アーチ1: 第4章:臭い森と台無しになったドレス
[第一節:誰も頼んでいない自己紹介]
太陽の下をしばらく歩き続けるうちに、私はすっかり自分の神々しい思考に浸っていた。
ギルデッド=ヴァン王国で、いずれ手に入れる金貨の山をどう使おうか――そんなことを頭の中で計画していたのだ。
顎を高く上げ、魔法の杖を宙に浮かせながら歩く。
そして、星空のようなマントがひらひらと美しくなびく様子を、横目で確認していた。
……ふふっ。
我ながら、なんて完璧な姿なのかしら。
「――あっ、そうだ、魔法使い様!」
突然、弓を背負った少女が声を上げた。
私の素晴らしい脳内独演会を邪魔するなんて、いったい何事?
「昨日からずっと、私のことを『助手』とか『おい、あんた』とかしか呼んでないじゃないですか!」
少女は勢いよく続けた。
「だから、カッコいいポーズを決めて、正式に自己紹介することにしました!」
私はぴたりと足を止め、くるりと振り返った。
紫色の魔女帽子を整え、少女のほうを見る。
すると、彼女は後ろへぴょんと飛び退いた。
木製の弓を胸の前で斜めに構え、片脚を大げさに持ち上げる。
さらに、二本の指でピースサインを作り、満面の笑みを浮かべた。
「私の名前はブリナです!」
「辺境一の狩人にして、今日から偉大なるヴァレイラ様の右腕! いつでもお任せください!」
……ほう。
私に負けず劣らずの自信満々な自己紹介ね。
私は二、三度まばたきをした。
なるほど。
この子、ブリナって名前だったのね。
「そ、そう……ブリナね」
私は咳払いをして、甘く澄んだ声を整えた。
そして腕を組み、いつもの見下したような態度を取り戻す。
「一流の助手にふさわしい、まあまあの名前ね」
私は顎を少し上げた。
「でも、そんな大げさなポーズは、あの化け物を倒してからにしなさい。私の華々しい登場を、あなたが台無しにするわけにはいかないでしょう?」
ブリナは、憧れに満ちた瞳をキラキラと輝かせながら、勢いよく頷いた。
ようやく私に自分の存在を認識してもらえたことが、よほど嬉しいらしい。
……ふふん。
これで、助手の名前という長年の謎も解決ね。
危険な領域へ足を踏み入れる、その直前に。
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[第二節:骨、黒い泥、そして高級ドレスの悲劇]
緑豊かな丘が広がる、のどかな風景。
それは、深い森の領域へ足を踏み入れた瞬間、跡形もなく消え去った。
ソラリアへと続く森は、まるで太陽の光そのものを飲み込んでしまったかのようだった。
木々は異様なほど巨大で、ねじれた枝は黒い鉤爪のように空を覆っている。
辺りは薄暗く、空気もどこか不気味だった。
……とはいえ。
本当の悪夢が始まったのは、私が最初の一歩を泥の中へ踏み入れた瞬間だった。
――グチャッ!
湿った、ひどく不快な音が左のブーツの下から響いた。
私は恐る恐る足元を見下ろした。
そして――
「…………っ!?」
危うく卒倒しかけた。
地面は普通の土ではなかった。
そこには、黒く、濃く、粘り気のある液体が水たまりのように広がっていた。
しかも、吐き気を催すような蒸気まで立ち上っている。
黒革のロングブーツ。
そして、紫色のアシンメトリーなドレスの裾。
その両方が、油のような汚物で染まっていた。
『いやあああああっ!! 私のドレスがぁぁぁっ!!』
心の中で悲鳴を上げる。
気品も優雅さも、完全にどこかへ吹き飛んでいた。
『金色のルーンが刻まれた半透明の生地を、どうやって洗えばいいと思ってるのよ!?』
『このクソみたいな泥のせいで、女神の美的センスが台無しじゃない!!』
「ヴァレイラ様! 足元に気をつけてください!」
ブリナが警告し、少し先の地面へ弓を向けた。
私は彼女が指し示す場所を見た。
その瞬間、背筋がぞっとした。
黒い水たまりの間。
木々の根元に散らばっていたのは――
白くなった肋骨。
そして、いくつもの頭蓋骨。
骨だ。
しかも、森の動物のものだけではなさそうだった。
中には、錆びついた鎧をまとった騎士の残骸と思われるものまであった。
……なるほど。
酒場で耳にした、騎士団や狩人たちが消息を絶ったという噂。
それが、嫌というほど現実味を帯びてきた。
しかも、冗談では済まされないほど不気味な形で。
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[第三節:影が放つ悪臭]
森の奥へ進めば進むほど、空気は重く、濃くなっていった。
まるで肺そのものを押し潰されるようで、息をするのさえ苦しい。
腐敗したものと、朽ちた肉のような吐き気を催す臭いが辺り一面に充満していた。
私は思わず、ドレスの半透明の袖で鼻を覆った。
……が。
臭いが強すぎる。
まるで布越しにまで侵入してくるようだった。
「……ギデオンのエプロンより臭いんだけど……」
私は鼻にしわを寄せ、心底嫌そうに呟いた。
胃のあたりまで、気持ち悪さを訴え始めている。
「これが……影の獣の通った跡です」
ブリナが小さな声で囁いた。
先ほどまでの明るさは、すっかり消えていた。
顔色は青ざめ、弓の弦を握る指には力がこもっている。
「狩人たちの話は本当だったんですね……。この辺りは、もう完全に死んでいます」
彼女は周囲を見回した。
「生き物は誰も、ここに近づこうとしません」
そのとき。
私の隣に浮かんでいた『願いのグリモワール』が、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。
金色のページが、落ち着きなく次々とめくられていく。
まるで、空気中に漂う敵意に満ちた膨大なマナの振動を感じ取っているかのようだった。
朝の騒ぎが、遠い昔のことのように思える。
もう、笑っていられる雰囲気ではなかった。
森はあまりにも暗く、数メートル先を見るのがやっとだった。
静寂の中、私たちのブーツが折れた枝を踏む音だけが響く。
その小さな音さえ、まるで大砲の轟音のように感じられた。
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[第四節:深い闇に潜む存在]
私たちは、小さな開けた場所で足を止めた。
そこには、さらに深い黒い水たまりが広がっていた。
腐敗臭も、もはや耐え難いほど強くなっている。
ブリナは私の背後を守るように立ち、弓に矢をつがえながら周囲の茂みを警戒していた。
身体はわずかに震えている。
それでも、私を守ろうとする意志は揺らいでいなかった。
……ふふ。
なかなか見どころのある助手じゃない。
私は右手を前へ伸ばした。
指先の周囲に、ダイヤモンドのマナが輝き始める。
けれど、今回は自分の美しさを見せびらかすためではなかった。
結晶の光を利用し、即席のランタンのようにして、周囲を覆う濃い闇と霧を切り裂いたのだ。
その瞬間だった。
森全体が、完全な静寂に包まれた。
風が止まった。
枝のざわめきさえ聞こえない。
そして、私の袖に刻まれた金色のルーンが、警告するように強く明滅した。
――何かがいる。
深い茂みの奥。
暗闇のさらに向こう側。
そこに、二つの巨大な瞳が浮かび上がった。
深紅の光。
血のように赤い眼差しが、私たちをじっと見つめている。
その視線から伝わってくるのは、明確な殺意。
そして、獲物を狙う飢えだった。
『誰にも倒せない』と噂される怪物。
影の獣が、すぐ目の前にいる。
悪臭を放つ泥と深い闇に身を潜め、私たちへ飛びかかる絶好の瞬間を待っているのだ。
私の破壊的な魔法と、この森に隠された謎。
その二つが、今まさに正面からぶつかろうとしていた。
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