サンド村・5
先ほどの小高い丘を登ってみる。あたりは少しずつ暗くなってきていて、家の窓からの光がまるで星みたいに綺麗だ。涼しい風が頬にあたって、すっきりしそうなものなのに、なんだか泣きたい気分だ。子供みたいなやきもちを焼いていることが恥ずかしかった。
なかなか戻る気分になれず、明かりが一つ二つと増えていくのをじっと見ていた。
「私って、馬鹿だなぁ」
「そうだな」
独り言のつもりだったのに、同意が返ってきて驚く。振り向くと、ブレイドが立っていた。
「何、一人でしょぼくれてんだか」
「別にしょぼくれてなんかないわよ。ただ、……なんだか情けないなって思って」
ブレイドが横に座る。
「何が」
「子供みたい。あんな小さな子供にヤキモチ焼いて、わがまま言って」
「親父さんがとられちゃうーとか思ったのか?」
「そうじゃないけど、私、……あんな風にしてもらったこと、なかったなーと思って」
「あんな風って、こんなんか」
ブレイドは、ディアナの頭をなでた。優しく、やわらかく。それは父親にされるよりも、嬉しくて心地良くて、自然に涙がにじんでくる。
幸せだと感じる。父親ともうまくいってて、ブレイドはこんな風に傍にいてくれて。
以前から見れば、もう充分なくらい幸せだ。なのに、すごくわがままな事を言ってる。デルタのあの行動は仕事なのに。
「あのさあ」
ブレイドが、髪に触れながら話しだした。
「俺に言わせれば、今までのお前がいい子ちゃん過ぎたんだよ」
「なによ、それ」
「わがままってのは、相手が自分に愛情があるって分かってっから言えるんだろ?」
「え?」
「お前がわがまま言えるようになったのは、親父さんがちゃんとお前のこと大事にしてるって分かるようになったからだって事」
「……ブレイド」
「良かったじゃねーか」
ブレイドが笑う。わがままだと一蹴されてもいいような自分の話を、ちゃんと聞いてそして受け入れてくれた。
胸が一杯になって、ディアナは思わず抱きついた。
「……俺にも言っていいぞ。わがまま」
尚も優しい言葉をかけてくれる彼の腕の中で首を振った。
こんな風に、傍にいてくれるだけで十分だ。あんなに嫌だったモヤモヤした気持ちが、スーッと綺麗になっていく。
辺りはどんどん暗くなって、風が少しずつ冷たくなっていく。でも、寒くなんかなかった。ブレイドの腕の中が、温かくて。ずっとずっと、このままでいたい。
「これ、そこの若もんたち」
そこへ、老人の声が聞こえて、慌ててブレイドから離れた。なんだか今日は、いい所で邪魔されてばかりだ。
「邪魔をしてすまないがのう。もう、宿へ戻った方がよいぞ」
「……あなたは?」
「この村の長じゃ」
その老人は、長く伸びたあごひげを触りながら、ゆっくりと近くに来た。
「夜になると、魔物たちがハーブのにおいにつられて村の近くまでやってきたりするからのう。一応、村門は閉めてはあるが、入り込む隙間なんていくらでもあるからの、夜間は皆、外出しないようにしておるんじゃ」
「でも、おじいさんは?」
「わしは見回りじゃよ。旅人たちは、知らずに外出したりするのでな。もう半時もすれば、すっかり暗くなる。早く戻るといい」
「……わかりました。ありがとうございます」
「いやいや、困ったことがあれば何でも聞いてくれればよい」
「はい」
村長の足取りに危うさを感じたディアナは、一緒に手を引いて降りることにした。
丘を降りるときマドラスの森の方を見ると、まるで明かりがともっているように、光がちらちらと点在して見える。
「あれは……」
「あれは、夜光草という薬草じゃ」
「夜光草?」
「ああ。根が臓器の不調などに、葉は煎じて飲めば滋養強壮効くと言われておる。まあ、万能薬じゃな」
「へぇ。知らなかった」
「あの花が出す香りに誘われて、夜には発光する虫が集まるので、夜光草と呼ばれておるのじゃ」
「村長さんは、マドラスの森にも詳しいんですか?」
ディアナの問いに、「ふむ」と頷く。
「でしたら、よかったら明日の朝、お話を聞かせてくれませんか? 私たち、明日薬草採取に向かうので」
「ああ、かまわんよ。そうさの、朝食を終えたらわしの家にくるといい。中央の平屋の家で、村人に聞けばすぐわかるわい」
「はい、ありがとうございます」
丘の下まで降りて、村長と別れて宿へ向かった。ブレイドが、ディアナの手を取って先を行く。
「別に聞かなくても良かったんじゃないのか?」
「でも、土地に住んでいる人の話を聞くのも大事じゃない?」
「まあ、そうかな」
「そうよ。何事も、知らないよりは知ってる方がいいでしょ」
「はは、すっかり元気になったな」
二人で笑いながら、つないだ手の温かさに幸せを感じる。ブレイドがいてくれてよかった。ディアナは心からそう思った。




