帰宅・1
それから1週間、セリカの勧めもあって、ディアナはブレイドの家で過ごした。その間、アイクの論文のための検証をしたりセリカのハーブ作りの手伝いをしたりと意外と忙しく、時間はあっという間に過ぎていった。
そして今日は、父と祖父が戻ってくる日だ。学校に行った後、ディアナはそのまま自分の家に帰ることになっている。
「すっかりお世話になって、ありがとうございました」
「いいのよ。まだまだいて欲しいんだけど、ご家族が帰ってくるんじゃ仕方ないわね」
「あはは」
セリカとはすっかり打ち解けていた。もはや母親みたいな存在と離れるのは、ディアナも寂しい。
「また、ハーブの調子が悪くなったら呼んでもいいかしら」
「ええ。いつでも」
「ふふ、じゃあ、いってらっしゃいね」
セリカに見送られて、ディアナとブレイドは学校へ向う。隣を歩きながら、ブレイドが今更のような事を聞いてくる。
「お前の親父は何の仕事だったんだ?」
「えっとね、吸血ネズミの討伐だって」
「へぇ」
あんなに毎日ケンカばかりしていたのに、1週間も一緒に通学していると、こうしてブレイドの隣に居るのが当たり前のような気がするんだから不思議だ。
今日からは、すべて元に戻る。ロックと一緒に登下校して、家に入る前には深呼吸をして、父と祖父と過ごす。それですべてが、元通り。なのに、どうして寂しいなんて思うんだろう。このままブレイドの隣にいたいなんて。
「ディアナ」
「なに?」
「また来いよ。母さん、寂しがってっから」
「分かった」
いつも競争して歩く道も、今日はなんだかゆっくり歩いている。それが自分だけじゃないことにディアナはなんとなく気づいていた。
ブレイドも、少しは寂しいとか一緒にいたいとか思ってるんだろうか。だったら嬉しいと思ってる自分を、胸から追い出す。どんどんブレイドに依存していく自分が少し怖い。誰かを好きになって、弱くなるくらいならそんなのいらない。
ディアナは顔をあげて話題を変えた。これ以上、寂しさに浸りたくなんかなかった。
*
その日の夕方、ガルデアの道具屋の前でロックと別れ、久しぶりに自分の家に帰り着く。今だ鍵は閉まっていて、ディアナは自分で鍵を開けて中に入った。
「まだ、帰ってない」
出てきたのは安堵の息だ。その反応に自分で落ち込む。
「どうしよう」
やたらに独り言を言ってしまうのは、いつも誰かが誰かと会話しているようなブレイドの家に慣れてしまったからだろうか。
「なにか作ろう」
ご飯を作って、父と祖父を迎え入れよう。自分の家はここだ。温かいご飯を作って迎えてあげたら、喜んでくれるかもしれない。ディアナはそう思いついてキッチンに立つ。かごに入れてあるイモを取り出してまずは皮をむいた。
でも、もし、嫌な顔をされたら?
咄嗟に浮かんだ考えに、動いていた手が止まる。ディアナは恐怖心を感じていた。今まで平気だったはずの父と祖父との生活が怖い。嫌われることに怯えて過ごす生活に戻るのはイヤだ。
「ただいま」
その時、扉が開いた。疲れた様子で、デルタとバジルが入ってくる。
「お、おかえりなさい」
「ただいま」
ディアナは必死で声を絞り出す。祖父のバジルは相変わらずにこりともせずに、一言言って椅子に座った。
やっぱり笑ってくれない。こんなに久しぶりに会っても。
負の思いに捕らわれる。ディアナは段々息苦しくなってきた。
「ディアナ、ただいま。ロックのお母さんに聞いたんだが、あまり、お邪魔してなかったそうだな」
「う、……うん。友達の家に、呼ばれたりしてて」
デルタが怪訝そうな表情をする。顎に手を当て、記憶を辿るような仕草を見せた。
「新しい友達か? 御厄介になったんなら、一度挨拶に行かないと」
「い、いいわよ。私が言っておいたし」
「そういう訳にはいかん。そこの家は遠いのか?」
「隣村で……。歩いたら遠いわ。ずっと走れば、30分くらいだけど」
「……そうか。お前は馬に乗れないしな。明日は学校は休みだったな。じゃあ明日2人で歩いてご挨拶に行こう。案内してくれ」
「うん」
それで会話が終わってしまう。仕事はどうだったの? 怪我はしなかった? 聞いて当たり前のことを聞けない自分。聞かれないことに疑問も持たず荷物を片づける父親。
以前は気にならなかったのに、自分の家族の不自然さが妙に目に付いた。
ディアナは胸のあたりを押さえる。どうしよう。一度感じてしまった違和感は元には戻せない。ディアナは、この生活を続けていく自信がなくなっているのを感じた。




