マドラスの森・1
翌朝、朝食をとるために1階の食堂に降りると、朝からごちそうを並べているレオとデルタの一行と出会った。
「父さま、今日は、森を探検したいです」
敢えて聞こえるようになのか、声高らかにレオが話す。ちらりとディアナを見る眼差しは挑戦的だ。
「ああ、分かったよ。きちんと朝食を食べてから行こう」
デルタは穏やかに、ディアナとはなるべく顔を合わさないように下を向いたまま言った。
「ディアナ、俺たちも食おうぜ」
「うん」
ブレイドに呼ばれて、ディアナは二人から視線を逸らした。
仕事なんだから仕方ない。自分にそう言い聞かせるも、寂しさと感じることを止めることが出来ない。デルタがすごく遠い人になったようで、ディアナの気分は複雑だ。
それに、レオはあからさまにディアナを意識している。胸倉をつかんだことをそんなに根に持たれているのだとしたら、それも気が気ではない。
「じゃあまず、村長の家に行くのね」
サラが、確認するように指を立てた。
「そう。薬草の知識もすごくありそうだったし、話を聞く価値はあると思うよ」
「そうだね。レポートを書くにも、そういう話は聞いといた方がいいよ、多分」
ディアナの言葉に、ロックが同意する。
「ああ、レポートなぁ。めんどくせぇなぁ」
ブレイドはフォークを振りまわして、ソーセージを食べた。
そんな話をしているうちに、デルタとレオは食事を終えたらしく、食堂から出て行こうとしていた。レオがこちらをちらりと見て、わざとらしくデルタの腕にすがる。
ディアナは、ブレイドにこっそり耳打ちした。
「……なんか、絶対挑発されてる?」
「考えすぎじゃん? お前とおじさんが家族だって知られてる訳じゃないんだろ?」
「だと、思うんだけどねぇ」
嫌な感じだ。変にやきもちを焼いてしまうので、出来るならば関わり合いたくないのに。
あの二人も森を探検すると言っていた。ディアナ達の予定も、村長の話を聞いた後は森の散策だ。否が応でもまた出会ってしまいそうな予感がする。
*
村長の家は、分かりやすいところにあった。本当に村の中央で、立ち並んでいる家々の中でも真ん中。近くを歩いていた人が、快く案内してくれた。
「おはようございます」
ノックをして玄関の扉を開けると、昨日と同じくあごひげを触りながら村長がのんびりお茶を飲んでいた。
「おお、昨日の旅人たちか。ようきたな、座んなさい」
中に入ると、奥さんであろうおばあさんがお茶を入れに立ちあがった。
「あ、私手伝います」
ゆったりとした物腰のそのおばあさんを動かさせるのは気が引けて、ディアナは立ちあがった。
「ああ、ありがとうね。じゃあこれ、運んでくれますかの」
村長に口調もそっくりだ。ディアナは思わず笑ってしまう。長い年月一緒にいたら、こんな風に似てくるもんなんだろうか。
お茶を運んで行くと、ロックが一覧表を出して採取する薬草の事を一つ一つ尋ねているところだった。
「あ、昨日の夜光草も取る薬草だったんだね」
そのリストの中に、昨日聞いた薬草が見つかって、ディアナは口を挟んだ。
「ああ、夜光草じゃな。これは、昼間探そうと思ったら難しいから、よく特徴を覚えておくといい。
葉はギザギザのある先の細い形で、花は白、昼間は開いているが、夜間は壺型にしぼむ。掘り起こせば、根はうす紫色をしておる。夜になれば虫が寄ってきて見分けやすいがの、夜に薬草採取はお勧めせん」
「どうしてですか?」
サラが尋ねる。
「夜の森は魔物たちのものじゃ。わしら人間が入れば、真っ先に狙われるじゃろうて。この森には、今睡眠期に入っている人食い龍とは別に、カナヒヒと言われる猿型の魔獣が棲んでおる。カナヒヒは頭が良いからの。催眠暗示や魔法も操るから気をつけた方が良いぞ」
「はあ」
「まあ、夜に採取した方が薬効があると言われてはおるがの。それでも、森に群生しているものは、我々が畑で育てたものよりも効能がよい。それで十分じゃろうて」
「そうなんですか?」
サラが興味をひかれたのか、真剣な表情になって聞いた。
「お前たちも薬草を扱うなら、少しは本を読むといい。基本じゃぞ。植物はどんなものでも、自然に生えているものが一番強いのじゃ。食べ物をみてみい。畑で育てるものよりも、過酷な条件下で育ったものの方が、栄養があり、甘みが強い」
「……なるほど」
「そう言えば、母さんもそんなこと言ってたな」
今まで黙って聞いていたブレイドがようやく口をはさんだ。
「ほう、そなたの母上は知識がおありか?」
「ああ、もともと、ここの出身だし。セリカというんですが、知りませんか?」
「と言う事は、……セリカの息子か! じゃあ、お前があの時の。……そう言えば、その黒髪」
村長が、目を細めてブレイドを見る。それは久しぶりに会う孫でも見るような優しい視線だ。
「あの時の子供が、こんなに大きくなったのかのう。わしも年をとるはずじゃわい。……セリカは、元気にしてますかいの」
「ええ。今でも、ハーブを育てています」
「そうじゃろうな。あの子は、わしの愛弟子じゃ。誰よりも植物の特性を理解していた。……そうか。セリカは、元気か」
うんうんと頷く村長を、ブレイドはなんだか不思議な気分で見つめた。
「……両親を、大事にするんじゃな」
村長が、ぽつりとつぶやく。遠くを見る目つきは、まるで17年前を覗いているようだった。
「誰よりもお前の事を大事にしておった」
「はい」
ブレイドは、神妙な顔で頷いた。




