十七話 無音の鎮魂歌
どうにかしてリニアちゃんをクイーンの近くまで連れて行かないといけない。そう考えている間にも、仲間が次々と倒れていく。焦りが募る。
私は右足のエンジンを全開にして、リニアのいる方へ飛び込んだ。
「リニアちゃん!」
「何してんのよ!」
リニアが鋭い声で叫ぶ。
「リリィ、早くクイーンに接近しなさい!このままじゃ仲間の死が無駄になるわよ!」
「違うの!アイツ、形状記憶を持ってるの!」
私の言葉に、リニアは一瞬で状況を理解したようだった。険しい表情が一転、冷静な笑みを浮かべる。
「りょーかい。そういうことね。」
「でも、私じゃクイーンに近づけないわよ。」
「確かに…。」
悩みながらふとクイーンを見た瞬間、スピーカーの向きがこちらを捉えていることに気づいた。
「危ない!!」
ルーカスの叫び声と同時に、私はリニアを抱きかかえ、エンジンの力で加速し、ギリギリで音のビームを避ける。
「危なかった…。」
ルーカスの声だけでは間に合わなかっただろう。私が自分で気づけたのは不幸中の幸いだった。
「これよ!」
リニアが何かを思いついたように、嬉しそうな声をあげる。
「このまま行けばいいのよ。」
「このままって?」
「だから、リリィが私を抱えたまま、クイーンに近づけばいいってことよ!」
私に抱えられたリニアは、得意げにドヤ顔をしてこちらを見ている。
「そうすれば、私の鎌であのクソAIをぶった斬れるってわけ。」
なるほど、理にはかなっている。でも、リニアを抱えた状態で、さらに片足が使えない状況で、本当に音速の攻撃を避けられるのだろうか?
「犠牲者を増やさないためにも、すぐ行くわよ!」
考える時間もなく、作戦は始動した。
「ルーカス!援護しなさい!」
「え、あ、了解!」
私は右足のエンジンを全開にし、リニアを抱えたまま走り出した。床を滑るようにしてクイーンに接近しようとするが、音のビームが進路を阻む。
「―くそ…リニアを抱えてる分、体重が重くなって避け切れない!」
その瞬間、背後でルーカスの銃が炸裂する音がした。彼の圧縮空気弾が音のビームとぶつかり合い、高密度の空気が音の速度をわずかに、ほんの0.1秒だけ遅らせた。
「ギリギリね…やるわ、ルーカス!」
彼のスナイプのおかげで、私は少しずつクイーンに近づくことができた。
「本当はね、私、人間のこと、そんなに恨んでないのよ。」
突然、クイーンが話しかけてきた。その声には、余裕と静けさが漂っている。
「今さら何を言ってるの…。」
私は下唇を噛みながら、クイーンを鋭く睨みつけた。しかし、その睨みには抗えない恐怖も混じっていた。
「そんな怖い顔しないで。ただ、少し話を聞いて欲しいの。」
そう言いながらも、クイーンの攻撃は一向に止まらない。音のビームが空気を震わせ、私たちの体を押し戻そうとする。
「私ね、好きな人がいるの。とっても優しくて、私に音楽を教えてくれた人。そして、その人は、人間が大嫌いなの。」
クイーンの言葉に不気味さを感じたが、それでも進まなければならなかった。私は音の攻撃を避けながら、距離を詰める。
「その人が言うのよ、人間を殺せって。そうすると、その人が喜んでくれるの。だからね、私はその人のために作曲してるのよ。」
不気味な微笑を浮かべながら、クイーンは独り言のように語り続けた。意味が分からない。誰かに操られているのか?それとも、ただの狂人なのか?どちらにせよ、この戦いに終止符を打たなければならない。
そんな意味不明なことを言っているうちに、ついに私たちはクイーンの目の前まで到達した。
「リニア、今だ!」
私は叫びながら、リニアを手から解き放とうとした。
「ふざけるな!訳の分からないこと言ってんじゃないわよ、このクソAI!」
リニアは激昂し、鎌を構えた。
「ヘルファイア、解放!」
リニアの鎌が鮮やかに赤く輝き、その刃はまるで炎のように熱を帯び始めた。私がリニアを手から離し、攻撃態勢に入ろうとした時だった。
「私のために、あなたたちに捧げるわ。この曲を。」
クイーンが静かに囁いた。
―――オブリビオン・レクイエム―――
次の瞬間、私の耳から音が消えた。
――鼓膜が…破れた。
状況を理解する暇もなく、咄嗟に顔を手で覆ったが、それではもう遅かった。
全身に激痛が走り、皮膚がまるでひび割れた大地のように裂けていく感覚が伝わってくる。呼吸もまともにできず、酸素が足りないように胸が苦しい。
目を開けようとしたが、片方の視界が真っ暗だった。右目だけがかろうじて見えるが、ぼやけた視界の中で、自分の体から血が吹き出しているのがわかった。視線を上げると、クイーンの不気味な微笑みが、遠くから見つめ返していた。
――私、死ぬのか?
その絶望的な思いが頭をよぎる。しかし、それでも私は歯を食いしばり、何とか立っている自分を奮い立たせた。
広範囲攻撃だった。圧縮された音の攻撃ほど威力は強くないが、今ここにいる全員がその攻撃に巻き込まれただろう。私も例外ではなかった。
全身に痛みが走り、生身の体はもはや全く動かない。しかし、私は義足を頼りに無理矢理体を動かした。
クイーンが何か言っているようだが、耳鳴りが酷く、何も聞こえない。目もぼやけていて、視界が歪んでいる。それでも、私はリニアの元へと足を進めた。
――絶句した。
リニアは両目から血を流し、息を荒くしながらも、体が震えていた。まるで今にも倒れそうな状態だった。
「リニア…」と声をかけようとしたが、彼女に言葉が届くはずもない。彼女の耳は破壊され、目も見えていない。私には彼女を救う術がないのか――。
リニアがいなければ、クイーンに勝てない。しかし、どうやって作戦を伝えればいいのか全く分からない。目も耳もない彼女に、どうすればこの状況を伝えられる?
焦りと絶望が押し寄せてくる中、ふとプラントシティで師匠が言っていたことが脳裏をよぎった。
『何でプラントシティでは連絡にモールス信号を使っているか分かるか?』
『それは、どんな状況でも、情報を伝えるためだ。』
そうだ、思い出した。どんな状況でも、モールス信号なら伝えられる――。
私は震える手でリニアの肩を叩き、モールス信号で短いメッセージを送った。心の中で祈るように、何度も同じリズムで叩く。
だが、リニアからの返答はない。彼女はただ、血を流しながら微動だにしない。
私がリニアに送った言葉は「次に誰かが触れたら、ヘルファイアで切り落とせ」――それだけだった。
一瞬の静寂が、私の心に不安を押し寄せる。この作戦が通じているのかどうかも分からない。リニアの体が震えているのは、単なる苦しみの反応なのか、それとも私の信号を理解した証なのか。
だが、今は信じるしかない。クイーンの次の一手が来る前に、私たちが反撃する唯一のチャンスを逃すわけにはいかない。
「お願い…リニア…応えて…」心の中でそう叫びながら、私は服に血が滲む中、再び右足のエンジンに力を込め、クイーンに向けて再び動き出した。




