王子の告白・3
翌朝の朝食の席では、ブレイドが眠そうに眼をこすっていた。
「あー、昨日はまいった」
あまり眠れなかったのか、その目は眠りウサギのように赤い。
「親父の知り合いとかいうおっさんにつかまってさ、ずーっと昔話を聞かされてたんだよ。あっちは飲んでるしさ、下手に話切ろうとするとキレるし。部屋に戻ったの、明け方だったぞ」
それでも最後まで付き合った辺りは、ブレイドもまんざらでもなかったということだろう。そこまで同情の余地はナシと判断して、ディアナは本題に入る。
「それは御苦労さま。昨日のレオの話は聞いた?」
「ああ。ロックに大体のところは聞いた。そんなお偉いさんだったとはな。ただの子供じゃないとは思ってたけど……ふあぁあ」
そこまで言って、ブレイドは大きい欠伸をした。そこへ、飲み物を取りに行っていたロックとサラが戻ってくる。
「眠そうだね、ブレイド。お茶でいい?」
「ああ、サンキュー」
ブレイドの向かいの席にロックが座り、サラはミルクをディアナに手渡した後、その隣に座った。
「出発は一日遅らせることにしましょうよ。皆昨日の疲れも残ってるみたいだし、今日は一日ゆっくり寝てよう?」
「そうね。無理して怪我するんじゃ意味ないし」
「同感」
ブレイドは頷いて、苦いお茶を一口で飲みきった。
食堂の扉が開き、デルタとレオが入ってきた。食堂内の客は一瞬二人に注目し、やがてザワザワとうわさ話に転じる。昨日の魔物の襲来前のレオの異常な行動は、どうやら噂として広まっていたようだ。
レオは居心地悪そうに首をすくめると、ディアナたちを見つけ出す。そしてデルタを伴ってテーブルまでやってきた。
「やあ。今村長のところへ挨拶に行ってきたんだ。……私たちは、今日帰るよ」
「いろいろ、すいませんでした」
レオが頭を下げる。こうして素直にしていると、ただの10歳の子供みたいだ。
「それで、……ディアナさんに少し話があるんですけど」
「私?」
ディアナは驚いてレオを見た。個人的に話すようなことが有るとは思えなかったからだ。
「ここでいいの? それとも内緒の話?」
「そうですね。ちょっと違うテーブルで。デルタさんもここにいてください」
いぶかしそうな顔をしているブレイドとデルタ、ロックとサラを残して、ディアナはレオと少し離れたテーブルに行った。促されて座ると、隣の席にレオが座る。予想外に近い距離に驚きつつ、少年の言葉に耳を傾けた。
「……あなたが昨日使ったのは、蘇生魔法ですよね」
「え、うん。……じゃなかった、はい」
急にかしこまったディアナに、レオは表情を緩める。
「普通でいいです。今の僕は旅の少年なんだから。だけど、王子としてあなたに頼みがあります」
「え?」
「卒業したら城にきて、母上の治療団に入ってください。今、あの城の治療師で、蘇生魔法を使えるのは2人だけです。しかもあなたの能力は、2人とは違う。植物を治せる治療師なんて、僕は初めて見た」
「それは、誰も試してないだけじゃ」
「いや、仮にそうだとしても、あれだけ完璧に蘇生できるなんて並みの力じゃありません。どうかお願いします」
「……でも」
ディアナは言葉に詰まった。卒業したら、ブレイドと旅に出る。そう約束していたし、そのつもりだった。
「私、卒業したら、旅に出る予定なのよ」
それを聞いて、レオが悲しそうに顔をゆがめる。口の中で何度かモゴモゴと言った後、考えなおしたように顔をあげる。
「僕は、母上を助けるためならどんなことでもします」
「レオ?」
「了承してもらえないなら、正規のルートを通して命令を出します。あなたには申し訳ないけど、……僕だって、もしこの薬草が効かなかったらもう手はないんだ」
少年の握りこぶしは痛いくらい固く握られていて、それはその決意の硬さを暗示しているようだ。
「では、失礼します」
軽く頭を下げて、レオはデルタの方へ駆け寄って行った。呆然と見送っていると、反対にブレイドがこちらに向かってくる。先程までレオの座っていた席に座り、まるで内緒の話でもするように声をひそめて話しだした。
「……どうすんだ?」
「え?」
「聞こえた。今の話」
「ウソ! そんな大きな声で話してないよ」
「他の奴らは聞こえてないと思う。俺は、聞き耳を立ててたからな」
「それにしたって……」
ゆうにテーブル2個分は離れている。普通の聴覚の持ち主が聞き取れる距離じゃないはずだ。
ふと、武道大会の時もあんなに離れていたディアナの声が聞こえたとブレイドが言っていたことを思い出す。
ただの冗談だろうと思っていたけれど、もしかしたらあれも本当で、ブレイドはものすごく耳がいいのかも知れない。
だから逆に、あんなに暗示系の呪文に弱いんのだろうか。
「で、どうすんだ」
「どうするって……」
ディアナは目を泳がせた。
昔約束した。卒業したら一緒に旅に出ようと。本心を語れば一時でも離れたくはない。
だけど、レオは本気だった。本気で、ディアナの力が女王様を救うのに役に立つと思っている。
もし、本当に役に立つんだったら?
それがディアナの心を揺らす。もし役に立つのなら、自分のやりたい事を優先していいのだろうか? 困っている人を捨て置いてまで。
昨日、ブレイドはこう言った。
『戦える力があるのに困ってるのを見捨てるような奴は卑怯者じゃないか?』
それは今のディアナにも当てはまる。救える力があるのに、それを見捨てるようならやっぱり卑怯者だ。その道を選んだディアナを、ブレイドがずっと好きでいてくれるだろうか。
「……私は」
何と言えばいいか分からない。言葉を見つけることが出来ずに、ディアナは両手の指をこすり合わせた。その様子を見たブレイドが立ち上がる。
「うん。外で聞く。ちょっと出ようぜ」
ブレイドが、ディアナの手を掴んで引っ張る。その力は強く、ディアナは引きずられるような形で後に続きながら、ロックとサラに、ちょっと出てくるね、と視線を投げかけた。




