手合わせ・3
掌から生まれてくる癒しの光。それはどんどん大きくなりデルタの腕を包み込む。徐々に血液が止まり、皮膚の再生が始まる。その傷口が完全にふさがるまで、ディアナは顔をあげられなかった。近くで感じる父親の息遣いに、胸が潰されそうになる。
「そうしていると、リリアに……母さんにそっくりだな」
デルタが、ぽつりとつぶやく。顔をあげれないまま、ディアナは息を呑んだ。
母親を死に追いやった娘を、一体どんな目で見ている? 母親にそっくりになったところで、代われる訳でもないのに。
ディアナは、泣きそうになるのを必死で堪えた。確かめるのが怖い。顔をあげてその表情を確かめるのが、とてつもなく怖かった。けれど、脳裏に浮かぶのは、剣を小手に受けながらも剣をふるったブレイドの姿だ。彼のあの行動は、ディアナの為だ。もう逃げるなと、体でそう示してくれた。だったら、もう逃げるのはやめなければ。出なければもう二度と、ブレイドの顔を見返す事が出来なくなってしまう。
ディアナの中に、ようやく勇気が生まれた。恐る恐ると顔を上げる。
そこには、予想に反して、穏やかな笑顔を浮かべた父親の顔があった。
「……父さん」
「昔、よくリリアもそうして、私の怪我を治してくれたものだ」
ディアナは目を見張った。父親の瞳は、記憶にあるどんな時よりも優しい目をしている。体中の力が抜けて、涙が喉元までこみあげてくる。今までの自分の不安が、全て杞憂だった事が分かって心の底から安堵する。
「……わ、私、母さんみたいになりたかったの」
10年間、封じ込めてきた本音が口からこぼれだす。同時に、ずっと堪えていた涙も溢れ出してきた。
「本当は、母さんみたいな治療師になりたかったの」
「え?」
デルタは驚いたような声を出した。
「じゃあ、お前が剣士になりたいって言ってたのは……」
「他にどうやって、償ったらいいのかわからなかった。母さんと、弟を、死なせてしまって。せ、せめて後継ぎになれれば、嫌われずに済むかと思って」
「……ディアナ」
デルタが、大きな腕でやわらかくディアナを包んだ。それは、もう10年ぶりになる抱擁だった。
「すまなかった」
「父さん」
「お前があの時の事を、そこまで気にしてたなんて知らなかったんだ」
答えることも出来ずに泣き続けるディアナを、更に強くデルタは抱きしめた。
「あの時、母さんの死を幼かったお前にあたってしまったのは、父さんが弱かったからだ。……許してほしい」
「……」
「お前は、リリアが自分の命に代えても救いたかった大事な娘だ。もちろん、父さんにとっても」
「……お父さん」
涙が、後から後から頬を伝う。ずっと言えなかった事が、どんどんあふれ出してきた。
「いいの? 私が、治療師になっても……。お母さんのこと思い出して、辛くなったりしないの?」
「辛い訳ないだろう。母さんとの思い出は、幸せなものばかりだ。幸せすぎて、だから、その死がとても辛かった。でも、お前がいてくれるから。……母さんがディアナを残してくれたから、その辛さも薄らいでいくんだよ」
「……私、後継ぎになれなくても、あの家にいてもいいの?」
「ディアナ」
デルタは抱きしめていた腕を外し、ディアナの肩に手を置いて顔を覗きこんだ。
「ずっとそんな風に思っていたのか? お前はお前だ。自分の好きなように生きていけばいい。後継ぎにならなきゃいけないなんて、そんな風に思う必要はないんだよ」
「じゃあ、私の事、許してくれるの?」
「謝るのは父さんの方だ。五歳のお前に、俺は何て事を言ってしまったんだろう。なのに、お前はずっと気にしてる素振りさえ見せないで、ずっと頑張っていたっていうのか」
「お父さん……」
ディアナは、父親の服の襟を掴んで顔を埋めた。この腕に抱えられて安心できた幼い頃。もう取り戻せないと思ってた。
だけど、ブレイドによって世界は変わった。父親のことを疑うことも、家の扉の前で深呼吸をすることも、もう終わり。祖父は変わらないかもしれない。孫であっても、娘を奪った存在であることは間違いないのだから。だけど、今はこれだけで十分だ。
父親の逞しい腕の中で、ディアナはようやく自由になれた気がした。




