温かい家庭・2
食事やお風呂を済ますと、ディアナはアイクの書斎へと案内された。
「ここを使えよ。親父が研究とかでずっとこもってるときにしか使わないベッドだから、そんな汚くないぜ」
「逆にいうと、あんたのベッドはそんなに汚いのね?」
さすが書斎と言われるだけあって、その部屋は本棚で埋め尽くされていた。二つの壁の上から下まで一面に広がる本棚があり、中は訳の分からなさそうな本で一杯だ。
「学者さんって、すごいわね。ブレイドのお父さん、これ全部読んでるんでしょ」
「なんか、まだまだあったぜ。これでも、半分は物置に片付けたんだ」
「……あんたは読まないの?」
「あー、無理無理。最初の一ページ目で寝れる自信あるもん。お前も寝れないようなら、ここの本でも読んでろよ」
「そうするわ」
「はは」
いつものように軽口をたたき合いながら、隣で話すブレイドを見ていると不思議な気持ちがしてくる。いつもケンカばかりしているのに、そのブレイドの家にきて泊ってまでいくなんて。勢いとは恐ろしいものだ。
「悪かったわね。泊めてまでもらっちゃって。おばさんに謝っておいて。迷惑かけてすみませんって」
「なんで。自分で言えよ。それに、別に迷惑なんかかかってねーし」
「だって、急に来たら色々準備とか大変だったでしょ。もう、いいわよ。自分で明日言うから」
「おー、そうしろ。そうしろ」
ブレイドは、机の椅子を引き出して座りながら言った。ディアナがベッドの方に座ると、自然に視線が合う。
「……ねぇ」
「ん」
「なんで、私を家に呼んだの?」
「え?」
ブレイドが、変な顔をして黙り込む。予想外の反応に、ディアナの方も黙ってしまう。ブレイドはしばらく考えた後、ぽつりと口を開いた。
「……母さんのシチューを食べさせようかと思って」
「は?」
「うまかったろ」
「うん。おいしかったけど」
「うまいもん食って、腹一杯になったら笑いたくなんねーか?」
「え?」
「俺はなる。だから、お前を呼んだ」
「……」
胸の奥底からなにか温かいものが湧き上がる。今の言葉を素直に受け取るとしたら、ブレイドはディアナを笑わせようと思ったのだろうか。
「あーじゃあ、俺もう寝るわ。おやすみ、ディアナ」
ブレイドは、赤くなった顔を隠すようにディアナの頭を軽く小突いていった。いつも汗臭い彼から、石鹸の匂いがしてディアナは一瞬動揺する。
扉が閉まったと同時に、ディアナは息を吐き出して自分の火照っている頬に触れる。動揺している自分を制御しきれない。今までディアナは、一人の男をこんな風に意識したことはなかった。誰に見られてる訳でもないのに、恥ずかしくなってベッドに潜り込む。
体は疲れているはずなのに、なかなか眠れなかった。さっきのブレイドの言葉が、ずっと頭から離れない。
その時、不意にドアをノックする音が聞こえた。
「はい?」
「ごめんね。ディアナちゃん、もう寝た?」
ディアナがドアを開けると、お盆に湯気の出ているカップを乗せたセリカが立っていた。
「寝れる? 枕が変わると眠れないんじゃないかと思って。……これ飲まない?」
差し出されたホットミルクを受け取って、ディアナは笑った。
「ありがとうございます。ちょうど、寝れないところで。おじさんの本でも読まなきゃいけないかと思ってたとこでした」
「ふふ。そう、良かった。ね、ちょっとお話してもいいかしら」
「どうぞ」
二人は部屋の中に入った。ベッドに腰かけて、温かいミルクとすするとお腹の方まで温かくなる。ディアナは、体の緊張がほぐれていくのを感じた。
「おいしい?」
「はい」
「ねぇ、学校でブレイドってどう? 乱暴なことしてないかしら」
「ああ、……まあ、普通です。私といるときは乱暴だけど」
「ふふ。仲いいのね。やっぱり女の子がいるといいわねぇ。お喋りも一杯してくれるし楽しいわ」
セリカが笑う。柔らかい穏やかな頬笑みは、もう10年前にいなくなってしまった母親を思い出させた。もし母親が生きていたなら、やっぱりこんな風に夜のおしゃべりを楽しんだりできたんだろうか。




