王子の告白・5
墓地を後にして、ブレイドはまっすぐ宿に戻った。部屋ではロックが気持ちよさそうに昼寝をしている。呑気なヤツめ、とブレイドは一瞥した後迷わずたたき起こした。
「何だよ! せっかくぐっすり寝てたのに」
深い眠りから無理やり引き離されたロックは珍しく不機嫌だ。ブレイドは、ちらりとその顔を見る。今みたいに寝起きだったら、ロックもちゃんと本音を言うんだろうか、などど埒もないことを考える。
「なあ、頼みがあんだよ。俺に暗示解除の唄、教えてくんねぇかな」
「はぁ?」
ロックは、寝ぼけ眼をこすってブレイドを見た。その顔は至って真面目だ。冗談を言ってる様子はない。
「なんだよ、それ、急に何?」
「昨日気づいたんだけどさ。俺、暗示に弱いみたいなんだよな。だから、それをカバーできそうなものを覚えたい。呪文は無理でも、唄は結構得意だから出来るかも知れないし」
「って、そんなの、学園に戻ってから先生に相談しなよ」
ロックが再びベッドへ倒れこむ。どうやら本気で眠いらしい。
「なんだよ、友達だろ。頼むよ。でないとなんか、寝てられそうにねーんだから」
肩を掴んで揺さぶると、ロックは不満をあらわにブレイドの方を見た。途端に見透かされているような気分になって、ブレイドが目をそらす。
「……なんかあったの?」
しばしの沈黙。黙ればそれを肯定することになるとはわかっているが、なんと言ったらいいかわからない。
「なきゃそんなこと言わないよね? 一体どうしたんだよ」
畳み掛けるようにロックが言う。ブレイドは、ゆっくりと息を吸い込んでから言った。
「……あった」
「なに?」
「実は……」
ブレイドは、思い出したくもない昨晩の出来事をあらいざらいロックに話した。ディアナにそんな事をしたなんてと怒るかとも思ったが、ロックの反応は案外と冷静だ。
「そういうことか」
「……そういうこと」
ブレイドは手のひらを広げて、ロックに見せた。
「意識が残っていた分キツかった。この手がディアナの首をしめ上げていくのを、どうすることもできないなんて」
「うーん」
ロックは、腕を組んで考え込むような仕草をする。
「耳ふさぎをかけてたんだろ? それで、そんなに暗示にかかるかなぁ」
「でも、かかったんだよ。戦ってたからかも知れない。俺、戦ってるとき、妙に目や耳が冴えるんだ。五感が鋭くなるって言えばいいのか?」
「それにしたって、……ブレイドって時々人間離れしてるからなぁ」
ロックはリュックの中を探すと、詩人用の教本を取り出した。
「おい、こんなもん持ってきてたのかよ。真面目な奴」
「うるさいな。今まさに役に立とうとしてるじゃないか」
ペラペラとページをめくって、ロックは暗示防御の項目を出した。
「ほら。これがディアナの使った耳ふさぎの呪文に相当する唄。でもね、効果は同じなんだよ。だからこれを覚えても意味がないと思うんだよね。むしろ、その聞こえやすくなるってのを、自分でコントロールできるようになればいいんじゃないの?」
ロックの言葉を、ブレイドは頭の中で反芻する。しかし、言ってる意味を理解できない。元々文章の理解力は弱い方だ。
「どういう意味だよ」
「ブレイドだって、いつでもそんなに耳がいい訳じゃないんだろ? 戦ってる時とか、要するに集中している時に聞こえるようになるってことだ。だったら逆に意図的に聞こえないようにできないかってことだよ」
「おお、そういうことか」
「やってみる価値はあるんじゃない? 僕が眠りの唄でも詠うから、それを聞こえないように自分で防御してごらんよ」
「ああ。でもどうやりゃあいいんだ?」
「さあね、僕も分かんないけど。とりあえず詠ってみるから、防御するよう意識してご覧よ」
ロックの口が《眠りの唄》を紡ぎだすのを眺めながら、ブレイドは意識を拡散させようと必死に頭をめぐらした。




