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黒の英雄と風の龍  作者: 坂野真夢
第三章
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事件・2


「……お前っ」


 先を行ったブレイドの大きな声が響く。ディアナがそこに駆けつけると、村門の前で金切り声をあげながら門壁を叩きつけるレオがいた。振り回されているその手には、根の付いたままの夜光草が握られていて、こぶしからは血が噴き出している。


「……催眠暗示にかけられてるんだ」


 ロックが慌てて前に出てレオを抱きとめた。


「うがっ」


 レオが人間のものとは思えないような声をあげる。けれど、所詮は10歳の子供だ。たいして力の強くないロックでも、完全に抑えつけることができた。


「おじさん」

「うむ」


 ブレイドとデルタが顔を見合せて剣を取り出す。レオが暴れていたその背後の森から、群れをなした魔物たちが大勢やってきたのだ。


「ディアナ、村中に知らせを出すんだ。それから、戦えそうな人間には応援を頼んできてくれ」

「分かった」


 ロックは小声で《眠りの唄》を詠いながら、レオを抱えあげた。レオは次第に目をとろんとさせ、やがて動かなくなる。


 ロックはそのままレオを抱えて宿屋に戻り、ディアナは村長の家を目指した。何を知らせるにしても、長を通した方がうまく進むだろうと思ったからだ。



「村長さん、大変です」

「なにやら騒がしいのう。一体何がおこっとるんじゃ」


 そう言いながらも、村長は一通りの防具を身につけていた。まさか、戦うつもりなんだろうか。もう結構ご老体なのに。


「魔物たちが、村を襲いに来たんです」

「ああ、そんなことじゃろうと思っておった。……誰か、夜の森に入ったのかも知れんな。夜行性の魔物たちは、森に入られることを嫌う」

「……ええ、そうみたいです」


 後悔が襲う。昼間レオを話を聞いた時に、もっとよく考えるべきだったのだ。明らかに夜の森に感心を抱いていた10歳の子供の姿を見ていて、その可能性に気づかなかった自分をディアナは責めた。しかし、後悔先に立たず、だ。終わったことはもう戻らない。


「とにかく、わしも村門まで行こう。ばあさん、村中に知らせを出してくれ。お嬢さんは、宿屋にいる商人たちの護衛の剣士たちに、協力を要請してもらえんかな」

「……わかりました!」


 ディアナは、踵を返して走り出した。胸にはただ疑問の言葉だけがこだまする。


 そんなに、薬草が欲しかったの? 薬草なんて、自分たちのような冒険者や商人たちがいくらだって採ってくるのに。どうして自分の力で、そんな危険な時間にとらなきゃならなかったの?


 聞きたい相手は未だ催眠の中にある。



 宿屋に戻ったころには、すっかり息が上がっていた。


 ディアナは額の汗を腕でぬぐうと、宿主に声をかけ、事の次第を伝えた。すぐさま、三人の剣士たちが協力を申し出てくれ、村門の方へ向かった。ディアナは一瞬迷ったが、一度レオの様子を見ようと、デルタが借りていた部屋へと向かった。


「私よ。開けて、どう? 具合は」

「ディアナ、入って」


 扉を開けてくれたのはサラだ。中をのぞいてみると、ベッドに横にされたレオに向かって、ロックが小声で唄をうたっている。


「今、暗示解除の唄を歌ってくれてるの。どうやら、村を襲えっていう暗示をかけられてたみたい」

「他に怪我とかは?」

「背中に少しすり傷と、こぶしに出血はあったけど、それは私が治しておいた」

「そっか。……じゃあ、ここは任せるよ。私も村門に行って戦わないと」

「ディアナ、気をつけてね」


 ディアナは頷いて、再び走り出した。村門の方に近づくにつれ、悲鳴や獣の咆哮が響く。ディアナは心配になって足を速めた。


 ようやくたどり着いた村門はひどい状態になっていた。魔物が入り込まないよう、ブレイドやデルタ、他の戦士たちも、村門の外側で戦っている。そして彼らに倒された魔物や、いまだ向かってくる魔物たち、それとは別に、門を壊そうと体を叩きつけてくる魔物たちなどでごった返している。


 門の内側では、戦うことはできないけれども村を心配する村民たちが、少し離れたところに集まっていた。


「……すごい数」


 村門を取り囲む魔物は百体はいるだろう。遠目では黒い塊に見えたそれはすべて魔物たちだったのだ。


 そしてそこには、明らかに夜行性ではない魔物まで含まれている。動きも鈍くてすぐに剣士たちにやられてしまうが、それでもこっちの体力を削るのには役に立ってると言える。


「これじゃ、キリがないわ」


 そう呟いたディアナの横に、村長がやってきた。


「どうも、魔物たちも暗示をかけられているようじゃ」

「え?」

「どちらかと言えば、剣士たちには目もくれず、村に入ろうと躍起になっておる。それに、普段は穏便な魔物まで混じっておるでの。おそらくは、カナヒヒが森中の魔物に暗示をかけたんじゃ。やられたことをやり返そうと。……自分たちの居場所を汚されたと思ってな」

「それじゃあ」

「暗示は、時間が経てば解けはする。もしくは、かけられた内容を達成できれば。ただ、こう、次々とやってくるところを見ると、森中の魔物に暗示をかけ続けておるのじゃろう。このままでは、先に村門の方がやられてしまうだろうな」

「暗示解除の呪文とか、唄とかは……」


 ディアナは状態回復の授業で学んだことを思い出した。


「暗示解除の唄もあるにはある。しかし、暗示は目を見てかけるもんじゃ。だから、解除する場合も目を見て詠わねばならん。そんなのを、この魔物たち一体一体に行うのは難しい」

「じゃあ、どうすれば……」

「森に入って、暗示をかけ続けているカナヒヒをなんとかせねばならないだろうな。これ以上、襲ってくる魔物の数を増やすわけにはいかん」

「それじゃあ……」


 森に行くしかない。けれど、この門だって死守しなきゃならない。



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