二十三話 ヒューマンコロニー
何か月が過ぎただろうか。セントリオシティは中国国内にあるとはいえ、香港からはかなり離れた場所に位置している。そのため、香港を大きく迂回し、険しい山脈を越えるルートを取ることになり、当初の予想以上に時間がかかってしまった。
ようやく目的地が近づいてきたというのに、私はどこか気が抜けたような気分で、レヴナントのデッキにもたれかかっていた。
「暇だ……」
自然と口をついて出た言葉は、自分でも驚くほど間延びしていた。
「仕方ないわよ。ほら、見てごらん。見えるのはただの山ばっかり。それに、AIの気配も全然ないし」
リニアはそう言いながら、デッキの真ん中に大の字になって寝転がっている。その姿は、まるで休日を満喫している観光客のようだった。
「覚悟を決めたはずなのに、こうも時間が経つとだんだん実感が薄れてくるものね。これ、人間の悪い癖だと思わない?」
リニアは目を閉じたまま軽い調子で言う。その言葉に私は思わず苦笑いした。確かにその通りだ。死を覚悟して挑むべき戦いが目前に迫っているはずなのに、こうして穏やかな時間が続くと、まるで何事もない日常が戻ってきたかのような錯覚に陥る。
遠くには連なる山々が見えるだけで、AIの脅威もなく、ただ風の音とエンジンの振動が静かに耳を包み込む。だけど、私は知っている。この静けさの先に待つのは、嵐のような激戦だ。
「リニア、今のうちに休んでおきなさいよ。どうせ到着したらそんな余裕なんてなくなるんだから」
「わかってるわよ。でも、こうして何もない時間を過ごしていると、少しくらい楽観的になりたくなるのよね。リリィだって、そう思わない?」
「……どうだろうね」
曖昧に笑って答えながら、私は遠くの地平線を見つめた。あの向こうにセントリオシティがある。そして、それを奪うための戦いが待っている。
「楽観的になりたいけど、私は楽観できないんだ。だって、勝つしかないから」
リニアがちらりとこちらを見て、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「さすが副船長。責任感が重いわね。でも、そのくらいでちょうどいいのかもね」
そう言って、再び目を閉じたリニアを横目に、私は再び視線を遠くへ向けた。やるべきことは山積みだ。でも、今だけは少しだけ、この穏やかな時間を噛みしめていたかった。
しかし、そんなのほほんとした空気は、一つの警告放送であっという間に打ち消された。
『――レヴナント前方に生命反応多数!直ちに確認せよ!』
艦内に響く無機質な音声。言葉の意味を理解した瞬間、心臓が大きく跳ねたような感覚があった。
「生命反応……?」
リニアが身を起こし、驚きと疑問の入り混じった表情で私に視線を向ける。
一瞬、思考が凍りついた。こんな場所で生命反応なんて――まさか、この辺りに人がいるなんてことがあるの?
デッキの手すりを掴んで立ち上がり、前方を見据える。遥か彼方に見えるのは荒涼とした山岳地帯。ただ、よく目を凝らすと、確かに何かが動いている気配があった。
「リリィ!」
ルーカスが駆け寄り、私の隣に並んだ。
「確認する必要があるな。敵かもしれないし、あるいは――」
「ヒューマンコロニー…。」
呟くように言ったその言葉に、自分でも驚いていた。そんな可能性、頭の片隅にもなかったはずなのに。
「ヒューマンコロニー!?」
リニアが目を見開き、立ち上がった。
「でも、ヒューマンコロニーがあるなら、なぜ今までAIが見つけられなかったのよ?50年以上、AIが血眼になって探しても見つからなかったのに!」
確かにその通りだ。ヒューマンコロニーが存在する可能性は極めて低い。それでも――私がいたプラントシティはまさにそれだ。
「可能性は低い。でも、もし本当に人がいるなら……」
言葉を詰まらせた私を見て、ルーカスが静かに頷いた。
「確認するしかないな。敵でも味方でも、今ここで何もしないわけにはいかない」
私は深く息を吸い込んだ。
「そうね……行きましょう。慎重に接触して、状況を確かめる」
それが新たな希望の兆しなのか、それとも罠なのか。この場で立ち止まるわけにはいかない。レヴナントは、前方の生命反応に向けてゆっくりと進み始めた。
『地下にヒューマンコロニーがある可能性がある!レヴナントの重さでコロニーが潰れる危険があるため!レヴナントはここで停止!徒歩で接触を図るぞ!』
ゲンテツの放送が艦内に響き渡ると同時に、私たち鉄鬼隊は素早く準備を始めた。
「慎重に行動するわよ。」
私は義手の調整をしながら答えた。ルーカスは黙々と武器を点検している。
「徒歩での接触ってことは、割と近くにあるってことか。」
ルーカスが呟き、装備を背負いながら立ち上がる。その顔には緊張が浮かんでいた。
「油断しないで。敵が潜んでる可能性もある。」
「分かってるさ、リリィ。」
その短いやりとりだけで、隊の緊張感は一層高まっていった。準備が整ったら、すぐに出発だ。
山間部―――
レヴナントの精鋭5人が、険しい山道を慎重に進んでいた。その5人とは、鉄鬼隊の私、リニア、ルーカスに加え、音を感知する能力に優れたソナー担当のサトー、そしてゲンテツだ。
「静かに!」
先頭を歩いていたサトーが立ち止まり、唇に指を当てて全員に注意を促す。
「何か聞こえる。足音だ。」
その言葉に、一同は息を潜めた。私とリニアはすぐに義眼を展開し、周囲を警戒する。
――その時だった。
一瞬、茂みの向こうに動く人影が見えた。
「人影!」
リニアが声を上げた瞬間、鉄鬼隊は即座に行動に移った。鍛え抜かれた動きで一気に距離を詰め、人影の前に立ちはだかる。
そして、視界に飛び込んできたのは――戦闘スーツ姿の男たちだった。
二人の男は銃を構え、こちらを睨みつけている。その目は鋭く、簡単に降伏しそうには見えない。
場面は一気に緊張感に包まれた。
「誰だ……」
ゲンテツが低い声で問いかけるが、男たちは答えない。むしろ銃口がさらにこちらを向き、指がトリガーにかかっているのが分かる。
「落ち着いて、撃つ気ならとっくに撃ってる。」
私は相手の動きを観察しながら、静かに言った。それでも、全員の手は武器に伸びている。いつでも反撃できる準備は整っていた。
緊迫した沈黙が流れる中、先手を打ったのは銃を構えた男の1人だった
「「誰だ」はこちらのセリフだ、ここから先はヒューマンコロニー「セントリオシティ」だ。貴様らこそ何用でここに来た!」
「セントリオシティ…?」
レヴナントの精鋭全員が頭にハテナを浮かべていたのは言うまでもない。




