三人で・1
運動場のほぼ真ん中で、ブレイドは小手のついた腕を押さえながら、父親に抱きしめられているディアナを見ていた。その表情は綻んでいる。
落とした剣を拾うために手を伸ばすと痛みが走る。デルタから受けた剣は、小手のお陰で出血こそしていないが、打撲程度にはなっているのだろう。ディアナに治してもらいたいところだが、今は邪魔する気にならない。嬉し涙ならいくらでも流させてやろう。
「ブレイド、腕見せなよ」
遠くから試合を観戦していたロックが、ブレイドの方に近寄ってくる。
「ロック? なんだよ」
「腕、怪我したんだろ? おじさんの剣を小手で受け止めて無傷な訳ないよ」
「見えてたのか、目ざといな」
そう言いつつも、ブレイドは素直に小手を外した。腕は青くなって腫れている。さすがここ辺りで一番の剣士だ。いざ患部を見ると予想以上の腫れだった。見ているだけで、更に痛みが増す気がする。
「お前、治せんのか?」
「分かんないけど、この間授業で回復呪文習ったから。簡単な怪我なら治せると思う」
言うが早いか、ロックはブレイドの腕に手をかざして呪文を唱えた。手の先から弱い癒しの光が広がる。しかし、初心者のものといわざるを得ない。弱々しい光はすぐに消え、皮膚の青みは全く取れない。
「でも少し痛みは引いてるぜ」
ブレイドはお世辞のつもりで呟いた。しかし、ロックの方は泣きだしそうな表情をしている。
「やっぱり、……僕じゃダメなんだなぁ」
それがこの回復魔法の事なのか、それとも別の事なのか、ブレイドには分からなかった。
*
ひとしきり泣いて気分がおさまると、ディアナは父親の腕から離れた。ブレイドが、父親に怪我を負わせる前に、小手で剣を受けていたことを思い出したのだ。きっと怪我をしている。そう思って黒い男の傍へ駆け寄る。
「ブレイド、怪我したんでしょ。見せて」
ブレイドの脇にはロックが並んで立っていた。
「いいよ。お前は父親とゆっくり話してこい」
「もう、話したからいいのよ。ほら、見せて」
似合わない遠慮をされても気持ちが悪い。ディアナは黒い男の腕を力ずくで掴んだ。
「うお、痛ってぇ。お前、何すんだよ」
「うるさい、すぐ治すわよ」
ブレイドの腕は、以前訓練の時に怪我をした時よりもひどく腫れていた。年はとっていても、デルタは町一番の剣士だ。小手をつけていたとはいえ、剣を直に受け止めた衝撃はどれほどだっただろう。
それでも、ブレイドはこの腕で剣を受け止めてくれた。おそらくは、デルタにたった一つの手傷をつけるためだけに。
「じっとしてて」
ディアナがブレイドの腕をとり、回復呪文を唱える。見る見るうちに腫れが引いていき、皮膚の青みも消えていった。腕が元通りになるまでは数分。しかし、治ってからもディアナはその手を離さずにいた。
「おお、さすがだな」
治った腕をみて、ブレイドが笑う。その顔を見ていると、心臓が飛び出しそうになる。触れているところからは、熱が広がっていくようだ。ディアナは胸の奥に広がった気持ちをようやく素直に認めた。
……好きなんだ。ブレイドが、好きなんだ。
「ブレイド」
ディアナはブレイドをまっすぐに見つめた。言いたいことは、色々ある。でも全部上手くいえるか自信がない。ちゃんと自覚したばかりの気持ちは、照れくささを増させるばかりで。でもこれだけは、伝えないと。恥ずかしくても、照れくさくても。
「ありがとう」
「……なっ!」
珍しく素直にお礼を言われて、ブレイドは思わずたじろいだ。
「べ、別にお前の為にしたわけじゃねーよ。俺が、手合わせしてみたかっただけだ」
勇気を振り絞っての礼に対してのこの返答。ディアナの方も先ほどまでの殊勝な気分はあっさりと吹き飛んでしまった。
「何よ、人がせっかく、素直にお礼言ってんだから、あんたも素直に『わかりました』って言ってりゃいいのよ!」
「お前ホントに偉そうだな!」
「あんたもね!」
結局いつも通りの言い合いになってしまい、横から見ているロックの溜息が聞こえる。
「それに、たまたまお前にとって一番良いように転がっていっただけだ」
「え?」
「お前が、家族から切り離される可能性だってあった」
「ブレイド」
「そん時は、……いや、いいや、なんでもねー。うまいこといって、良かったじゃん」
けんか腰の後で、ブレイドが出す優しい声。それだけは、素直に受け止めることができそうだった。
「うん」
ブレイドが笑う。ディアナもつられて笑いだした。




