アーク 2: 第3章: 半人族の大首都と水晶の城
[第一節:大首都の入口での検問]
街道を進む長い旅も、ついに終わりを迎えた。
馬車の前にそびえ立つのは、巨大で重厚な石と金属で造られた半人族の大首都の門だった。
犬のような特徴を色濃く備えた、屈強な二人の衛兵が、軽装の鎧を身にまとい、すぐさま馬車の行く手を阻んだ。
黄色い瞳には疑念が浮かび、口元からは鋭い牙がわずかに覗いている。
「身分証を出せ! 今すぐだ!」
「馬車から降りて、姿を見せろ!」
御者は衛兵たちの威圧的な体格にすっかり気圧され、慌てて書類を差し出した。ソラリア王国から来たことや、馬車の中に乗っている魔術師がどれほど重要な人物なのかを、必死に説明しようとする。
その声は震えていた。
そんな緊張が最高潮に達した、まさにその瞬間……。
ヴァレイラが昼寝から目を覚ました。
目を開けた彼女は、犬族の衛兵たちから漂ってくる、強烈で野性味あふれる体臭に気づくと、心底嫌そうに鼻をしかめ、不意に不満を漏らした。
「……何、この……野性的な臭い。
この街では、お風呂に入らないの?」
衛兵たちの反応は即座だった。
一人が牙を剥き出しにし、馬車の中の空気まで震わせるような、低く重々しい唸り声を上げた。
御者の顔から血の気が完全に引いた。
彼は必死に両手を合わせ、今にも膝をつきそうな勢いで許しを請い始める。なんとか事態が悪化するのを防ごうとしていた。
(……今、私に唸ったの?
なんて無礼なの。
この犬たちには、一刻も早くお風呂に入ってもらう必要があるわね……ついでに、少しばかり礼儀も教えてあげたほうがよさそうね)
◆◆◆
[第二節:首都への入場と最初の風景]
御者があまりにも怯えきっているのを見て、もう一人の衛兵は呆れたように肩をすくめ、相棒の肩を軽く叩いて制止した。
そして、身振り手振りで説明を始めた。
現在、この都市の統治者は非常に多忙なため、謁見を申し込むなら明日以降にするようにとのことだった。
今夜の入城は許可する。ただし、何が起きても自己責任だという。
この都市の最高権力者の名が出た途端、御者は魂が抜けかけたような顔になった。
畏敬と恐怖のあまり、全身をぶるぶると震わせている。
城壁の門をくぐると、壮大な都市の光景が目の前に広がった。
首都の空は、神秘的で異様なほど鮮やかな黄色に染まっていた。
赤い炎を宿した無数の松明が空中に浮かび、それぞれが意思を持っているかのように、ゆっくりと漂っている。
石畳の大通りには、実に多種多様な半人族が行き交っていた。
長い尻尾を揺らしながら軽やかに歩く猫族。角や牙を備えた屈強な獣人たち。そして、森へ帰る前に観光を楽しんでいるらしい、優雅な雰囲気をまとったハーフエルフたちの姿もあった。
そして、都市のちょうど中央。
あらゆる建造物を見下ろすようにそびえ立つのが、壮麗な大水晶城だった。
浮遊する赤い炎の松明に照らされ、城の尖塔は紫と銀色の輝きを放っていた。
ブリナは勢いよく身を起こすと、目を星のように輝かせながら窓から身を乗り出した。
「見てください、ヴァレイラ様!
まるで巨大なふわふわのおもちゃみたいです!
触ってみたいです!」
ヴァレイラは、好奇心と対抗心、そして少々の自尊心が入り混じった思考に沈んだ。
(……ここの統治者は、いったいどんな女性なのかしら?
強大な力を持つ半人族……。
……それよりも……。
どちらが美しいか、という問題もあるわね。
……もちろん、私に決まっているけれど。
でも、どんな相手なのかは興味があるわ)
◆◆◆
[第三節:酒場への到着と重苦しい空気]
やがて馬車は、馬車や荷車を停めるために指定された場所へと到着した。
御者は周囲の治安を不安に思ったのか、両手を合わせ、女神エラリアに荷物を盗賊から守ってくれるよう、手短に祈りを捧げた。
その後、身振りで宿を探してくると伝え、逃げるような勢いで走り去っていった。
ヴァレイラとブリナは馬車から降り、長時間の移動でこわばった手足を伸ばした。
周囲を歩く地元住民たちは、二人の姿をじっと見つめていた。旅人たちの美しさと繊細な雰囲気が、彼らの目を引いたらしい。
ひそひそと囁く者もいれば、少し離れた場所から二人の匂いを嗅ぐ者もいた。
空腹を満たせる場所を探していた二人は、近くにあった酒場へと足を踏み入れた。
店内は粗野で騒がしく、安物の煙草と料理の脂の臭いが充満していた。
大勢の半人族の戦士たちが酒を浴びるように飲み、身振りを交えながら、自分たちの武勇伝や、戦いで打ち倒した凶暴な魔獣について大げさに語っている。
酒と汗の臭いが、店内に濃く漂っていた。
二人は壁際に空いていたテーブルを見つけ、そこに腰を下ろした。
すると、猫族の特徴を持つウェイトレスが、職業的な笑みを浮かべながら素早く近づいてきた。尖った耳と、ふさふさとした尻尾が目を引く。
ヴァレイラはメニューを指差し、赤ワインと焼き肉料理を注文した。
一方のブリナは目を輝かせ、牛乳とパン、それにチーズを選んだ。
店員は手際よく注文を取り、厨房へと戻っていった。
### [第四節:狼族との衝突とブリナの反撃]
ヴァレイラは店内を見回しながら、客たちのだらしなく粗野な様子に、内心で不満を募らせていた。
(……なんて下品な場所なの。
怒鳴り声に、お酒に、汗だくの獣たち。
私の品位が……どんどん損なわれていくわ……)
そのときだった。
巨体の狼族の戦士が、嘲るような威圧的な笑みを浮かべながら、二人のテーブルの前に立ちはだかった。
その大きな影が、テーブル全体を覆い隠す。
「……おやおや、可愛いお嬢さんたちじゃないか。
俺たちが相手をしてやろうか?」
ヴァレイラは我慢の限界に達し、純粋な軽蔑を込めた冷たい視線を男に向けた。
「……失せなさい」
無防備に見える少女に拒絶された狼族の戦士は、たちまち激昂した。
巨大な手で二人を押し潰そうとするかのように、脅すような動作を見せる。
ヴァレイラは迷わず魔力を練り上げた。
「ダイヤモンド・バースト!」
魔法は男の胸部に直撃した。
しかし、戦士が身につけていた分厚い魔法付与済みの鎧は、結晶の爆発を吸収してしまった。
魔法は金属音を響かせながら弾かれ、何の効果も与えられないまま消え去った。
狼族の戦士は腹を抱え、酒場中に響き渡るほどの大声で笑い始めた。
「ガハハハハッ!
おもちゃみたいな魔法じゃねえか!」
仲間であるヴァレイラが侮辱されたのを見て、ブリナの表情が怒りに染まった。
彼女は目にも留まらぬ速さで弓を引き絞り、正確無比な矢を連続して放った。
狙いは、巨体の足元。
分厚い金属に覆われていない、唯一の無防備な部分だった。
カンッ! カンッ! カンッ!
男はぴたりと動きを止めた。
恐る恐る足元に目を向けた瞬間、傷ついた足に気づき、凄まじい悲鳴を上げた。
そして膝から崩れ落ちると、涙を流しながら、傷ついた足を引きずり、四つん這いで出口へと逃げていった。
酒場全体が、一瞬の静寂に包まれた。
しかし、次の瞬間。
店内は大きな拍手に包まれた。
横暴な戦士を打ち負かした二人の大胆さに、客たちは惜しみない称賛を送ったのだ。
ヴァレイラは、ブリナが主役の座をさらったことに、少々の嫉妬と強い感心を覚えた。
それでも、最後には彼女の頭をぽんぽんと軽く叩き、その働きを認めた。
「……よくやったわね、ちびっこ」
ほどなくして猫族のウェイトレスが、ほっとした表情で戻ってきた。
彼女は深々と頭を下げながら二人に料理を差し出し、感謝の印として代金は店側が負担すると、身振りで伝えた。
◆◆◆
[第五節:「おしっこ」の空と道中の気散じ]
食事を終えた二人は、騒がしい酒場を後にし、待ち合わせ場所へ戻るために歩き始めた。
ブリナは空を見上げ、街全体を覆う鮮烈な黄色い光をじっと見つめた。
そして、何の悪気もない様子で、ぽつりと呟いた。
「……空……。
おしっこみたいです」
あまりにも予想外で、あまりにも突拍子のない例えだった。
ヴァレイラの脳内では、凄まじい勢いで喜劇が幕を開けた。
(……おしっこ!?
今、この神秘的な半人族の首都の空を、尿に例えたの!?
笑っちゃ駄目!
絶対に駄目よ!
女神としての威厳を保ちなさい!
ここで笑ったら……私の優雅なイメージが台無しになるわ!)
ヴァレイラは必死に唇を噛み、呼吸まで抑えながら、爆笑をこらえた。
頬がぴくぴくと震えている。
そのとき、人混みの向こうから御者が走ってきた。
彼は近くの建物を指差し、宿の手配が済んだことを伝えた。
さらに、夜間のトラブルを避けるため、自分は馬車のそばに残って見張りをすると、身振りで説明した。
二人が宿へ向かって歩いていると、ヴァレイラの視線が、やけに目立つ看板に吸い寄せられた。
そこには、こう書かれていた。
『快楽の夜』
赤い照明と意味ありげな人影、そして妙に含みのある看板。
店の正体を瞬時に察したヴァレイラの頬は、一気に真っ赤に染まった。
(……あ、あれは……!?
見ていないわ!
私は何も見ていない!
何事もなかったかのように歩き続けるのよ!)
ブリナは突然顔を赤くしたヴァレイラを不思議そうに見つめた。
「ヴァレイラ様? どうかしましたか?」
ヴァレイラは慌てて首を横に振り、何でもないふりをしながら、足早にその場を通り過ぎていった。
◆◆◆
[第六節:水晶の階段と相応しい休息]
ホテルに到着した二人は、正面玄関をくぐり、受付へと向かった。
長い耳を持つ半人族の受付係は、御者が手配しておいた予約情報を確認した。
手続きが済むと、彼女は二人に部屋の鍵を渡し、職業的な笑みを浮かべながら上階への道を案内した。
客室へ向かう途中、二人は魔法の水晶で造られた壮麗な階段を上っていった。
階段は柔らかく上品な光を放ち、ホテルのロビー全体を幻想的に照らし出していた。
一歩踏み出すたびに、澄んだ水晶の音がかすかに響く。
ようやく部屋に入ると、ヴァレイラは心底ほっとしたように深い息を吐いた。
鏡に映る自分の姿を確認した彼女は、旅の途中で浴びた沼地の泥が、まだ衣服や身体に不快な汚れとして残っていることに気づいた。
彼女は迷わず浴室へと向かった。
「……この汚れ、きれいに落とさないと」
一方、長い一日の疲労と数々の出来事ですっかり消耗していたブリナは、ベッドに倒れ込むと、猫のように枕を抱きしめ、そのまま一瞬で深い眠りに落ちた。
数分後。
すっかり身を清めたヴァレイラが浴室から出てきた。
濡れた銀色の髪が肩に流れ落ちている。
彼女はゆっくりと窓辺へ歩み寄り、空中を漂う赤い炎の松明に照らされた大水晶城を、最後にもう一度眺めた。
(……明日は、統治者との対面ね。
……どんな相手なのか、見せてもらいましょう。
それと……犬みたいな臭いがしないことを祈るわ)
やがてヴァレイラはブリナの隣に身を横たえた。
静かに目を閉じると、長い一日の疲れに身を委ね、眠りへと落ちていった。
◆◆◆
アーク2:第3章 完
次は第4章ですね。統治者との謁見を軸にすれば、ヴァレイラの自信満々な態度と、相手の意外な反応を絡めた面白い展開にできそうです。




