手合わせ・1
ニニカ村に闘技場はない。広く動いても誰にも迷惑のかからない場所として上がった候補は、近くの運動場だった。突然の手合わせに、どこからともなく観客が集まってくる。
肩当て、胸当て、それに小手をつけているブレイドの横に立って、ディアナは渋い顔をしていた。
「あんた、何考えてんの? 父さんは強いわよ」
「知ってるよ。何度か大会で見たことがある」
「だったらなんで真剣でなんか……」
小言のようなディアナの言葉は、ブレイドの強いまなざしによって封じられる。
「……頑固」
悔し紛れにそれだけを呟くと、ブレイドは真剣な表情を少しだけ緩めて笑った。
「いいから、黙って見てろ」
「ブレイド」
ロックが、ディアナの肩をたたいた。いつもの穏やかな笑みで、佇んでいる。
「ブレイドにも、なんか考えがあるんじゃないの?」
「そうなのかも知れないけど、……でも」
「ディアナ、こっちで見てよう」
「……うん」
ブレイドが何を考えているのか、さっぱりわからない。真剣でなんて戦ったら、大怪我をする可能性だってあるのに。
戦う以上はどちらが怪我をするし、したとしたらディアナが回復魔法を使わない訳にはいかない。この村には、治療師がいないんだから。
「ブレイドの、……バカ」
その時、父親にどんな顔で見られるのかを想像しただけで怖い。それを表に出さないように口を引き締めるだけで精一杯だった。
ブレイドは、軽く体を捻じ曲げて準備体操をした。デルタはこの辺りで今一番強い。勇猛果敢な剣士として名高く、ブレイドも以前から憧れていた。そんな人物を相手に、真剣でと願ったのには訳がある。
あまり握る事のない真剣を鞘から抜く。すらりと伸びた刀身の、鈍く光る銀色からは感じるのは冷たさだ。
一撃でいい。ブレイドは自分にそう言い聞かせる。
自分が怪我をするより先に、一撃でもデルタに手傷を与えることができれば。そうすれば、ディアナが必ず動く。
剣を軽く振っているデルタを、ブレイドは値踏みするように見た。技術で勝てるとは思えない。何度か大会で見たデルタは、素早い剣さばきだった。
勝てるとすれば、身の軽さ? 自分の長所は体つきの割には動きが早いことだ。なるべく体を動かさせればいいかもしれない。後は力。……力はどうだろう。筋肉の付き方を見れば、互角ぐらい? でも、何年も実戦を重ねている相手だから油断はできない。
結局は気を緩めずに戦うしかない。そう結論付けて、今度は運動場の端を見る。
ロックの隣で、珍しく不安そうな顔をしているのはディアナだ。ブレイドの胸がちくりと痛む。ディアナのあんな顔は心臓に良くない。いつものように堂々と、偉そうに感じるくらいでちょうどいい。
あれだけの自信家が、親の前で回復魔法を使わない。そんなことあり得るか? 学校でのディアナから想定すれば、得意げに見せびらかすくらいのことはしてもおかしくない。なのに出来ない。それは多分、父親に遠慮してるからだ。
だから、敢えてこういう場面を作った。いつまでも怯えて暮らすなんて、ディアナには似合わない。本当の自分の姿を、一度見せてしまえばいいんだ。そうすればきっと、何かが変わる。もし、変わらなかったとしたら、その時はその時で新しく考え直せばいい。どんな結果になろうとも、必ず傍にいるから。
最後の決意に、自分で気恥ずかしくなる。ブレイドは、ディアナから目をそらし、デルタをまっすぐに見つめた。集中する準備が整った。
「準備はいいか? ……はじめ!」
審判を引き受けてくれた村人の声と同時に、ブレイドは動き出した。




