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アーク1: 第12章: 黒き悪魔の待ち伏せ

[第一節:清浄すぎる現場]


ヴァレイラは、王国の兵士たちが何の痕跡も残さずに姿を消した、まさにその場所へとたどり着いた。


夜は深く、視界はほとんど利かない。周囲には重苦しく、息が詰まるような空気が漂っていた。まるで、目には見えない何かが、闇の奥底から静かにこちらを見つめているかのようだった。


彼女は慎重に足を進めながら、五感を研ぎ澄ませた。


地面には足跡も、争った形跡もほとんど残されていない。しかし、周囲の空気には濃密で禍々しいマナの残滓が漂っていた。つい先ほど、ここで激しい戦闘が繰り広げられたことは明らかだった。


だが、ヴァレイラを最も困惑させ、背筋を凍らせたのは、血痕も死体も、物理的な破壊の痕跡さえも見当たらないことだった。


まるで兵士たちが、本当に何の抵抗もせず、清らかな空気の中へ溶けるように消えてしまったかのようだった。


(……何なのよ、これ。絶対におかしいわ。


これほどの戦闘があったはずなのに、血の一滴も残っていないなんて……。


嫌な予感がする。ものすごく不愉快で、厄介な予感がね。


誰かが真実を隠している。それも、恐ろしいほど手際よく……!)


[第二節:闇夜の奇襲]


暗く見知らぬ地形を慎重に進んでいた、そのときだった。


五つの人影が、物音ひとつ立てずに闇の中から現れた。


彼らは『黒き悪魔』と呼ばれる組織に属する者たちだった。しかし、その瞬間まで、ヴァレイラはそんな組織の存在など知る由もなかった。


「おい、魔女だ!」


「なんて素晴らしい獲物だ! これほどの逸材が手に入るとはな!」


「我らがレディへの捧げ物として、これ以上のものはないぞ!」


襲撃者たちはヴァレイラを一目見ただけで、彼女が高位の魔女であると見抜いたらしい。彼らは思わぬ収穫に歓喜し、口々に叫んだ。


その言葉から、彼らが『レディ』と呼ぶ何者かのために、特定の人物を捕らえ、捧げ物として連れ帰ろうとしていることがうかがえた。


ヴァレイラが落ち着いて反応し、目的を問いただそうとするよりも早く、五人は一斉に動いた。


水と土の属性魔法が、恐ろしいほどの精度と容赦のなさで彼女に襲いかかった。


[第三節:最初の反撃]


魔法の弾丸がヴァレイラの服と髪をかすめた。


彼女は間一髪で横へ飛び、紙一重のところで攻撃をかわした。


どうにか体勢を立て直したものの、長い紫髪は乱れ、額には深いしわが刻まれていた。


何より、女神のごとき自尊心が、これ以上ないほど傷ついていた。


(……ちょっと、何なのよ、この礼儀知らずで品のない連中は!


私の完璧な美貌を邪魔したうえに、まともな自己紹介すらせずに襲いかかってくるなんて!


失礼にもほどがあるでしょうが! 最低限の礼儀というものを知らないの!?)


怒りを抑えながらも、優雅さだけは失わず、ヴァレイラは即座に反撃へと転じた。


彼女の周囲に、眩いばかりの光を放つダイヤモンドの結晶が生み出される。


「――《ダイヤモンド・バースト》!」


放たれた魔法は、正確無比な一撃となって襲撃者の一人を直撃した。


その威力は凄まじかった。


男の身体は瞬く間に輝く結晶に覆われ、次の瞬間には空中で粉々に砕け散った。残された痕跡は、きらめく結晶の欠片が消えゆく光の粒だけだった。


[第四節:力の激突と限界]


仲間が一瞬にして倒されたのを目の当たりにし、残る四人の『黒き悪魔』の構成員たちは、一斉に魔力を空へと集中させた。


水と土、それぞれの属性魔法が混ざり合い、巨大な魔力の奔流へと変化する。


次の瞬間、凄まじい勢いで押し寄せる魔力の波が、ヴァレイラを飲み込もうと迫った。


「くっ……!」


彼女は《ダイヤモンド・バースト》を防御に転用し、分厚く頑丈な結晶の障壁を展開した。


直後、両者の力が激突する。


轟音とともに凄まじい衝撃が周囲へと広がり、眩い閃光が一瞬にしてソラリア王国のほぼ全域を照らし出した。


しかし、四人分の魔力を受け止める障壁には、次第に危険な亀裂が走り始める。


結晶が悲鳴を上げるように軋む中、ヴァレイラは心の中で悪態をつきながら、必死に状況を分析した。


(……ちょっと、冗談じゃないわよ!


このゴミども、魔力を合わせることで私を上回っているじゃない!


でも……こいつらは、生まれながらの魔女じゃない。


魔力の扱いにも限界があるはずよ。


ここでもう少し耐えれば、先にマナが尽きるのは向こうのほう!


そうなれば、勝つのは私よ……!)


女神を自称する者としての誇り。そして、何があっても簡単には屈しない強い意志。


その二つが、彼女を支えていた。


ヴァレイラは障壁を維持しながら、敵の魔力が尽きるまでの時間を冷静に計算し始めた。


[第五節:叶った願いとメガフレア]


拮抗する力の中で、ヴァレイラは必死に突破口を探していた。


このままでは、いつ障壁が破られてもおかしくない。


そのとき、彼女の心の奥底から、ある強烈な願いが湧き上がった。


――炎の魔法が欲しい。


水と土の魔法を使う敵を、一気に打ち破れるほどの強力な炎の力が。


今すぐに。何としてでも。


その願いが最高潮に達した瞬間、かつて図書館で読んだ、謎めいた神話の書物が脳裏をよぎった。


直後、彼女の手のひらが強烈な熱を帯びた。


熱は腕全体へと広がり、指先には小さな炎の火花が次々と灯り始める。


ヴァレイラはそれを見つめ、何をすべきか直感的に理解した。


彼女は両手を冷たい地面へと押し当て、体内に残されたマナを限界まで集中させる。


そして、まだ一度も扱ったことのない、新たな魔法を解き放った。


「――《メガフレア》!!」


その頃、四人の襲撃者たちは、すでに勝利を確信していた。


「さて、こいつを生かしてレディに献上するか?」


「それとも、死体でも構わないんじゃないか?」


「どちらにせよ、もう逃げられまい!」


余裕たっぷりに言葉を交わし、警戒を緩める四人。


だが、その足元では、地面が急激に熱を帯び始めていた。


大地が震え、亀裂の隙間から赤い光が漏れ出す。


「な、何だ!?」


気づいたときには、もう遅かった。


次の瞬間、地下から巨大な炎と溶岩の柱が噴き上がった。


まるで怒り狂った火山が地上へと牙をむいたかのような、圧倒的な熱量と破壊力。


逃げる間もなく、四人の襲撃者たちは炎に飲み込まれ、瞬く間に灰と黒煙へと変わった。


轟音が夜空を震わせ、やがて炎の柱はゆっくりと収まっていった。


その場に残ったのは、焦げた大地と、立ち上る煙。そして、静寂だけだった。


[第六節:余波と新たな疑問]


炎の魔法を使うのは、これが初めてだった。


しかも、まだまともに制御できていない。


その代償は、あまりにも大きかった。


体内のマナをほとんど使い果たしたヴァレイラは、全身から力が抜け、崩れ落ちるように膝をついた。


「はぁ……はぁ……。ちょっと……今の、さすがに無茶しすぎたわね……」


荒い息を繰り返しながら、彼女は必死に意識を保った。


しかし、身体の疲労以上に、彼女の心を支配していたのは、解決されない疑問だった。


(……あいつらの目的は、ソラリア王国の征服なんかじゃなかった。


最初から、私個人を狙っていたのよ。


わざわざ私を捕らえて、あの『レディ』とやらに捧げようとしていた……。


どうして私なの?


あのレディって、一体何者なのよ……?


そして、どうしてそこまでして私を欲しがるわけ!?)


答えは、何一つ見つからなかった。


そのときだった。


「ヴァレイラさん!!」


聞き覚えのある声が、夜の静寂を破った。


駆けつけてきたのは、心配そうな表情を浮かべた王女エララだった。その隣には、エメラルドグリーンの髪を持つ宮廷魔女の姿もあった。


「ヴァレイラさん! 大丈夫ですか!? ひどく疲れているじゃありませんか!」


エララはすぐさま彼女のそばに駆け寄り、心配そうに顔をのぞき込んだ。


宮廷魔女も加わり、二人は慎重にヴァレイラを介抱した。


やがて、残っていた王国の兵士たちの護衛を受けながら、一行は城へと戻っていった。


***


その後、ヴァレイラは無事に城へと運ばれ、少しずつ体力を回復させていった。


しかし、身体が休まっても、頭の中から疑問が消えることはなかった。


『黒き悪魔』とは何者なのか。


彼らが仕えるという『レディ』の正体は何なのか。


そして、願っただけで新たな力を手に入れた、この炎の魔法は一体何なのか。


ヴァレイラはまだ知らない。


今夜の戦いが、彼女をさらなる謎と危険へ導く、新たな始まりにすぎないことを。

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