を踏み出した。
しかし、次の瞬間、違和感が全身を駆け巡る。
――おかしい。
機動兵一式は一定の距離を保っていたはずだ。それなのに――
目の前には巨大な銃身
ミリ単位の精度で迫っていた銃口が、まるで待ち伏せしていたかのように僕の腹部を撃ち抜いた。
灼熱の衝撃。
アーマーが一瞬で削り取られ、皮膚が焦げる鋭い痛みが走る。
「ぐっ……!」
後退しようとするも、足が止まらない。冷静になれ、焦るな、状況を分析しろ。なぜ、さっきまで回避できていた? 僕はリリィのように加速装置を備えた義足を持っているわけじゃない。なのに、敵の攻撃を紙一重で避けられていたのは――
「まさか……わざと避けさせていたのか……?」
脳裏に最悪の結論がよぎる。
「誘われた……!?」
まるで僕の動きを試すように撃ち、わずかなズレを計算し、確実に仕留めるタイミングを測っていたのか。
「クッソ……!」
見誤った。こいつのlevelは2なんかじゃない――遥かに高い!
僕は歯を食いしばり、改めて大剣を握り直す。もはや慎重に戦う余裕はない。ならば、この命を賭けてでも、突破するしかない――!
走れ! 一発でも当てろ!
ここで倒れるわけにはいかない――いや、絶対に死にたくない。
僕は奥歯を噛みしめ、背後に銃を向ける。
「……エアブースト!!」
引き金を引いた瞬間、圧縮された空気が轟音とともに噴射された。反動で僕の身体が弾丸のように前へと飛び出す。
「リリィ……君の戦い方、借りるよ!!」
強烈な推進力を得た僕は、一式の側面へと滑り込むように突進した。
打ち込め――! 最大圧力!!
振り下ろした大剣の刃が、一式の装甲を正確に捉えた。
「……当たった!!」
鋼鉄を断ち切る確かな手応え。しかし、同時に反動で僕の身体が後方へと弾かれる。ぐらつく足元を必死に立て直しながら、息を整えた。
その瞬間――
キュゥゥゥン――
金属が軋むような不吉な音。まるで時間が止まったかのような感覚に襲われる。
僕は目を見開き、顔面蒼白になりながら、一式を見上げた。
「……傷ひとつない……?」
信じられない。確実に捉えたはずの一撃。それが、一式には何の影響も与えていなかった。
一式がゆっくりと、しかし確実に向きを変える。砲身が無機質な音を立てながら僕へと向けられた。
――まずい!!
躊躇する間もなく、エネルギー弾が炸裂した。閃光が視界を焼く
それと同時に衝撃が腕に走る。銃剣ごと、僕の手から武器が弾き飛ばされた。
武器を失った僕の手は、震えていた。
だが、それ以上に――
僕の心臓が、恐怖で凍りついていた。
震えが止まらない。
手足が鉛のように重くなり、指先の感覚すら曖昧になる。喉が張りついて、息がうまく吸えない。
――こんなにも、死ぬのが怖いなんて。
笑える。
AIを憎んで、死ぬまで呪ってやると思っていたはずなのに。
いざ死ぬ瞬間が目の前に迫ると、ただただ恐ろしくて、足がすくんだ。
どうせ死ぬなら、最初から希望なんて持たなければよかった。
生き延びたいなんて思わなければよかった。
誰かと一緒に戦いたいなんて、思わなければ――
「……ごめん、リリィ……リニア……」
視界の端で、一式の銃口が静かに傾く。
キュゥゥゥン――
エネルギーチャージの音が、まるで死のカウントダウンのように響く。
砲口の奥が不気味なほど鮮やかな赤に染まり、ゆっくりと収束していく。
その光が、僕の瞳に反射した。
眩い赤の閃光が、銃口の奥で螺旋を描く
エネルギーが一点に集まり、まるで死神の鎌のように細い線を描いた。
――当たれば、間違いなく死ぬ。
思考が止まり、体も動かない。
希望の欠片すらない。
ここで終わるんだ――
僕は、ゆっくりと目を瞑った。
―――――――?
――――――――――?
―――――――――――――?
その時、耳の奥で何かが叫ぶような声が聞こえた。
「起きろ!! ルーカス!!!」
衝撃とともに、視界が弾ける。
勢いよく目を開けた瞬間、全身に鋭い戦慄が駆け抜けた。
目の前の光景を理解するよりも早く、僕は反射的に叫んだ。
「――ッ! リン!!」
そこにいたのは、全身を煙と瓦礫に包まれながら立つ、一人の男。
「ワシは運がええのぉ。こうやって仲間のピンチに間に合うんやからなぁ!」
リンは、小さな体でまるで神話の英雄のようにそこにいた。
天井から瓦礫の破片が落ちる
「突き破ったのか。」
その時、僕が視線を移すより早く、一式が即座に銃口をリンへ向けた。
エネルギーチャージの音が鳴り響く――
「おっと、焦んじゃぁねーよ。」
リンはゆっくりと、狂ったように口角を引き上げる。
まるで、戦場を楽しむかのような、無邪気な笑顔。
「ワシが壁ぶっ壊して助けに来るなんて……予想できたか、クソAI!!!」
リンは腕にまとったアーマを飛ばす。ロケットパンチの衝撃は機動兵一式を後退させた。
リンは笑っていた。
この戦場で、ただ一人、命を燃やすことに歓喜するかのように。
僕は、僅かに震える手で、大剣を拾い上げる。
そして、口元にかすかな笑みを浮かべた。
「……最高のタイミングだよ、リン。」
まだだ。まだ終わっちゃいない。
反撃開始だ――!!




