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黒の英雄と風の龍  作者: 坂野真夢
第二章
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支え・2


 翌朝、ディアナが道具屋を覗くと、ロックはもう家を出た後だった。仕方なくとぼとぼと学園への道を歩きながら、ディアナは途方に暮れる。


 これから、ずっとこういう風になるんだろうか。ブレイドを好きになったら、ロックとは離れなきゃいけない?


 考えても納得がいかなかった。だって、ロックは幼馴染だ。今までずっと一緒にいたのに、何故そんな理由で距離を置かなければならないのだろう。

 男の子だから? だってサラとは、ずっと変わらずにいられるのに。


「もう、いらいらする!」


 答えの出ないことに怒りは増すばかりだ。モヤモヤした気分をどうやってはらしたらいいか分からない。体でも動かせば、少しはすっきりするんだろうかと、ディアナは闇雲に走り出した。


 しばらく走っていると息が上がって来る。そういえば、今日はルタとブレイドを連れて道場に行く日だ。その時に誰かと手合わせをすれば、少しは気分もすっきりするかもしれない。名案得たりとばかりに、ディアナはスピードを上げた。


 学園についた頃にはすでに汗だくになっていた。校門で待っていたブレイドが、呆れたような顔で笑う。


「何やってんだよ」

「はあ、はあ、何でもない」

「ばーか。俺に任せとけって言ってるだろ。大人しく待ってろよ」


 にやりと笑うブレイドには、このモヤモヤした気持ちもばれているのだろうか。ディアナは、くやしいような、嬉しいような不思議な気分になる。きっともうブレイドの前で意地なんか張ってたって仕方無いんだろう。



 放課後、ルタと待ち合わせしていた校門前にディアナが行くと、ブレイドとロックが先に来て待っていた。


「ロック!」

「ディアナ、なんか久しぶりだね」


 ロックが、いつものように柔らかく微笑むので、ディアナは自然に笑顔になる。やがてルタがやってきて、皆で父親が稽古でつかっている道場まで向かった。



「おお、よく来たな」


 ガルデア町の中心にあるこの道場は、剣士の多いこの町の出資で作られていてあらゆる町民が利用できる。もっとも使うのは、大半が剣士たちだが。


 デルタはその腕前を見込まれて、時々志願してくる若い剣士と手合わせをするように頼まれている。それで、仕事のない時の夕方はここを訪れるのだ。


「デ、デルタさん。はじめまして!! 俺、ルタって言います」


 ルタはカチカチに緊張しながら挨拶をした。


「俺、鍛冶師志望なんです。ちょっと、剣、見せてもらってもいいですか?」

「ああ、いいとも」

「おじさん、俺は手合わせがしたい」


 ブレイドが割って入って言った。


「はは。相変わらずだな。いいだろう、相手をしよう」


 デルタが笑って、ルタから剣を受け取る。


 二人が対峙して目を合わせると、場内の空気が一瞬のうちにピリッとする。力ある二人の剣士の戦いは、練習試合であろうともすさまじかった。



 二人の戦いを壁にもたれかかって眺めながら、ロックは横にいるディアナを見た。


 いつものディアナとは確かに様子が違う。常ならば自分もすぐに手合わせに混じっていきそうなものなのに、大人しく壁際に立っているなんて。


「ディアナ」

「……なに?」

「僕が、一緒に登校しなくなったのは、ディアナとブレイドがうまくいったみたいだったからだよ」

「やっぱりそうなの?」

「普通そうなんだよ。ブレイドに失礼だろ?」

「そうかなぁ」


 ディアナが困った顔で呟くので、ロックは自然に溜息が出てきた。これではブレイドも可哀そうだ。自分の彼女が他の男の事でこんな風に思案に暮れていたら、大概は怒りだすようなものだろう。それでもブレイドは、ディアナの気持ちを尊重するつもりなんだ。


 ブレイドの昨日の態度を思い出して、ロックも観念した。ディアナに向かって、優しく微笑む。


「……朝だけ一緒に行こうか。朝はブレイドも来れないんだろ? 帰りはブレイドと二人の時間を楽しみなよ」

「二人の時間……って」


 顔を真っ赤にする幼馴染に、ロックは脱力しそうになる。今までだって自分と登校してた時は二人きりだったのに、そんなの意識されてもいなかったってことだ。情けなくも思いながらも、ロックは照れて顔をうつむけるディアナを見つめた。


 分かった。昨日、ブレイドが言ってたことが。


 ディアナが心細いのは、今まで自分を支えてきたものが、全部変わってしまったからだ。ブレイドと喧嘩することで保ってきた強さも、もう必要ない。幼馴染を守ろうとして保ってきた強さも、傍にいなければ必要なくなってしまう。


 ディアナは、自分が弱くなっていくようで、きっと怖いんだ。ずっと強がることで自分を支えてきたディアナにとって、誰かに甘えるということは簡単ではないんだろう。だからディアナが欲しいのは、多分こんな言葉だ。それは今まで誰よりも傍にいたロックだからこそ分かる。



「ディアナ」

「……え?」


 まだ赤い顔を押さえて、ディアナがこちらを見る。


「ブレイドはいい奴だから、大丈夫。……僕が保障するよ」

「ロック」

「ディアナは、幸せになれるよ」

「……」

「だから、安心してもう甘えたらいい」

「……ロック」

「ブレイドなら、大丈夫」


 二度目のダメ押しに、ディアナがひどく安心したような顔をして笑った。反対にロックの胸は痛い。けれども、それでも彼女に何かしてやれることがどこか嬉しかった。


「こら、よそ見は禁物だぞ」

「いてぇ」


 道場の真ん中からは、ブレイドが叩かれた音がする。


「……それに、こうやってブレイドをからかうってもの案外面白いしね」


 ロックがそう言って笑うと、ディアナがつられて笑った。


「ようし! 父さん、私も手合わせしたい!」

「お、ディアナか。よし、こい」

「くそう。油断した」


 意気揚揚と向かっていくディアナと、顔をしかめてもどってくるブレイドが、途中で視線を絡めて笑う。ロックは胸の痛みを、正直に受け入れる。


 きつい。辛い。でも仕方無い。

 ディアナに気持ちを伝えない自分には、他に選択肢がない。この痛みさえもひっくるめて、彼女を守るために傍にいよう。



 やがて、ブレイドが隣へやってきた。


「また一緒に行くことにしたのか?」

「朝だけね。ブレイド……気になる?」

「まあ、ちょっとな。悔しい。あの笑顔にさせられるのは、やっぱお前なのかと思うと」


 どんな話をしてたのか、知りもせずにブレイドが膨れる。悔しいのはこっちの方だ。でも、教えてやるのはやめよう。このくらいの意地悪はさせてもらわないとやってられない。


 ロックは思いきりいい笑顔を作ってブレイドに言った。


「まあね、僕はディアナの幼馴染だから」





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