サンド村・4
歩きながら、ブレイドに事情を説明する。
「護衛? おじさんが?」
「そう。でもなんか、内密なんだって。詳しい事は教えてもらってないんだけど、とにかく、私と父さんは今は親子だってことを秘密にしないといけないの!」
「……なんだか面倒くせぇなぁ」
ブレイドが困ったように頭をかいた。
「とにかく、宿に戻って、ロックたちにも説明しとかないと。……もう、まさか、本当に旅先で会うなんて思わなかったよ」
「ああ。……ったくもう、あのガキ、いいところで」
「なに?」
「なんでもねーよ!」
聞こえないふりをしたものの、ディアナも同じように思っていたので内心で何度も頷いた。
宿につくと、ロックとサラは宿屋の一階にある食堂で早めの夕食を食べていた。
「ほひぇい? おひふぁんが? ……うぐっ」
おそらくはさっきのブレイドと同じ言葉を、パンをほおばったロックが言って、そしてむせた。
「ロック君、大丈夫? ほらお水」
「ぐっ、あ、ありがと」
ロックはサラに渡された水を飲みこんで、溜息を一つついた。よほど苦しかったのか、涙目になっている。
「……あのおじさんが、護衛?」
先ほどとはニュアンスの違う言い方をロックがした。
そう言われてみれば、デルタはかなり名の知れた剣士だ。それ程の剣士を護衛に雇うなんて、よほどの金持ちか身分の高い人物かだ。まして、今まで護衛任務をやるなんてことをディアナは聞いたこともなかった。そういう仕事よりは、魔物退治を好んで引き受けていたようだったし。
『断れる訳がないでしょう』
バジルの問いかけにも、そう答えてたことも思い出す。
あれは自分から引き受けた仕事じゃないということを表している。と言うことは、お金につられたわけじゃない。相手から依頼されて、しかもそれを断れないほど、身分の高い人物ってこと?
そもそもデルタがあの仕事を受けたのは、いつだったんだろう。バジルが知っていたということは、二人揃って出かけた日ということだ。あれより以前に二人で出かけてたのは……
ディアナは記憶を辿る。そして思い至ったのは武道大会の日だ。城に呼ばれてるからって、遅く帰ってきたあの日。……あの日。
「……!」
「どうしたの? ディアナ。 急に黙りこくって」
サラが不思議そうに顔を覗き込む。
「え! いや、なんでもない!!」
ディアナは、赤くなったのを隠そうと、髪の毛を前におろした。
あの日。ブレイドと……してしまったあの日だ。
ブレイドが帰ったのも随分遅い時間だったのに、更に一時間ほどしてから二人は帰ってきた。恥ずかしくて、顔を見られたら何か悟られそうな気がして、眠ったふりをして部屋に閉じこもった。
そう言えば、遅くまで話し合っている声がしてたっけ。だとしたら、お城で受けた依頼だということだろうか?
「……ねぇ、王子様と王女様って何歳だったっけ」
「ヤダなぁ。ディアナ、自分の国の王族くらい覚えておきなよ」
サラが笑って続ける。
「クレオ王子が今10歳でしょ。クルセア王女が7歳よ」
10歳と言えば声変わり前だ。ちょうどさっきの、金髪の少年もそのくらいの年代のように見えた。
名前はなんと呼んでいただろうか。確か、レオだ。レオ、……クレオ、響きとしては似ていないこともない。
「……どうしよ」
先ほど、あの少年の胸倉をつかんだ事を思い出し、ディアナは一気に青ざめる。もしかしたらあの少年が本当に王子だったとしたら、ディアナの行動は不敬罪に当たる。
「ディアナ?」
心配顔のディアナを、三人が不思議そうに覗き込んだ。
*
サンド村は広大な畑はあるが、住民が済む区域はこじんまりとした村だった。色とりどりの見事なハーブ畑は観光地としての知名度はあまりなく、訪れる人は観光客というよりは薬草やハーブの取引業者か、自分たちの様な冒険者たちだ。
その為か、宿は村に一件しかなかった。よって当然の如く、デルタと少年の御一行とも一緒になる訳だ。
「や、やあ。君たち」
宿屋の扉を開けたデルタが、気まずそうに視線を躍らせる。
「こ、こんにちは」
とりあえず愛想笑いをしてみるも、ディアナの方もぎこちない。少年は探るようにディアナを見詰めた。
「父さま。僕早く休みたいよ」
甘えるような声が妙に鼻につく。
「ああ、そうだな。今部屋を取るからな」
デルタは少年の頭を優しく撫でた。それはまるで本当の子供に対するように。そして、受付の方に向かう。後ろ姿を見送りながら、ディアナは静かにこみ上がってくるものと戦った。
「………ぷ」
けれど敢え無く敗北した。笑いが失笑となって表に表れる。父さまなんてかしこまった言い方は普通の平民はしない。やはりこの物言いから察するに、この子供は王子なのか。
ディアナの含み笑いに、明らかに気を悪くした様子のレオがディアナに向かってあかんべーをする。王子かも……と思ってるのにも関わらず、いちいちカンに障るこの子供の行動に、ディアナも苛立ちを隠せない。
「ベーだ」
ディアナがやり返していると、父親の声が響いた。
「レオ、何してるんだ、こっちに来なさい」
「はーい、父さま。僕、すごーくおいしい夕食が食べたいです。あんなパンとシチューじゃなくて」
「ちょっと、失礼ね!」
明らかにこのテーブルのメニューを言ってるのに気がついて、思わず大きい声を出してしまった。
「はは。すまないね。子供の言うことだから。……さあ、レオ、行こう。随分歩いたし、今日はゆっくり休まないと」
デルタが優しい声でレオをなだめると、背中を支えるようにして二階に上がって行った。釈然としないのは残されたディアナだ。
考えて見れば、自分は父親とこんな風に旅をした事がなかった。仕事に出るときは、いつもロックの家に預けられていたし、あんな風に優しく頭を撫でられたことも殆ど無い。子供のころは、母親の事があったから、自分から甘えることなんかできなかった。デルタも、やはりどこかでディアナを遠ざけようとしていたような気がする。
「ディアナ」
耳元でブレイドに名前を呼ばれて、ハッと我に返った。
「お前、子供相手に何突っかかってんだよ」
「突っかかってなんか……」
言い返そうとして、ブレイドの強いまなざしとぶつかる。この目は苦手だ。嘘がつけなくなる。
「してんだろ」
「……う」
確かに子供相手に大人げないと自分でも思う。だけどなぜか、いちいちカンに障る。
レオがあんな風に父親に大事にされてるのが、くやしいから?
だけど、もう過ぎ去ってしまった幼少期は戻ってこない。今父親と、いい関係を取り戻せただけでもいいと思わなくちゃいけないのに。まるでこんなの、やきもちみたいだ。
「……私、ちょっと風に当たってくる」
「おい、ディアナ」
「ちょっと一人にして」
ブレイドやロック、サラの声が背中に響いた。
自分でもどうしようもないほど、胸の奥がモヤモヤしている。一人になりたかった。皆の声を遮るように、扉を閉めて外へ出た。




