事件・3
「少し、わしが時間を稼ぐ間に、森に入る者と門を守る者とを決めてもらえんか」
村長はそう言うと、朗々とした声で詠い始めた。その小柄な体に似合わず、その声は伸びがあり喧騒の中にも確実に届いた。
次第に魔物たちが一瞬動きを止めて、とろんとした顔つきになる。眠りの唄なのだろうか。ロックが詠っていた唄に似ているけれど、もっと強力な感じだ。
ディアナは、驚いている剣士たちを集めて、村長の話を聞かせた。
「……経験から行けば、私が行くのが妥当だろうが……」
数人の剣士が顔を突き合わせ互いを見回す中で、デルタが言いにくそうに言葉を発した。
「しかし、今は護衛任務中だ。もしも、この門が突破された時の事を考えると、レオの傍からそうはなれる訳にはいかん」
「それは俺達だって一緒だ」
ここにいる他の剣士たちも護衛任務だ。デルタがそう言ったのはレオが王子という変えられない立場の人間だからだが、その立場を明かせない以上、彼らの理屈も聞き入れざるを得ない。
皆が困ったように顔を見合わせた。
「いいよ。俺が行きます」
ただ一人、躊躇することなく言ったのは、一番年の若いブレイドだった。
「しかし、君はまだ……」
「学生だろうが、なんだろうが。この中じゃ、俺が一番小回りが利くでしょう。それに、この魔物の数を考えたら、そんなに大勢で行く訳にはいかない。この門を守るのに、四人ではきついくらいでしょう」
剣士たちが、視線を交わした。皆迷いながらも、結局は同意するしかない。
「ブレイドくん」
デルタが、申し訳なさそうに口を開く。
「喉を狙うんだ。出来れば、カナヒヒに存在を気づかれる前に。カナヒヒの厄介な所は、催眠暗示と魔法だ。喉を痛めてしまえばそのどちらも使えなくなる」
「わかりました」
「それと、目も見合わせないように。何かしら暗示にかけられる可能性がある。……レオのように」
「はい」
ブレイドの目には、迷いがなかった。一人で行くつもりなのだと察した途端に、ディアナは身を乗り出した。
「ブレイド、私も行く」
「は? 危ないだろ。お前は待ってろよ」
ブレイドの驚いたような視線をディアナはまっすぐに受け止める。一瞬たりとも迷いは見せない。その瞬間、ブレイドに置いて行かれるという事がディアナには分かっていた。
「嫌よ。一人よりは二人でしょ。それとも、あんた私が役に立たないとでも思ってるの?」
「……いや、お前がいれば助かりはするけど。でもいいのか? おじさん」
「ディアナ」
デルタも、困ったような顔をした。その時、村長がせき込むのが聞こえた。
「ごほっ、ごほっ」
「村長!」
剣士の一人が、咄嗟に村長をかばって前に出た。歌声が途切れて、眠りかかっていた魔物たちが再び動き出す。
「父さんが何と言っても、私は行くわよ」
「ディアナ。……すまん、ブレイドくん、ディアナを頼む」
「もちろんです」
再び戦いが始まる中、ブレイドとディアナは魔物たちの中をくぐりぬけた。暗示をかけられている魔物たちは、本当に村を襲うことにしか興味を示さず、驚くほど簡単にすり抜けることができた。
「いくぞ。無理はすんなよ。何かあったら必ず自分を守れ」
「うん。そっちこそ」
鞘から抜いた剣を握り締めて、ブレイドと視線を交わす。そのまま、二人は森へと入って行った。




