帰宅・2
翌朝、ディアナとデルタはロックの道具屋を訪れた。その日の店番はロックの母親だ。扉を開けると、生きのいい笑顔が出迎える。
「おはよう、サニードさん。何か手土産になるもんはないかな」
「あら、いらっしゃい。デルタにディアナちゃん。ロック、ディアナちゃんがきてるよ」
母親の声に、奥からロックが出てきた。
「ディアナ。あ、おじさん。おはようございます。どうしたの、今日は」
「父さんが、ブレイドの家に挨拶に行くって聞かなくて。ほら、結構泊めてもらったから」
「ブレイドの家に?」
ロックは驚いたように、手土産を選んでいるデルタを見詰めた。そして、意を決したように口を開いた。
「おじさん、僕、馬車を出しましょうか。ブレイドの家は結構遠いし」
「え? いや、それは助かるけど。いいのかい?」
「ええ。いいよね、母さん。今日は休みだから仕入にも行かないんでしょ。馬車貸してよ」
「ああいいよ。サニードさん、ロックもこう言ってるし乗ってったらどうだい」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおう」
「ありがとうございます」
立場上、ディアナはお礼は言ったものの、気分は微妙だ。……なんだか、余計複雑になったような気がする。父親が行くというだけでも気が重いのに、なぜロックまでついてくるのだ。
当のロックは馬車の準備をしながら、気楽な調子で言う。
「僕も一度、ブレイドの家に行ってみたかったんだよね」
ディアナはそれを溜息と共に受け取った。口にはだせないけど、気が進まない。ブレイドの家での出来事を、ディアナはブレイドとの秘密のように思っていた。それが二人だけのものではなくなることが、なんとなく嫌だったのだ。
馬車に揺られて15分ほどで、ブレイドの住むニニカ村についた。いつもの木陰で訓練していたブレイドが、馬車の音を聞きつけて真っ先にやってくる。
「ディアナ? それにロック、どうした?」
「あ、えっと、父がお世話になったお礼をしたいって」
「ああ、泊めてくれた友達って君の事だったのか」
デルタは馬車から下りて、ブレイドと握手をした。
「ディアナがお世話になったね。ご両親はおられるかな? ご挨拶をさせていただきたいんだが」
「ええ。家の中にいます。こっちです」
ブレイドが、デルタを家の中に連れて行った。すぐにセリカが出てきて、いつもの楽しげな調子で皆を招き入れる。
「あらあらあら。ディアナちゃんのお父様? はじめまして」
「こんにちは。今回はディアナが大変お世話になったそうで、ありがとうございます」
「とんでもない。私がお願いしてきてもらったんです。娘ができたみたいでつい楽しくって」
大人が社交辞令で盛り上がっている中、ブレイドがディアナとロックの方に戻ってきた。
「ごめんね、急に。父さんったら挨拶に行くってきかなくて」
「いや、いいよ。近々行くつもりだったし。……手間が省けた」
「え?」
何の話か掴めない。ディアナが怪訝そうにブレイドを見つめると、彼は鋭い視線を向けてくる。
「お前、今から俺がやることに口を出すなよ」
「え? 何?」
「お前もだぞ」
「え? 僕?」
ディアナとロックが顔を見合わせているうちに、ブレイドはデルタの方に向かっていく。
「おじさん。俺、剣士になりたいんです。お礼がしたいっていうなら、俺と手合わせしてくれませんか。もちろん、真剣で」
突然の申し出に驚きつつも、デルタはブレイドを上から下まで見て微笑んで言った。
「手合わせは構わないが、木刀の方がいいんじゃないかね。真剣では怪我をするかも知れない。この村には、治療師はいるのか?」
「大丈夫、ディアナがいます」
「ディアナはまだ学生だ。多少使えるって言っても、あてにするのはどうかな」
「やっぱりおじさん、知らないんだな。ディアナは今すぐに治療師になれるほどの腕前だ。普通だったら自慢できるほどなのに」
「ブレイド!」
ディアナは咄嗟にブレイドの言葉を遮った。ディアナは今まで、デルタやバジルに対して回復魔法を使ったことはない。回復魔法は、父にとっては亡き妻の象徴だからだ。それを自分がやって見せたら、あの時の事を思い出させてしまうかもしれない。恐怖心から、今までに一度も見せることはできなかった。
「いいから、黙ってろって言ったろ」
ブレイドが強い声でディアナの言葉を抑える。思わずむっとはしたが、それ以上何も言い返すことはできなかった。
デルタは、ブレイドの真剣な様子を見て取るとため息を一つついて言った。
「……いいだろう、相手になろう。ただし君には少し防具をつけてもらおう。君はまだ学生で、私は正規の剣士だ。言いたいことは分かるだろう?」
「わかりました」
デルタが了承すると、ブレイドは嬉しそうに準備を始める。




