二十話 本気で勝ちに行く
ゲンテツは、小さく震える手を握りしめながら、目の前の状況に呆然としていた。
かつて自分が船長に就任した時のメンバーは、全員が戦いの中で散ってしまった。その後も彼は、新しい仲間を求めてヒューマンコロニーを探し出し、無理やりメンバーに加えたり、破壊されたコロニーの生き残りを集めては戦場に送り込み、死なせ続けてきたという。
今回も、私に言われるまで仲間の半分以上がクイーンによって殺されているという異常な状況に、彼は何も感じていなかったようだった。
「やっぱり、俺は壊れちまったんだな…。」
かすれた声で呟くゲンテツの目には、虚ろな光が宿っている。
「昔はさ…毎晩、目の前で仲間が死んでいく、地獄みたいな光景が夢に出てきて、夜も眠れなかったんだ。でも、最近はもうそんな夢すら見なくなった。ただの、どうでもいいような夢ばかりが浮かんでくるんだよ…」
その声には、かつての痛みや悔しさ、そして何もかもを失った人間の、深い虚無が滲んでいた。
数十秒の沈黙の後、ゲンテツが小さく唇を噛み締め、私の目を真っ直ぐに見つめてきた。彼の瞳はわずかに潤んでいるが、その奥には確かな信念が宿っているのが見て取れる。
「リリィ…お願いがあるんだ。」
その言葉に、私は思わず息を飲んだ。真剣な眼差しに圧倒され、胸が高鳴る。
「レヴナントの副船長になってくれないか?」
「え…な、何を言ってるの…?」
突然の申し出に驚き、私は目を見開きながらその意図を探ろうとした。ゲンテツの本気の表情があまりに真摯で、言葉を詰まらせる。だが、私が返事をする前に、彼は続けて口を開いた。
「リリィ、お前だけなんだ…。俺を叱ってくれたのも、俺の愚かさを正してくれたのも、止めようとしてくれたのも…。」
ゲンテツの声には、自分への戒めと私への深い信頼が滲んでいる。
「レヴナントのメンバーは、俺を信頼してくれている。無意識のうちに、俺の選択に間違いはないって信じ込んでいるんだ。だから、たとえ命がけで香港に向かう決断をしても、誰も疑問を抱かなかった。俺がどんなに無茶な命令を出しても、皆、黙って従ってくれる…」
彼の声は次第に震えを帯びていく。どれだけ彼が自分の過去の選択と向き合い、その責任を背負ってきたのかが痛いほど伝わってきた。
「でも、そんな俺を叱り、間違いを指摘してくれたのは、お前だけだったんだ、リリィ。」
ゲンテツは視線を逸らさず、真っ直ぐに私を見つめ続ける。
「俺には…もう、お前みたいな人間がそばに必要なんだ。レヴナントの未来のためにも、お前に副船長を任せたい。俺と一緒に、この部隊を導いてくれないか…」
彼の言葉に、私はしばらく何も言えず、ただその目を見返すしかできなかった。ゲンテツの覚悟と、私への信頼。その全てが重く、そして温かく、胸の奥に響いた。
「リリィが作戦を練って、俺が機動要塞レヴナントを守る。そうすれば…俺たち、勝てるかもしれないな。」
ゲンテツは少し力なく笑いながら、遠くを見るように言った。しかし、その視線が再び下へと落ち、かすかな声で続けた。
「でも、結局また…リリィに頼ってしまうのも俺の選択だ。 俺の選択はいつも…」
その言葉は途中で途切れ、ゲンテツは顔を伏せてしまった。肩が小さく震えているのが見える。あの堂々とした彼が、今はまるで迷子のように見えた。そんな彼に、私はどうしても伝えたくて、口を開いた。
「間違ってません!」
力強い言葉が自然と口をついて出る。ゲンテツは驚いたように顔を上げ、涙を浮かべた瞳で私を見つめてきた。その表情に、私はさらに強い思いを込めて言葉を続けた。
「ゲンテツがしてきた選択は間違ってなんかない。私がここにいるのは、あなたが守ってくれたからです。そして、私も、他の誰もあなたに救われている。だからこそ、あなたはこれまで戦い続けてきたんです」
ゲンテツは再び視線を落とし、静かに涙を流した。しかし、私はそれを見て、ますます強く確信を持った。この人のために、そして共に戦ってきた仲間のために、私は全力で戦うと。
「勝ちます。人類は、いや、私たちは絶対に勝ちます。たとえどんなに厳しい戦いが待っていようと、私が絶対に勝利へ導きます。」
私の言葉に、ゲンテツは少しずつ顔を上げ、その目にかすかな光が戻ってくるのを感じた。そして、気づけば私自身の目にも、熱い涙が浮かんでいた。
次の日――
ゲンテツは皆を集め、真剣な表情で言葉を発した。
「今日は、みんなに大切な話がある。」
その声はいつも以上に威厳に満ち、空気がピンと張り詰めた。その雰囲気に、隊員たちは静かに耳を傾けた。
「俺は、今までこのレヴナントに存在しなかった“副船長”を新たに設けることに決めた。そして、その席に座る者もすでに決めてある。」
隊員たちの間にどよめきが広がる。副船長? その役目を果たせる者がここにいるのか? 誰が選ばれるのかという疑問が行き交い、視線がいくつかの候補者に向けられる。中にはこの戦場で長年生き延び、数々の功績を立ててきたベテランもいる。誰もが自然にその候補者たちに目を向けていた。
そんな中、ゲンテツの次の言葉が全員を驚愕させた。
「紹介しよう。レヴナントの未来を担う者――リリィだ。」
その名が告げられた瞬間、会場は静まり返り、隊員たちは一様に疑念の眼差しをリリィに向けた。リリィがこの戦場に来たのはまだ最近のこと、しかも他の隊員と比較すれば実績も少ない。突如、彼女が副船長として指名されたことに、戸惑いや不信が浮かび上がる。
「なんで…?」
「まだ来たばかりじゃないか…」
小声でささやかれる不安と疑念。リリィをよく知らない者も多く、彼女が一体何をできるのか分からない者がほとんどだった。
しかし、ゲンテツは揺らぐことなく続けた。
「リリィは数々の戦いを生き延び、あのクイーンに接近する唯一の術を見出した。それに…俺を叱咤してくれた唯一の存在でもある。」
「ゲンテツさんを叱咤しただって!?一体どういうことなんだ!」
隊員たちの間から、疑心が怒りへと変わり、次第に不満の声が上がり始めた。ささやきはやがて怒号に変わり、場の空気が一気に荒々しいものになっていく。その光景にゲンテツも少しばかり動揺を隠せず、どう収拾をつけるべきか逡巡している様子だった。
「黙りなさい!!」
その時、鋭く響く女性の声が場の喧騒を一瞬で鎮めた。リニアが腕を組んで、一歩前に出て隊員たちを睨みつけている。彼女の普段から鋭い眼差しと、今の怒気を含んだ態度に、集まっていた者たちは驚いて思わず息を呑んだ。
「あんたたち、リリィがここに来たばかりだからって文句ばっか言ってるけど、少し考えなさいよ。あんたたち、誰のおかげで助かったと思ってんの?」
リニアの厳しい言葉に、その場にいた者たちは静まり返り、言葉を失った。皆が思わずリリィに目を向けるが、彼女も戸惑いを隠せない表情でうつむいている。
「さらにリリィを副船長にするって言い出したのは、ここにいるゲンテツ本人よ。」
リニアは、鋭い視線で全員を見回しながら続けた。
「リリィがゲンテツを叱咤したからどうだっていうの? ゲンテツだって人間よ。間違えることだってある。それをちゃんと指摘できる人が必要だったってことじゃないの?」
飛んでいたヤジはピタリと止まり、誰もが言葉を失ったようにリニアを見つめている。彼女の強い態度に圧倒され、これ以上反論する気力を奪われたかのようだった。リニアは小さくため息をつき、少し柔らかな口調で言葉を続けた。
「正直、私だって動揺してるわよ。リリィが副船長になるなんて、急すぎるって思ってるし、まだ信じられない気持ちもある。でも、だからって最初から否定するのは違うでしょ? せめて話を聞くくらいの余裕はあってもいいんじゃない?」
その一言に、誰もがハッとした表情を浮かべ、リニアの言葉がじわじわと胸に染み渡っていくのを感じた。
「いい仲間を持ったな…」
そんな思いが胸を満たしながら、私は集まった隊員たちの隙間をゆっくりと通り抜け、一歩ずつ前へと進んだ。ざわついていた視線が一斉にこちらに集まり、私を見つめている。それでも、リニアの強い言葉に背中を押されて、みんなの前へと足を運ぶ。
皆が静かに見守る中、私はその場に立ち、彼ら一人ひとりの表情を見つめた。その瞳には不安や戸惑い、そしてほんの少しの期待が混ざっているのが分かった。




