二十六話 力試し(2)
私たちは広い空間へと移動した。
「ここは?」
辺りを見回しながら私が尋ねると、リンが肩をすくめながら答えた。
「ここは実践演習場だ。ワシらはいつもここで演習訓練をしとるんじゃ。」
その言葉に目を凝らすと、確かに演習場としては十分な広さがある。しかし、よく見ると周囲には観客席のような構造があり、スポーツの試合でも行っているのかと思わせるような雰囲気だ。
「訓練場にしてはやけに豪華ね…。」
リニアがぼそりと呟くと、リンは鼻で笑った。
「見かけで判断するな。ワシらの命を守るための場所や。」
言葉の端々に彼らの戦いの厳しさが滲み出ていたが、そんな余韻に浸る間もなく、リンが準備を整えるべくゆっくりと中央に向かう。
「始めるぞ。」
彼の声にはためらいがなかった。
「なら、合図は私が出そう。」
セランが中央に歩み寄ると、私たちはそれぞれの位置についた。
私はリンを睨みつける。向こうも負けじと鋭い眼光をこちらに向けてきた。その視線には、ただの訓練とは思えないほどの真剣さと緊張感が宿っている。
私たちはそのまま睨み合い、互いの気配を探り合った。セランの合図を待ちながら、息を整える。
静寂が場を包む。
セランの合図が響いた瞬間、私はエンジンを全開にして突進しようとした――が、その場で足が止まる。
目の前で繰り広げられる異様な光景に、思わず息を呑んだ。
リンの背中にあったリュックが、突如としてバラバラに分解し始めたのだ。金属片が滑らかに動き、まるで生き物のようにリンの腕へと吸い寄せられていく。その動きには一切の無駄がなく、精密な機械のような美しさと不気味さが同居していた。
「アーマー……」
私の口から思わず言葉が漏れる。
分解されたリュックは、リンの腕に絡みつくようにして再構築を始めた。メカニカルなパーツが次々に組み上がり、瞬く間にその腕は巨大な金属の塊へと変貌していく。
暗灰色の光沢を帯びた外装には無数の細かなモジュールが埋め込まれ、動くたびにかすかな駆動音が響く。それはただの武器ではなく、一つの独立した機械のような存在感を放っていた。
「どうした、動かんのか?」
リンの口元がわずかに歪み、挑発的な笑みが浮かぶ。彼はその巨大なアーマー化した腕をわずかに持ち上げ、音を立てて指を曲げた。その動きは驚くほど滑らかで、まるで人間の筋肉が動くかのように自然だった。
「まさかこの程度で尻込みしとるんじゃなかろうな?」
挑発とも受け取れるその言葉に、私は一瞬カッとしたが、同時に冷静を取り戻した。目の前にいるのは只者ではない――慎重に行動しなければ、こちらが圧倒されるのは時間の問題だ。
「ふん、面白い」
そう呟きながら、私は再び構え直し、エンジンを爆発させた。
轟ッ――!
瞬間、背中から放たれる爆発的な推進力が空気を裂く。視界が歪むほどの凄まじい加速。まるで自分の体が光そのものになったかのように錯覚する。
これが私の新たな能力――爆発を利用した推進力で、常識を超える速度を生み出す技。
その名も――
「アクセルブレイズ!」
地面を蹴るという概念すら置き去りにし、純粋な推進力で敵を圧倒する私だけの切り札だ。
「来な、“鉄の巨腕”さん。速度で圧倒される感覚を教えててあげる。」
言葉と同時に私は駆け出す。爆発の余韻を残しながらリンへと向かう私に、彼もまた構えを取った。
「いいじゃねえか……少しは楽しめそうだな。」
金属の巨腕が唸りを上げながら振り上げられる。地響きを伴うその動きは、明らかにパワーを象徴していた。しかし私は速度に賭ける――相手の攻撃が届く前に懐へと飛び込む自信があった。
私はリンの振り下ろした巨大な拳を、まるで風の中を泳ぐようにすり抜ける。鉄と空気がぶつかる衝撃音が耳をつんざくが、それを無視して一気に背後を取った。
「――速いな。」
リンの低い声が背後から聞こえるが、私は気に留めず次の動きに集中する。
ヴォンッ!
両手に握った剣のモーターを起動させた瞬間、刃が振動し、高速でうなる。剣先から放たれる熱が空気を歪ませ、鋭い輝きを帯びている。その間、わずか2秒――その一瞬が勝敗を決める。
「これで終わりだ――!」
私は全力で加速しながら剣を振り下ろそうとした。そのとき――
ガキンッ!
振り抜いた剣は、リンの右腕のアーマーに弾かれた。剣先が鋼の表面を滑り、火花を散らす。驚くほど素早い反応だった。
「甘いな。」
リンの左の巨腕が迫る。轟音と共に振り抜かれる鉄拳に対し、私は反射的に再度爆発を起こし、空中に跳ぶ。
「ちっ……堅い上に早い!」
空中で体勢を立て直しながら、私は歯を食いしばる。この相手、一筋縄ではいかない。
ちっちゃい体に、不釣り合いなほどデカい拳。
不釣り合いな速さ、不釣り合いな声。
このリンという男、どこまでも底が知れない。
私は息を整えつつ、エンジンを全身に回して反撃の準備を整える。次の一撃で流れを掴む――そう思った、その時だった。
「リリィ!後ろぉぉぉ!」
稀に聞くルーカスの叫び声に反射的に振り向く。
目の前には――鉄の塊。
ドゴォォォン!
次の瞬間、ものすごい衝撃が体を貫き、私は全身を吹き飛ばされる。重力のまま壁へ叩きつけられ、鈍い音が響いた。
「くっ……!」
痛みに耐えながら体を起こし、ぼやける視界を振り返る。あの距離――さっきまで確かにリンとは距離を取っていた。普通ならあの間合いを一瞬で詰められるわけがない。
だが、そこにある拳――いや、拳だけが私の目の前に転がっていた。
「拳だけ……まさか!」
その事実が頭をよぎり、思わず声が漏れる。
「ロケットパンチ!」
リンの巨大な手が、彼のアーマーから飛び出してきたというのか――とんでもない武器だ。
私は拳を見つめながら立ち上がろうとするが、そこにセランの声が響いた。
「ここまでだ。」
力試し――勝者は、リン。試合の幕はあっけなく閉じた。
「セラン、すまなかった。俺らはあんたらの期待に応えられただろうか?」
ゲンテツが問いかける。静寂の中でその声はどこか自信に満ちていた。
セランはしばらくリンを振り返りながら考え込む素振りを見せ、そして再びこちらに目を向けた。
「レヴナントの戦闘員は皆これくらいの戦闘力を持っているんですか?」
その問いに、ゲンテツは堂々と頷きながら言葉を紡ぐ。
「あぁ、リリィはまだ実践経験が少ないほうだ。それでも、この通りだ。俺の戦闘員12人は全員、場合や状況次第ではリリィ以上の力を発揮することもある。」
セランはゲンテツの言葉を聞きながら、口元に不敵な笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと頷く。
「――十分だ。これなら、勝てるぞ。」
その言葉は静かだが力強く、広がる沈黙の中で確かな希望の灯火を灯した。
レヴナントとセントリオシティ――この2つの力が手を取り合うことで、失われた都市を取り戻す戦いが幕を開ける準備は整いつつあった。




