オトモダチ
修道院でパン種を捏ねながら、グラディスは神妙に同輩二人の話を傾聴していた。
「だぁかぁら、黙ってたままじゃこっちを馬鹿にしてるように見えるってわけよ!」
呼び止められ、一緒にパン作りをしようと誘ってきた同輩の名前を知らずにいたグラディスに、まずスザンナは肘打ちをしてきた。横腹にきっちり肘が決まったので、今頃青あざになっているはずだ。
「おかしなことですわねぇ。娼館も女性社会のはずなのに、あなたは今までいったいどうやって生きてきたのでしょうか」
明らかにグラディスを蔑んだ目で見てくるのはヨランダである。庶民出身のスザンナと違い、彼女は騎士爵出身の娘らしい。言葉遣いも丁寧で、その分言葉に秘められた毒がひどい。
「稼いで帰ってくれば認めてもらえるだろ、そんなの」
グラディスにも言い分はあるのだが、二人はその言い分を鼻で笑った。
「どこの親父よそれ」
男にたとえられて、グラディスの機嫌が落下する。
「あのねぇ、業績を上げれば上げるほど、嫉妬するのが女というものでしょう? 考える頭はお持ちなの?」
「今まで大人しく遠巻きにしてたあんた達はどこ行ったんだ」
まさしくそれだった。
「遠巻きにしてても改善しないから口出ししてるんでしょ。このままじゃあなた、大聖堂を救った聖女って呼ばれかねないんだから、虐めて追い出すよりも、教育して少しでも居心地のいい同僚にする方がましってわけよ」
「はぁ?」
聖女とは、いったい誰のことだ。
「あら、ご存じないの? 情報を教えてくださるお友達の一人もいらっしゃらないようだから、当然かしら? あの大聖堂の事件から目を逸らさせるためには英雄が必要でしょう? だからあなたを聖女と奉って、教会に対する不信感をやり過ごそうとしているのよ」
「くだらない」
聖女とは本来、神の教えに殉じて刑死した布教者を呼ぶ名称のはずである。たかだか誰にでもできるはずの悪魔祓いを成功させたからといって、呼ばれる筋合いはない。
「なんでよ。司祭様方でも祓えなかった悪魔を、たかが修道女のあなたが祓ったんだもの。聖女は言い過ぎだけど、そこそこの功績はあるんじゃないの?」
「誰にでもできる」
禁書を読んで、理解さえできれば。
「まぁ、やっぱり頭脳に恵まれてらっしゃらないのね。誰にでもできるのなら、わたくしにだってできていますわよ」
上品に笑うヨランダの目は冷たい。あと言葉がひどい。
「やり方さえ知ってればヨランダにもできる」
「まぁ、それはぜひとも教えてくださいませ」
ほほほ、と笑うヨランダは、思いっきりパン種を机に叩きつけた。怖くはない。ちょっとしか。
「もぉ、ヨランダは粘着質なんだから、挑発しちゃ駄目でしょ。……ねぇねぇ、私にもできる?」
「できる」
即答すると、スザンナもパン種を机に叩きつけた。なお、笑顔のままである。怖い。ちょっとだけ。
「なんで試しもせずに怒るんだ。やってみてできなかったらあたしに怒ればいいだろう? やる前から怒らないでくれ」
禁書を持ち出す手段を考えつつ抗議すると、二人はにっこり微笑んだままパン種を捏ね始めた。ぶつりぶつりと千切れる勢いで捏ねている。もはや惨殺されるパン種の様相だった。
「たとえばっ、私が! あなたと同じように聖句を唱えて聖水をふったとする! それで悪魔祓いができるって言いたいの!?」
言葉が切れた場所で、パン種がどすんどすんと机に打ちつけられる音がする。捏ねた方がパンは旨いと聞くから、今夜のパンは期待できるかもしれない。が、その席で夕食にありつけるかが心配になってきたグラディスである。
「できる。コツさえ掴めば」
精神力を霊的攻撃力に変換する感覚は、巫女だった母に育てられたグラディスだからこそ、自然に身についていたものかもしれない。だが、感覚は慣れである。慣れさえすれば誰にでも使えるだろう。
「そのコツが才能だとご存じない、残念な頭をお持ちですのねぇ」
ほほほほ、と笑いつつヨランダがパン種をぶちりぶちりと千切って丸めていく。なぜパン種を千切るのに殺意が必要なのか。
「才能じゃない。慣れれば誰でもできるだろ」
「ばぁっっか! ばぁかばぁかばぁか!」
唐突にスザンナに罵られ、グラディスは途方に暮れる。彼女達と冷静に話し合える自信がない。なぜやる前からできないと確信しているのか。神の教えに馴らされすぎているような気もする。従順な子羊、というやつである。
「そのお粗末な頭で少しは考えればよろしいのに。はぁ、わたくしオーフェリア様に申し上げて参りますわ。このような思考力のない方の内通など、やってはおられませんと」
「内通……」
とは、なんだ? グラディスは頭を傾げた。
「私は内通なんてしてないわよ? 将来性を感じて早めに行動してるだけだもの」
「時期尚早なのではなくて? 勇み足は感心しませんわよ」
「でもこれ、早めに教育しといた方が良くない? こんなんじゃあ、お偉い方から依頼があった時に、修道院全体の責任になっちゃうじゃない」
スザンナの言葉に、ヨランダは深いため息をついた。なんだか聞いているグラディスの方が申し訳なくなるような吐息の深さだった。
「……オーフェリア様に相談して参りますわ。わたくし以外の方が志願してくださればよろしいのですけれど」
「他の方って男爵家以上でしょ? ヨランダ様が一番下位じゃん」
「お黙りなさい」
話が弾む二人に、グラディスはひっそりと羨望の眼差しを送った。こういう、女性同士の遠慮のない会話というものがグラディスは不得意だ。男相手にならどれだけでも攻撃的になれるのだが、女性相手にはどう会話したものか困る。下手なことを言って傷ついた顔をされたら、それ以上口を開けなくなってしまうのだ。
「仲がいいんだな」
思わず口を開くと、二人から
「お黙り」
「黙ってて」
と叱られた。同性同士の友情はかくも難しい。




