王子の告白・4
手をつないだまま、二人は小高い丘を登った。一番上まで来ると、ブレイドは手を離して木の陰に座る。
「……で?」
手の力強さから怒っているのかと思っていたディアナは、予想外に優しいまなざしを見て、一気に気分が楽になる。
きっとブレイドには、ディアナが出す答えなんかわかっている。ただ、気分を変えるためにここに連れてきただけなのだろう。そう思うと勇気が湧いて、ディアナはブレイドに向き直った。
「……私は、卑怯者にはなりたくないの」
「うん」
「もし救える力があるんなら、助けたいと思ってる」
ブレイドは分かってる、そう思ってても声が震えてきた。
「わがまま言ってもいいって、ブレイド言ったよね」
「ああ」
「旅にでるの、待っててくれる?」
「……」
「1年か2年、……2年以内には何とかするから」
「……ああ」
最後の相槌とともに、ブレイドの手が伸びてくる。それが肩に触れるとディアナは体をびくつかせた。
「そう言うと思ってた」
その言葉を聞いた途端、ホッとして力が抜けた。膝から崩れてその場に座り込んでしまう。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫。ちょっと、安心しただけ」
「え?」
「……待てないって言われたら、どうしようかと思ってた」
ブレイドの目が、驚いたように開いたあと、優しく笑った。
「バーカ、言うかよ、そんな事」
「……だよね」
ディアナは精一杯の笑顔でそれに応えた。
その時、森の方から風が強く吹き、ディアナの栗色の髪の毛を巻き上げる。
「きゃっ」
「何だ?」
ブレイドが、はじかれたように顔を森の方へ向ける。
「今、……何か聞こえなかったか?」
「え? 何も聞こえないよ」
「なんか、喚き声みたいな。魔物の声か?」
ディアナはきょろきょろとあたりを見回して見たが何もいなかった。その代り、村の端に沿って歩く村長を見つける。
「村長さん! 何かあったんですか?」
村長はゆっくりと顔をあげ、ディアナを見つけると微笑んだ。
「お嬢ちゃんたちか。仲がいいんじゃな。今朝村を発ったレオという少年から魔物除けになるという草の粉をもらってな。それを撒いておっただけじゃ」
「レオが……」
「ああ、お詫びだと言っておった。彼が夜の森に入ったんだそうだ」
村長は、体を起して腰を伸ばすしぐさをした。粉を撒くという作業は、腰を曲げるから老人には辛いだろう。そう思ったディアナは村長に向かって叫ぶ。
「村長さん、私手伝います。ブレイドは宿に戻って休んでなよ。寝不足でしょ」
「あ、ああ」
軽やかに、ディアナが村長のところまでたどり着く。ブレイドは軽く手を振って、そのまま黙って自分の手を見つめた。
これで猶予は1年か2年になった。
「……ちょうど良かったのかも知れない」
小さな呟きと共にブレイドが苦笑する。
力でなら、たいていのものには負けない自信があった。ディアナを連れて歩いても、守れるだけの自信があった。だけど。
ブレイドは昨晩の出来事を思い出した。暗示に負け、事もあろうにディアナに手をあげた自分。守るどころか、死なせてしまうところだった。
もっと強くならないと、一緒には歩けない。力だけじゃなくて、魔法や暗示に対しても。それがブレイドが昨日得た結論だ。
ブレイドは、ゆっくりと墓地の方へ歩き出した。
聞いてみたいことがある。答えを貰えるわけがないことが分かっていても。それでも、慰霊塔で眠る母親に問うてみたかった。
「幸せだったのか?」
墓石は太陽の光を浴びて、鈍色に光った。
「好きな男と一緒に歩いて、……幸せだったのか?」
風が吹き抜け、丘の上の木からの葉っぱを数枚舞い降ろした。答えをもらえたような、もらえないような複雑な気持ちになる。
「結果、若くして死んで、実の息子に名前さえ知られない人生で、……本当に良かったのか?」
泣きたいような気持で、一番聞きたかった事を尋ねる。答えはない。当たり前のことだ。それでも聞いてみたかったのは、心によぎった不安を何とか整理したかったからだ。
振り返って見れば、自分は幸せだったとブレイドは思う。
これ以上ないほどいい両親に出会えて、好きな剣を好きなようにやらせてもらえて、そして今、好きな女とともに時間を過ごしている。だからこそ、実の母親の生き方が不幸に思えて仕方無い。
「俺は、……守れるのか?」
迷っていても仕方ない。手放したくない以上は、守るしかないんだ。そう意気込むも心は重い。
「母さん」
実の母親に呼びかけた。石の下で眠る母親は、いったいどんな顔でブレイドの話を聞くのだろう。
「幸せに、したい人がいるんだ」
もう一度、息を吸って慰霊塔を眺める。
「たぶん、あんたに似てるんだと思う」
だからこそ、不安だった。実の母親と同じような目には遭わせたくない。
ディアナを幸せにする自信が揺らいでいるのを、ブレイドは自分で感じ取っていた。




