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咎切り勇者は咎切れない   作者: モルモン
3/3

涙を禁じ得ない

 魔王城に帰ると、魔王の腹心のようにリアが出迎えてくれたのはつい先ほどのことだ。

 

 俺は今生の別れのような台詞で出発した手前、リアを直視できなかった。それは他の魔王軍も同じで、視線を外してよそよそしく返事をしていた。一時期のテンションに身を任せた末路である。本当なら王都で勇者と死闘を繰り広げているはずなのに、全員無事に帰還してしまった。


 で、その原因は現在は布団の上で静かに寝息を立てていた。時折悪夢にうなされているのかうめき声をあげて身じろぎしている。本当は医務室にでも寝かせておきたいのだが、勇者が暴れ出さないように見張っておかないといけない。なので、会議室兼、魔王の間(畳の間)で寝かせている。 


「さて、どうしたものか」


 ちゃぶ台に突っ伏してこれからを考える。ちらりと横に視線をやり勇者をみる。勇者の横に置かれた聖剣は以前の純粋な輝きが失われ、酷く淀んでいた。あんなに綺麗な聖剣だったのに……勇者に何があったのか想像できない。


「魔王様、魔王軍の皆の説得終わりました」


 疲労のぬぐえいな様子のアルフレッドが入室してきた。今回の勇者の有様をみて、魔王軍は激怒していた。あのままでは怒りのままに王都を蹂躙していただろう。無理もない。アイドルみたいに勇者のポスターやフィギュアが飾っている奴もいる。俺を含め娘のように成長を見守っていたからなぁ。

 

「……ぅう……」


 そうこう考えていると、勇者が目を覚ましたらしく瞼がぴくりと震える。

 ここで、俺は重要なことに気づく。いまの俺の格好は普段着で、Tシャツに短パンとうラフスタイルだ。勇者と対面するときは常に魔王らしく振舞ってきた俺である。こんな醜態みせられたものではない。


「やばい、勇者が目覚める。アルフレッド! 30秒で俺の正装を取ってこい!」


「無茶言わないでくださいよ。ほら、このひざ掛けでなんとかマントみたいに見えませんか?」


 そう言ってそこら畳んであったひざ掛けを俺の首に巻き付ける。


「よし、マントはどうにかなったな! ……どうしよう、アルフレッド。王冠がない!」


「魔王先生、王冠ほしいの。はい、ルルからのプレゼント!」


 たまたま魔王の間に遊びに来ていたルル(幼女6歳)が作りたての花冠を俺の頭にのせてくれる。


「アルフレッド、これは確かに冠だけど、おかしくないか? 変じゃない? 勇者に笑われない?」


「大丈夫です魔王様、凄く似合っていますよ。ほら、植物系の魔王的な感じで行きましょう」


「そ、そうか。しまった!」


「こんどは何ですか?」


「玉座がない! 決戦の間に置いたままだ!」


「もうこの際、玉座なんていいでしょう」


「馬鹿野郎! 俺が勇者と対峙するシチュエーションを考えるのに何十年かかったと思っているんだ! 魔王に玉座は必要なの!」


「はいはい、分かりました。いつも魔王様が座っている安楽椅子でいいじゃないですか。ひじ掛けもありますし、魔王ぽいポーズはとれるんじゃないですか」


「っく、背に腹は代えられぬ。安楽椅……ではなく、玉座をここへ!」


 俺の指示で、木製の玉座が勇者の前に運ばれる。急いで玉座に座り、頬杖をついた魔王のポーズすると同時に、勇者が目を覚ました。うっすらと目を開けてぼんやりとあたりを見渡している。


「……ぅう、ここは……畳……布団……日本に帰って来たの?」


「くっくっく、魔王城へようこそ。勇者クロエよ」


「その声は魔王!」


 勇者がはじかれたように跳ね起き、枕元にあった聖剣を構える。が、俺を見た瞬間、口を開いたまま動きが停止する。なんだろう。マントに冠、玉座に魔王らしい台詞。完璧のはずなのに、勇者のリアクションがいまいちよろしくない。ここはごり押すしかない。


「よくぞ魔王城まで辿り着いたな、褒めて遣わす。褒美にこの俺自ら相手をしゅてやる」


 噛みました。


「あの、魔王……あなた、何やってるの?」


 勇者の冷めた視線が突き刺さる。


(どうしようアルフレッド! 台詞噛んじゃったよ! 雰囲気台無しだよ! 俺が何十年もかけたプランが台無しだよ!)


(大丈夫です。少し噛んだだけです。まだ盛り返せます)


「いや、もう無理でしょ」


 俺とアルフレッドの内緒話に勇者のツッコミが入り、俺の夢見た勇者とのシリアスな対面は夢へと消えた。




■■■■



 もう、俺は開きなおって素で話をすることにした。安楽椅子を揺らしながら膝にルルをのっけて勇者を流し見る。


「それで、勇者クロエよ。お前、王都を破壊しようとしてたよな。何があった?」


 チャームや精神支配系の魔法にかかってもいなかった。だからこそ、あの清楚で優しい彼女が大量虐殺をしようとしていた理由が分からない。

 勇者はびくりと肩を震わせると、聖剣を取り落とした。そして、自虐じみた壊れた笑顔を俺に向ける。


「へっへへ、私……冤罪で捕まって、枷つけられて裸で街を馬で轢きまわされて、歩かされて……」


「勇者、ちょっと待ってね。アララを、アララを呼べ今すぐにだあああああ!」


 キッツううう!

 

 重すぎる。予想以上に深刻な問題だ。彼女には今、アララのような母性が必要だ。男の俺には無理だよこんなの。


「……私、汚されちゃった……もう、日本に帰っても……へ、へへ、あははは。街の皆がね私に石を投げるんだ。その中にね、助けた人たちもいてね。ああ、私のやってきた事って何だったんだろうって。無駄だったんだなって」


「何を言っているんだ勇者。お前の行いで沢山の人が救われたんだぞ。無駄であるはずがないだろう!」


 やめてくれ勇者。俺のHPはもうゼロだよ。下手な禁術よりも強力だよ!

 ええい、アララはまだなのか。


「へへへ、私なんてどうせ……生きていたって……もう、いっそのこと死のうかな」


「……おい、死ぬなんてそんな……」


 そんな悲しい事言わないでくれ。


 言葉にできなかった。言葉にしたとたん俺の気持ちが薄っぺらいなにかに変わってしまう気がしたから。


 沈黙の中、ゆっくりとふすまが開けられ、アララが入ってきた。そして、なにも言わずに震える勇者を抱きしめて背中を撫でる。


「うぅ……私、私は……」


 勇者はアララの胸に顔を埋め、嗚咽交じりに何事か呟いていた。言葉にならないその声を、アララは静かに耳を傾け背中を撫で続けるのだった。




■■■■




 勇者はそのまま、アララの部屋で引き取ることとなった。

 俺は食事に手もつかないまま、魔王の間で安楽椅子を揺らして、窓から見える月を見上げていた。


「魔王様、お話しがあります」


 肩越しにアララの声を聴き、俺は目をつぶる。


「勇者についてだな。大体何があったのか、アルフレッドの部下から情報は上がっているが……報告しろ」


「はい、勇者の純潔はぎりぎりの所で守られたようです。ただ、咎人として服をはぎとられて市中引き回しをされ、さらし者に……」


「そこに、俺達が王都に侵入し、聖剣が召喚可能領域になり危機を脱せたというわけか」


 勇者の聖剣は咎斬りだ。咎人である魔族以外を斬るようにはできていない。魔族が周りにいなければ、召喚し、抜剣することもかなわない。皮肉なことに俺達が来たことにより、聖剣の本来の力がもどり、勇者の危機を救う形となったのだ。


 まったく、本当に……


「ふざけた話だ」


 俺は立ち上がり、アララに向き直る。そこには母性の化身はおらず、咎人、魔族としてのアララが佇んでいた。柔和な笑みは消え、冷徹な微笑みを浮かべる彼女に俺は告げる。


「魔王軍、戦闘配備だ。勇者に偽りの咎を背負わせた奴を根絶やしにする」


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