王子の告白・2
「……ちょっと待ってて」
見かねたディアナが、呼吸を整える。植物を回復魔法で治すことは前にも出来た。けれどこれは完全に折れてしまっているから、回復魔法では無理だ。蘇生魔法でないと。
やれる。今度もきっと出来る。自分に言い聞かせるように心の中で唱える。そして思い出す。サザリの花に回復魔法をかけたときのこと、ヤマジさんに蘇生魔法をかけたときのこと。ブレイドがいつかくれた言葉。
『人間相手じゃねぇんだぞ。見える花を何とかするんじゃなくて、地に這っている根を何とかしなきゃいけねぇんじゃないのか?』
そう、薬草にだって魔法は通じる。生き物は皆平等にその力の恩恵をあずかれるのだ。
ディアナが呪文を唱えると、ほのかに温かい光が掌から生まれてくる。同時に、鉢植えの土に近い茎が力を得たようにピンと張り、白い蕾が徐々に傾いていた頭を上に向ける。
「ディアナ、それ……」
「蘇生魔法じゃない!」
ロックとサラが、驚きの声を上げる。
白い花が元通りの姿を取り戻していくのを、レオは黙って見ていた。そしてやがて、堪えきれなくなったかのように嗚咽を漏らした。
「うっ、……うえっ」
一度声を出したら気が緩んだのか、そのままベッドに突っ伏して泣き出してしまった。
ディアナはその横に腰を下ろし、腫れた頬に回復呪文を唱えた。今度は払いのけることもせず、レオは泣き続けた。10歳の、少年の姿そのままに。
その姿を見て、ディアナはぼんやりと昔を思い出した。
こんな風に泣く姿に覚えがあった。5歳の時の自分。死にかけた母親を助けたくて、使えもしない回復魔法をがむしゃらに唱えた。何もできない自分がただ情けなくて、叶わないと知っていても何かを試さずにいられなかった。
「レオ」
ディアナは言葉を選んで話し始めた。その想いは分かる。だけど、結果的にレオのしたことはよくないことなのだ。
「守りたかったのよね。クルセア王女様と、女王様を」
「……うん」
「でも、あなたは王子様でしょう」
「……」
「だったら、国民を、臣下を信用しなきゃいけない」
「……だって」
「それに、町や村、国民たちを守らなきゃいけない」
「だって!」
「あなたがしたことは、正しいことではなかったのよ」
反論を続けるレオが、毅然とした指摘に体を震わす。その背中を、ディアナは優しくさすった。
「でも、やりなおすことはできるわ」
「……」
「謝って、……今度こそ正しい事を行うことはできるでしょ」
「僕は……」
レオが、顔をあげて涙を拭いた。その傍へ、デルタが厳しい表情のまま跪いた。
「先ほど手をあげてしまったことは謝ります」
「デルタ」
「しかし、あなたが我々冒険者を裏切るような真似をなされば、我々は国家そのものに疑問を抱き始めます。
……そのことを、よくご理解いただきたい」
レオが、室内の人間の顔を見回す。
厳しい顔をしたデルタ、戸惑った表情を浮かべるサラ、どこかやさしい顔をしているロック、そして、穏やかな表情で自分を見据えているディアナ。この人達を裏切ったのだ、とレオは今更ながらに理解する。
「……ごめんなさい」
素直に落ちたレオの謝罪に、デルタの頬が少し緩んだ。
「夜が明けるまでゆっくりおやすみなさい。明日、きちんと村人に謝罪して城に帰りましょう。あなたをきちんとお守りできなかったことと、殴ってしまったことは、国王様に報告してください。それに関する罰は受けます」
「デルタ、……いいんだ。僕が悪かったんだから」
「そういう訳にもいきません。私も仕事に対しては正しい評価をしていただかないと。あなたから目を離したことには責任はあります」
「デルタ」
レオがうつむいて、こぶしを握り締めた。何を感じているのか、それはわからなかったけれど、先ほどよりも起こった事の重要性を理解したようだとディアナは思った。
デルタが、室内を見回して低い落ち着いた声を出した。
「君たちも、……今日は悪かったね。レオが王子だということは、ここだけの秘密にしてもらえないか」
「はい」
サラとロックが頷く。
追い立てられるようにその部屋を出るとき、そっとレオに目を向けると、彼は背中を丸めて心細そうに鉢植えの夜光草を見ていた。




