支え・1
*
ディアナと別れた後、ブレイドはロックの家である道具屋に立ち寄った。店内で店番をしているのはロックの母親だ。今の時間は暇なのか、他にお客は誰もいなかった。
「こんちは。おばさん、ロックいますか?」
「おや、ロックの友達の、……ブレイドくんだっけ」
「はい」
「ちょっと待っててね。ロック、友達がきてるよー」
軽快な呼び声に反応する声がし、続けて奥からロックが顔を出す。ロックはいつもとは違い、ブレイドの顔をみるなり体をこわばらせた。
「……ブレイド」
「ちょっと、出てこいよ」
どちらかと言えば威圧的にもとれるブレイドの口調に、ロックはためらいながらも外に出た。
町のはずれの方角に向かって、ブレイドは歩き出した。ロックは渋々その後に着いていく。
呼びだした癖に、ブレイドは一言も話さない。まるで根競べでもしているかのように、ロックも無言のまま彼を見つめた。そしてふと、口元がまだ腫れていることに気付く。
ロックの力はたいして強くない。ディアナに治してもらえば、すぐにでも綺麗に完治するはずの怪我だ。なのに治っていないということは。
ロックは深い溜息をついた。ブレイドの考えはよく分からない。よく分からないのに、妙に説得力だけはあるのがまた気に入らない。
やがて、ブレイドが足を止めてロックの方に振り返る。
「ディアナ、心配してるぞ。お前が急に一緒に行かなくなったから」
「……そんなの、普通考えればわかるだろ」
彼氏ができた女の子と一緒に登校するというのは、流石に問題あるかと思って遠慮しているのに。ディアナがそういうことに疎いのは理解しているつもりだが程度がある。ロックは、若干呆れた様子を見せた。
「ところが、わかんねーんだよな。あいつ」
両腕を頭の後ろで組んで呆れたようにブレイドが笑う。つられるように、ロックは苦笑した。
「全く、鈍感なのは相変わらずだ」
「その方がお前には都合いいんじゃねぇの?」
「……何が言いたいんだよ」
少し皮肉混じったブレイドの言葉に、ロックはムッとして答えた。ブレイドは、それを一瞥すると溜息をついて近くの木にもたれかかった。
「あいつ、今、心細そうだ」
「……どうして?」
「お前が、近くにいないからだろ?」
さらりというブレイドの言葉に、若干の余裕を感じてロックのいら立ちが増す。
「僕がいなくたって、ブレイドがいるじゃないか」
「そうだな。俺も彼氏がいるんだからいいだろって思うけど。あいつにとってはそうじゃないらしい」
「……」
黙り込むロックの肩を叩いて、ブレイドが複雑そうな顔で笑う。
「ディアナにとって、恋愛感情じゃなくたって、お前は必要だってことさ」
「どういう意味だよ」
「あいつが、……母親が死んでから、例え強がりだろうとあれだけまっすぐ前を向いてこれたのは、お前がいたからだ」
「……」
「お前が、ずっと傍にいたのは無駄じゃない。ちゃんと、あいつの支えになってたんだよ、きっと」
「……ブレイド」
「なんか、妬ける。馬鹿みたいだな。惚れられてんのは俺の方なのに」
ブレイドが鼻の頭を指でこするようにして苦笑する。ロックは、言葉が出せなかった。
脳裏に次々と浮かび上がるディアナとの思い出。……何もないと、思っていた。ディアナにしてあげれることは、何にも。彼女を不幸にしてもなお、自分にできることは彼女に守ってもらうことなんだと。ただ傍にいることしか、できないんだと。ずっとそう、思ってたのに。
それが、少しは力になってたと言うのか?
ロックの胸に潜む後悔の念が、少しだけ癒されていく。
「ディアナは、お前に今まで通り、傍にいて欲しがってる」
「でもそんなの、……ブレイドが嫌だろ?」
「俺は、まあ、嫌っちゃ嫌だけど。俺には幼馴染とかいないから、よくわかんねぇしな。でも、お前が同じ土俵に上がる気がないなら、関係ない」
「え?」
「正直、俺はお前が怖い。本気になったら、お前の方が気持ちは強いんじゃないかとさえ、思ってる。でも、お前に戦う気がなかったら、戦いようがないからな」
「ブレイド」
「昨日確認したかったのは、そういうことだよ。……後は、お前に任せる。一緒にいるとして、辛いのはお前の方だろうからな」
ブレイドは一呼吸置いて、ロックを見た。
「明日、ルタ先輩も一緒に、デルタさんの道場にいくんだ」
「おじさんの?」
「そう。だから、お前も来いよ。それで、ちゃんとディアナに話せよ」
「……」
「これからも一緒にいるのか、それとも関わらなければいいのか。……お前がちゃんと決めろよ」
「僕は……」
「こんなこと言ってたって、俺はディアナを譲るつもりはないんだからな」
「分かってるよ」
念を押すブレイドに、ロックは少しおかしくなった。
「分かったよ、ブレイド。わざわざ、ありがと」
「ああ。……なんだか、情けないな」
ブレイドが苦笑する。いつもは自信あり気な男が、今日はこんな表情ばかりだ。
「何が?」
「俺だけではダメなんだなってところが」
「ブレイド」
「まあ、これからだけどな。じゃあな、ロック」
ブレイドが手を振って、駆けだした。その後ろ姿を見送りながら、ロックは少しだけ前よりブレイドを身近に感じた。
いつも堂々として行動力があって、怖いものなんてないんじゃないかと思える。そんな彼が、ロックにだけに見せた弱気。胸の奥が軋む。それは切なさだけじゃなく、くすぐったさも含みながら。
「……仕方ないなぁ」
ポツリとつぶやいて、ロックは空を仰いだ。
ライバルを嫌いになれないなんて、間が抜けてるとしか思えない。しかもそれがお互い様だなんて。




