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アーチ1: 第3章:ダイヤモンドは魔物を恐れない


[第一節:虫と酒場の噂に悩まされる朝]


異世界で神々しい魔法使いとして目覚める。


それは夢のような出来事だ。


ただし、ギデオンの安宿で目を覚まし、自慢の紫色の魔女帽子の上を、握り拳ほどもある毛むくじゃらの気味悪い虫が悠々と歩いているのを目撃しなければ、の話だけど。


「――きゃあああああっ!! 誰か、そいつをどかして! 早く、どかしてぇぇぇっ!!」


美しいはずの私の声が、部屋中に響き渡った。


私はベッドから飛び起き、魔女帽子を振り回しながら、部屋中を逃げ回った。


床を這い回る虫との、あまりにも情けない格闘。


必死に手を振り回した末、どうにかそいつを追い払うことに成功した。


「はぁっ……はぁっ……!」


私は乱れたマントを慌てて整えた。


星空のような裏地をきちんと広げ、帽子の角度も直す。


そして、まだ胸がドキドキしているのを感じながら、何事もなかったかのような顔で階下の酒場へと向かった。


……まったく。


田舎の虫ごときに取り乱す姿なんて、誰かに見られていたら一生の恥よ。


ところが、階下へ降りた私を待っていたのは、虫どころではない騒ぎだった。


私は田舎風の硬いパンを上品に飲み込みながら、スプーンに映る自分の姿を横目で確認していた。


もちろん、ほかに虫がいないかどうかも警戒していた。


そのとき――


バンッ!!


酒場の扉が乱暴に開かれ、地元の狩人たちが転がり込むように入ってきた。


全員、幽霊でも見たかのように顔面蒼白だった。


「本当なんだ! 嘘じゃない!」


一人が叫び、テーブルに崩れ落ちた。


「影の獣が、森の奥深くまで下りてきたんだ! ソラリア王国との国境付近だ!」


「影の獣だと? 先月、騎士団の一個小隊を壊滅させた、あの化け物か?」


カウンターを拭いていたギデオンが、手を止めて問い返した。


その顔には、冗談では済まされない本物の心配が浮かんでいた。


「もう手遅れだ! ソラリアの国境付近から逃げてきた村人たちの話じゃ、あいつは家よりもデカく、黒鋼のような爪を持っているらしい! しかも、どんな物理攻撃も通じないんだと!」


別の狩人が、震える声で続けた。


「このクソみたいな大陸に、あんな化け物を倒せる奴なんていない! あれは四本足で歩く死そのものだ!」


……なるほど。


私は話を聞きながら、思わず小さく鼻で笑った。


今朝、虫一匹に大騒ぎしたことなど、すっかり忘れようとしていたところだったのだ。


『誰にも倒せない、ですって?』


大げさね。


田舎者というのは、どうしてこうも騒ぎ立てるのかしら。


単に、まだ私の戦いを見たことがないだけじゃない。


「まあ、朝っぱらからずいぶん騒がしいこと」


私は長い紫色の髪を指先で弄びながら、甘く気取った声で言った。


「少し落ち着いたらどう? 弱い騎士たちが、ただの巨大な獣を倒せなかったからといって、それが無敵だということにはならないでしょう?」


私は余裕たっぷりに微笑んだ。


「本当の実力者が一人、戦いに加わっていれば済んだ話よ」


ギデオンが横目で私を睨んだ。


その表情からは、今すぐ私を蹴り出したいという気持ちがありありと伝わってくる。


「調子に乗るなよ、美人さん。入口の雑魚どもを消し飛ばしたのと、あの化け物を相手にするのは訳が違う。自慢の顔が大事なら、あの森には近づかないことだな」


---


[第二節:少女の好奇心とグリモワールの秘密]


男たちが酒をあおりながら、安酒の味も忘れて騒ぎ続けているあいだに、乱れた髪の少女が私の隣へやってきて、椅子に腰を下ろした。


いつものように、その瞳は私への憧れでキラキラと輝いていた。


けれど、今日はそれだけではない。


好奇心も、これでもかというほど溢れていた。


少女は、私の左側にふわふわと浮かんでいる『願いのグリモワール』をじっと見つめていた。


魔導書からは、金色の粒子がかすかに舞い上がっている。


「魔法使い様! あんな人たちの言うことなんて気にしないでください! 魔法使い様なら、あんな怪物、指一本で倒せますよ!」


少女は興奮しながら、テーブルに両肘をついた。


「でも……昨日から、ずっと気になっていたことがあるんです」


「私、国境付近で旅をしている魔法使いを何人か見たことがあるんですけど、みんな変な杖を持って、退屈な詠唱をして、それでようやく小さな火の玉を出せるくらいなんです!」


少女は、さらに身を乗り出した。


「魔法使い様の魔法って、いったい何なんですか? 人の手からダイヤモンドが飛び出すなんて、今まで一度も見たことがありません!」


私は誇らしげに革のコルセットを整え、得意げな笑みを浮かべた。


……ふふん。


自分の力について質問されるなんて、最高じゃない。


ただし、私の自己愛があまりにも強すぎるせいで、相変わらず少女の名前を聞くことなど頭の片隅にもなかった。


私にとって、彼女はすでに立派な一番弟子――ではなく、専属助手なのだから。


「ふふっ。私の可愛い助手ちゃんが混乱するのも無理はないわね」


私はわざとらしく微笑みながら、グリモワールを操った。


金色のルーンが刻まれたページが、パラパラとめくられる。


もちろん、ただ自慢するためだ。


「この世界の人々が使う魔法は、基本的に予測可能なの。退屈な教本で教えられた知識に縛られているからね」


私は人差し指を立てた。


「でも、私の魔法は違う。私の魔法は、この宇宙の論理的な法則なんかには従わないのよ」


そう言って、右手のひらを少女に見せた。


すると、私の白い手のひらの上に、ビー玉ほどの大きさのダイヤモンドが二つ現れた。


小さな衛星のように、キラキラと輝きながら宙を回っている。


「これは、私の純粋な意志と願いから生まれる力なの」


私は少し声を落とし、神秘的な雰囲気を演出した。


「私が神々しい存在でありたい、そして自分の身を守りたいと強く願えば、マナはこの世界で最も硬く、純粋で、美しい結晶――ダイヤモンドへと姿を変える」


私は指先を軽く動かした。


二つのダイヤモンドが、さらに輝きを増す。


「ただの魔法じゃないのよ、助手ちゃん。私が最高に美しく見えるように、そして敵を華麗に打ち倒せるように、現実そのものが形を変えてくれるの」


「わあああああっ……!!」


少女の感嘆の声が、酒場中に響き渡った。


そのあまりにも純粋な反応に、私の心は完全に溶かされてしまった。


……やっぱり、この子を助手に任命したのは大正解だったわ。


まあ、いまだに名前は知らないんだけど。


---


[第三節:輝かしいチャンス、そして大金の予感]


私たちの自慢大会は、あることを思い出した瞬間に終わった。


――お金だ。


私はテーブルの上に残された、たった一枚の銀貨をじっと見つめた。


そして、頭の中で情報を組み合わせ始めた。


『ええと……あの化け物がソラリアとの国境を脅かしているってことは、あの辺りの村は相当困っているはずよね』


東京でオタク生活を送っていた頃の知識を思い出しながら、私は考えた。


『誰にも倒せない怪物を倒す。それって、ものすごい報酬が期待できるってことじゃない?』


『ソラリアの支配者たちや、この地域の裕福な商人たちなら、あの化け物を始末してもらうために、金貨や宝石を惜しみなく支払うはずよ!』


……悪くない。


いや、むしろ最高の計画じゃない!


それに、ギデオンの酒場に染みついた古い汗の臭いにも、夜中に現れる虫たちにも、そろそろ我慢の限界だった。


私の神々しい身体には、新しい絹のドレスが必要なの。


清潔な場所で、温かいお湯を使って入浴したい。


そして、この薄汚い村では到底手に入らないような贅沢を味わいたい。


「ねえ、あなた!」


私は勢いよく立ち上がった。


星空のようなマントが、ドラマチックにひるがえる。


「旅支度をしなさい。今すぐ出発するわよ!」


「ええっ!? どこへですか、魔法使い様!?」


少女は弓を手に取り、ぴょんと飛び上がった。


すでにやる気満々らしい。


「ソラリア王国の国境地帯よ!」


私は紫色の魔女帽子を、完璧な角度に整えた。


もちろん、虫が隠れていないことも念入りに確認した。


「影の獣を退治しに行くの。そろそろ世界中の人々に、ヴァレイラ様の真の力を知らしめる時が来たわ!」


私はニヤリと笑った。


「ついでに、助けてあげたお礼として、たっぷり報酬もいただきましょう!」


カウンターの向こうで、ギデオンは重いため息をつき、信じられないという顔で額に手を当てた。


「お前、完全に頭がおかしいぞ。あそこへ行けば殺される」


「お黙りなさい、平民」


私は彼に向かって、いたずらっぽくウインクした。


「私が帰ってきたときのために、一番いい部屋を用意しておきなさい。お礼は本物のダイヤモンドで払ってあげるわ」


---


[第四節:ソラリアへの旅立ちと謎の森]


辺境の村を出た瞬間、私はようやく本当の冒険が始まったのだと感じた。


南へと続く道の両側には、緑豊かな丘が広がっていた。


のどかで、絵に描いたように美しい風景。


けれど、ソラリア王国の国境地帯へ近づくにつれて、周囲の空気は少しずつ変わっていった。


緊張感が増し、空気が重くなり、辺りは不気味なほど静かになっていく。


交易路には人影ひとつなかった。


遠くには黒い煙が立ち上っている。


怪物の被害によって、住民たちが慌ただしく避難した集落があるのだろう。


私の小さくて名前も知らない助手は、隣を歩きながら、荷物の入った小さな鞄を抱えていた。


そして、道中ずっと私の服装がどれほど素晴らしいかを語り続けていた。


……うん。


実に快適な旅ね。


自分の美しさを褒め続けてくれる相手がいるだけで、旅の楽しさは何倍にもなるもの。


この子、意外と気に入っているのよね。


そのうち一週間以内には、名前を聞いてあげてもいいかもしれない。


……まあ、今のところは「助手ちゃん」で十分だけど。


だって、こんなにも私を褒めてくれるんだもの。


――しかし。


私には知る由もなかった。


ソラリア王国の近くの村。


影の獣が潜む、深く暗い森のすぐそば。


そこには今まさに、王族の一行が滞在していたのだ。


一行の中には、純真で優しげな雰囲気をまとった若い女性がいた。


彼女は、神官の衣を身にまとった気品ある女性とともに、身分を隠してその村を訪れていた。


目的は、怪物の被害ですべてを失った村人たちを助けること。


食料を配り、薬を届け、避難場所を用意する。


人々が再び暮らせるように、力を尽くしていたのだ。


運命は、誰にも気づかれないまま、静かに駒を動かし始めていた。


その頃、私はというと――


「もうっ! 国境の土って、どうしてこんなに汚いのよ……!」


黒革の美しいロングブーツに泥がつくたび、心の中で文句を言っていた。


深い森の奥では、無敵と噂される怪物が静かに獲物を待ち構えている。


そして、避難してきた人々は、いつか救いが訪れることを必死に願っていた。


そこへ現れようとしているのは――


紫色の魔女帽子。


自信満々の笑み。


田舎の虫に対する拭いきれない恐怖。


そして、ダイヤモンドを生み出す魔法。


そんな魔法使いが、彼らと出会おうとしていた。


その出会いが、いったい何を生み出すことになるのか。


まだ誰一人として、知る者はいなかった。

読んでいただきありがとうございます!私の夢はずっと異世界アニメを作ることでした。皆さんの応援をいただけたら嬉しいです!

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