温かい家庭・3
「……母さんが生きてたら、言ってくれたでしょうか」
「ディアナちゃん?」
「私と話して、楽しいって」
「……」
「……何言ってるんだろ、私」
ディアナは自分を疑った。話しやすさに、口を滑らせてしまった。こんなことを話したって仕方がないし、セリカにはまったく関係の無いことなのに。あんまりにも優しいから?それとも、どこか母親に似てるから? 自分に問いかけても分からなかった。
だけど、口にしたことで気づいてしまった。本当は言ってしまいたかったんだ。心の奥でずっとずっと願っていた言葉を。母にも父にも祖父にも、もう許してもらいたいって。だけどそれを言えなかったのは、自分が一番自分を許せないからだ。
「……私の母は、私を助けるために死んでしまって」
「……」
「父も、祖父も、私の事をきっと恨んでるんです。……多分、死んだ母だって」
「ディアナちゃん」
「ごめんなさいって何度も言ったけど、母さんには届かなかった。何一つ届かないまま、死なせてしまった」
あふれ出る悔恨の言葉を、もう止めることはできなかった。胸の奥の方からこみあげてくる涙を、何とかすんでのところで我慢した。
自分のしていることが信じられない。友人の母親に、こんなことを言って困らせるなんて駄目だ。
その時、ディアナの肩をセリカが抱き締めた。突然のぬくもりに驚いて顔を上げる。
「もし私がディアナちゃんのお母さんだったとしたら、そういう風に思われているのは、悲しいかもしれないわ」
「おばさん……」
「あなたに生きてほしかったから、幸せになってほしかったから助けたんでしょう?」
セリカの言葉は温かい。でも、その言葉を簡単に受け入れることはできなかった。
「でも、……でもそのせいで、母さんは死んじゃって、お腹にいた弟だって」
「それは、辛かったわね。……でもね、いつまでもそのことを引きずっていてはダメなのよ」
「だって」
「死んだ人は戻れないの。どんなに後悔したってやり直すことはできないのよ。死んだ人にあなたがしてあげれることは、ただ一つ。その人たちの事を忘れずに、前を向いて生きていくこと」
「……」
「後ろを向いていてはだめよ。あなたを生かす為に、失われた命なんだったらなおのこと」
ディアナの目から、とうとう堪え切れなくなった涙があふれ出る。
「許して、くれるかな」
「……」
「母さん、私の事、……許してくれるのかな」
つぶやくように言った願いを、セリカはきちんとすくい上げる。
「大丈夫。怒っても恨んでもいないわよ、きっと。ただ、心配しているかもしれないわ」
「ごめんなさい」
「ディアナちゃん。お母さんは、あなたが心から笑ってくれたら、きっと嬉しいんじゃないかしら」
「え……?」
「私だったらそう思うからよ」
「本当に?」
「ええ」
ディアナは、セリカに抱きついて泣いた。その背中を、セリカは優しくなでてくれている。どこからともなく香る甘い香りとやわらかい腕の感触。これが母親のぬくもりだったと思い出した。
小さなディアナがやんちゃをするたびに、軽くいさめた後こうして抱きしめてくれた。厳しいけど優しい。10年前に失ってしまった人。
「……お母さん」
セリカの腕の中で、とても安心したディアナはいつしか意識を手放していた。
*
ディアナが眠りについたのを確認すると、セリカは布団をかけなおして部屋を出ようとした。扉を開けた途端、そこに一人息子が立っていてセリカは息を呑む。
「ブレイド」
「ディアナは?」
「寝たわよ。……あんた、立ち聞きしてたわね。もう、ホントにお行儀の悪い子ね」
「だって、気になったんだから仕方ないだろ」
拗ねたようにいうブレイドを見て、セリカはため息をついて笑った。
「……あの子、いい子ね」
「そうか? 口悪いぜ」
「母さんは気にいったわよ。あんたもそうなんじゃないの?」
「……うるせーよ」
「でも、かわいそうね。なんとかしてあげたいけど、本人の気持ちの問題でもあるしね」
「それは、考えてる」
「え?」
「そのためには、もうちょっと鍛えないとな」
ブレイドは伸びをしてセリカに背中を向けた。
「俺、寝るわ。お休み」
「……お休みなさい」
一瞬見せた息子の表情は、今までに見たことのないような男の表情だった。セリカは静かに、部屋へと向かって行くその姿を見つめていた。
*




