第1アーク: 第11章: 夢の声と図書館の秘密
[第一節:謎めいた夢と極上のベッドでの目覚め]
「……ヴァレイラ……」
誰かが私の名前を呼んでいた。
その声は、どこか懐かしく、それでいて遠い場所から響いてくるようだった。
「ヴァレイラ……聞こえていますか……?」
(として……?)
声の主を確かめようとした瞬間、目の前の景色がぼやけ始めた。
姿は見えない。ただ、私のことを知っている誰かが、暗闇の向こうから語りかけている。
「あなたは……まだ……」
「待って! 最後まで言ってよ!」
手を伸ばした瞬間、私は目を覚ました。
「……はっ!?」
見慣れない天井。柔らかな枕。身体全体を包み込む、信じられないほどの寝心地。
そう、ここはソラリア王城の客室だ。
「……夢?」
私はゆっくりと上半身を起こし、ぼんやりと周囲を見回した。
昨日はいろいろありすぎた。女王様との面会に、聖なる竜エラリアの伝説、そして王国を守る聖なる盾の話。
おまけに、夜には危険な任務まで待っている。
「はぁ……。美しい私の人生、どうしてこんなに忙しいのかしら……」
私は髪をかき上げ、優雅にため息をついた。
……本当は、もう少し寝ていたかった。
そのとき、ベッドのすぐそばから小さな寝息が聞こえてきた。
「……んにゃ……」
「……え?」
視線を向けると、そこには丸くなって眠るブリーナの姿があった。
まるで猫のように身体を縮め、私のベッドのすぐそばで気持ちよさそうに眠っている。
「ちょ、ちょっと!? なんであなたがそこにいるのよ!?」
私が小声で叫んでも、ブリーナは起きる気配がない。
「……まったく。人の部屋で堂々と寝ちゃって……」
そう言いながらも、私は彼女を起こさないようにそっと布団を整えた。
すると、ブリーナの目がゆっくりと開いた。
「……ん……ヴァレイラ……さま……?」
「お、おはよう。よく眠れた?」
次の瞬間。
「ヴァレイラさまぁぁぁ~! おはようございますっ!」
「うわっ!? ちょっと、急に抱きつかないで!」
ブリーナは勢いよく私に抱きつき、満面の笑みを浮かべた。
「えへへ! ヴァレイラ様と一緒に朝を迎えられるなんて、ブリーナは幸せです!」
「はいはい……。分かったから、そろそろ離れてちょうだい!」
(……まったく。この子、朝から元気すぎるでしょう……!)
こうして、私の慌ただしい一日が始まった。
◆◆◆
[第二節:廊下での申し出と王女の願い]
身支度を整え、ブリーナと一緒に部屋を出た私は、王城の廊下を歩いていた。
窓から差し込む朝の光が、磨き上げられた床を照らしている。
王城というのは、どこを見ても立派なものだ。
……できれば、こんな場所で優雅に暮らしたい。
おいしい料理を食べて、きれいな服を着て、ふかふかのベッドで眠る。
それこそ、私にふさわしい生活というものだ。
「ヴァレイラ様!」
背後から声をかけられ、振り返る。
そこにいたのは、ソラリアの王女エララだった。
長い金髪が朝の光を受けて輝き、彼女の穏やかな表情にはいつもの優しさが浮かんでいた。
「おはようございます、エララ様」
「おはようございます。ヴァレイラ様、少しお話ししてもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ! 美しい私に相談したいことがあるのね?」
「えっと……はい。実は、今夜の任務についてなのですが……」
エララは少し迷うように視線を落としたあと、真剣な表情で私を見つめた。
「私も、ヴァレイラ様と一緒に行かせていただけませんか?」
「……え?」
思わず聞き返してしまった。
「今夜の任務は危険なのよ。あなたがついてくる必要はないわ」
「ですが、私もソラリアの王女です。国を守るために、できることがあるはずです」
その言葉には、王女としての責任感が込められていた。
……まったく。この国の王族は、どうしてこうも真面目なのだろう。
「エララ様。あなたには、あなたにしかできない役目があるでしょう?」
「それは……」
「あなたが王城にいて、ソラリアを守ってくれる。それだけでも十分なのよ」
私は胸を張り、できる限り堂々とした声で言った。
「今夜の任務は私に任せなさい! この美しいヴァレイラ様が、きっちり片づけてきてあげるわ!」
「ヴァレイラ様……」
エララは私を見つめたまま、少しだけ頬を赤くした。
「……ありがとうございます。ですが、どうかご無理はなさらないでくださいね」
「ふ、ふん! 私を誰だと思っているの? この程度の任務、どうってことないわ!」
(……うぅ。そんな真剣な顔で見つめないでよ。なんだか調子が狂うじゃない……!)
私は照れ隠しに顔をそらした。
その様子を、隣にいたブリーナがじっと見つめていた。
「……むぅ」
「……ブリーナ?」
「なんでもありません!」
そう言いながら、彼女はぷいっと顔を背けた。
……何なのよ、いったい。
◆◆◆
[第三節:王女の務めと夜の任務]
「エララ様。失礼いたします」
そのとき、廊下の向こうから侍女がやってきた。
「女王陛下がお呼びです。王女としてのお務めについて、お話があるとのことです」
「……分かりました。すぐに参ります」
エララは小さくうなずき、私のほうへ向き直った。
「ヴァレイラ様、私はこれから母上のところへ行かなければなりません」
「ええ。王女のお仕事、頑張ってきなさい!」
「はい。……それから、今夜の任務ですが」
彼女は少しだけ言葉をためらった。
「どうか、無事にお戻りください」
「……っ!」
予想していなかった言葉に、私は一瞬だけ固まった。
「も、もちろんよ! 私が簡単に負けるわけないでしょう!」
「ふふっ……。そうですね」
エララは優しく微笑んだ。
「それでは、行ってまいります」
彼女が侍女とともに去っていくのを見届けてから、私はようやく息を吐いた。
「……まったく。朝から心臓に悪いわね」
「ヴァレイラ様?」
ブリーナが私の顔をのぞき込む。
「……何よ?」
「エララ様と、とっても仲がいいんですね?」
「はぁ!? べ、別に普通よ、普通!」
「ふぅ~ん……?」
ブリーナは疑わしそうに目を細めた。
「……ブリーナ、何か言いたいことでもあるの?」
「いえ! なーんにもありません!」
そう言って、彼女は私の隣にぴったりとくっついた。
(……絶対、何か考えてるわね、この子……!)
その後、私は夜の任務に備えるため、王城の図書館へ向かうことにした。
◆◆◆
[第四節:王立図書館と小さな護衛志願者]
王立図書館は、王城の中でも特に静かな場所だった。
高い天井まで届く書架には、古い歴史書や魔法に関する書物がぎっしりと並んでいる。
「おお……!」
思わず声が漏れた。
「すごいわね、ここ……。こんなに本があるなんて!」
「ヴァレイラ様、本がお好きなんですか?」
「も、もちろんよ! 知識は美しさを磨くためにも必要なの!」
……実際のところ、私は今夜の任務に役立つ情報を探しに来たのだ。
危険な相手と戦うなら、少しでも事前に知識を仕入れておきたい。
ザルヴォクとの戦いを思い出すだけで、背筋が冷たくなる。
あの圧倒的な闇の力。あの恐ろしい存在を前に、私は自分の力だけではどうにもならないことを思い知らされた。
(……もう、あんな思いはしたくないわ)
私は本棚を見上げ、必要そうな書物を探し始めた。
ところが、ブリーナは私の隣から離れようとしなかった。
「ヴァレイラ様!」
「……何?」
「今夜の任務、ブリーナも一緒に行きます!」
「……は?」
あまりにも突然の宣言に、私は思わず本を取り落としそうになった。
「だ、駄目よ!」
「どうしてですか!?」
「どうしても何も、危険だからに決まっているでしょう!」
ブリーナは不満そうに頬を膨らませた。
「でも、ブリーナだって弓が使えます! ヴァレイラ様のお役に立てます!」
「あなたの実力を疑っているわけじゃないわ」
私は彼女の目をまっすぐに見つめた。
「でも、今夜の任務は遊びじゃないの。何が起こるか分からないのよ」
ブリーナは黙り込んだ。
その顔を見ていると、ザルヴォクの姿が脳裏によみがえる。
あのとき、彼女がどれほど恐ろしい思いをしたのか、私は知っている。
(……この子を、もう一度あんな危険に巻き込みたくない)
私は心の中でそう決めた。
「ブリーナ。今夜は王城で待っていなさい」
「……でも……」
「これは命令よ」
少し厳しい口調になってしまった。
ブリーナはしばらく私を見つめていたが、やがて小さくうなずいた。
「……分かりました」
その声には、まだ納得していない様子が残っていた。
私は彼女の頭を軽くなでた。
「いい子ね。あなたには、あなたにできることがあるわ」
「……本当ですか?」
「もちろんよ! 私が言うんだから間違いないわ!」
「……えへへ」
ブリーナはようやく少しだけ笑顔を見せた。
私は再び本棚へ向き直った。
今夜の任務について調べるには、まずこの世界の魔法と、神獣たちの歴史を知る必要がある。
そのために手に取ったのは、古い時代の伝承をまとめた一冊の本だった。
◆◆◆
[第五節:十神獣の伝承と三つの聖なる武具]
本を開くと、古い文字で記された歴史が目に飛び込んできた。
この世界では、生まれながらにして純粋なマナを持つ者は非常に少ない。
そうした者たちは、魔法を扱う才能に恵まれた存在――すなわち、真の魔法使いとして知られているらしい。
「……へぇ。魔法使いって、そんなに珍しい存在だったのね」
私はページをめくりながら、思わずつぶやいた。
これまで自分が魔法を使えることを、当たり前のように考えていた。
けれど、この世界では、それ自体が特別な才能なのだ。
(……ふふん。つまり、私は生まれつき特別な存在ってことね!)
自分に都合のいい結論にたどり着き、私はひとりで満足した。
「……さて、次は神獣についてね」
本には、かつて世界に存在した十体の神獣について記されていた。
十体の神獣は、それぞれ異なる力を持ち、世界の均衡を支えていたという。
しかし、そのうち七体は闇に堕ち、世界に災厄をもたらす存在となった。
残る三体は闇に屈することを拒み、人々を守るために立ち上がった。
その中でも、とりわけ重要な存在として記されていたのが、聖なる竜エラリアだった。
「……エラリア……」
私はその名前を口にした。
ソラリア王国が聖なる竜の加護を受けているという話は、女王セラフィーナから聞いたばかりだ。
本によれば、エラリアは人々を守るために、二つの聖なる秘宝を生み出したという。
一つは、光のクラウンアームズ。
その力は、ソラリア王国の王族へと受け継がれてきた。
「なるほど……。だからエララ様が、あんなにも重要な存在なのね」
私はページの記述を慎重に読み進めた。
だが、もう一つの秘宝については、詳しい情報が残されていなかった。
「……え? もう一つは?」
どれだけページを探しても、そこに記されているのは、エラリアが二つの秘宝を生み出したという事実だけだった。
もう一つが何なのか、どこにあるのか、誰が持っているのか――その答えは見つからない。
「ちょっと! 肝心なところが書いてないじゃない!」
私は本に向かって文句を言った。
もちろん、本が返事をするはずもない。
「……まったく。大事な情報なんだから、ちゃんと書いておきなさいよね!」
気を取り直して、私は別の神獣について調べることにした。
次に目に留まったのは、月の神獣イシラの伝承だった。
イシラは月の力を司る神獣であり、月のクラウンアームズを生み出したとされている。
その中でも特に有名なのが、永遠の月槍。
幻影や偽りを見破る力を持つ、神秘的な武具だという。
「幻影を見破る槍……。それは便利そうね」
記録によれば、その武具はギルデッド・ヴァンのゴールドクレスト家に受け継がれているらしい。
「ギルデッド・ヴァン……ゴールドクレスト家……。覚えておきましょう」
私は本の余白に目印をつけた。
続いて、破滅の神獣ゼラクについての記述を見つけた。
ゼラクは破壊の力を司り、破滅のクラウンアームズを生み出した存在だという。
その代表的な武具は、原初の審判大剣。
結界すら打ち砕くほどの力を秘めた、恐るべき大剣だ。
その武具は、エルドリアンのフォン・ドラケンハート家が保有していると記されていた。
「結界を破壊する大剣に、幻影を見破る槍……。この世界、物騒な武具が多すぎない?」
私は思わず苦笑した。
さらに本には、三体の神獣が協力し、闇に堕ちた七体の神獣を退けたという伝承が記されていた。
だが、七体は完全に消滅したわけではない。
彼らはどこかに潜み、再び世界を脅かす機会をうかがっているという。
「……ザルヴォクも、その一体だったのよね」
そう考えると、胸の奥が少し重くなった。
あの黒い狼の姿が、再び脳裏に浮かぶ。
この世界には、まだ私の知らない危険がいくつも潜んでいるのだ。
そして、その危険に立ち向かうためには、もっと知識を身につけなければならない。
「……よし。今夜の任務のためにも、もう少し調べておきましょう」
私は本を閉じ、別の資料を探し始めた。
◆◆◆
[第六節:失われた秘宝と夜の出発]
気がつけば、図書館の窓から差し込む光は、すっかり弱くなっていた。
「……え?」
私は顔を上げた。
窓の外は、すでに夕暮れを越え、夜の色に染まり始めている。
「うそ……。もうこんな時間!?」
慌てて周囲を見回すと、ブリーナはテーブルに突っ伏して眠っていた。
「……すぅ……すぅ……」
しかも、口元からよだれまで垂らしている。
「ちょっと、ブリーナ! こんなところで寝ないでよ!」
私は彼女の肩を軽く揺すった。
「……んん……ヴァレイラ様ぁ……」
「起きなさいってば!」
ブリーナは少しだけ身じろぎしたものの、すぐにまた眠り込んでしまった。
「……もう。結局、ここでも寝るのね……」
私はため息をついた。
けれど、彼女が眠っているのを見ていると、無理に起こすのもかわいそうに思えてくる。
今夜の任務に連れていくつもりはない。
危険な場所へ向かうのは、私ひとりで十分だ。
「……さて、と」
私は調べていた本を元の場所へ戻し、夜の任務に必要な装備を確認した。
エラリアが生み出したという、もう一つの秘宝。
十体の神獣と、闇に堕ちた七体。
そして、ソラリア王国を取り巻く謎。
調べれば調べるほど、分からないことが増えていく。
(……私、いったい何に巻き込まれているのかしら)
本当なら、私はもっと気楽に暮らしたいだけなのに。
きれいな服を着て、おいしいものを食べて、魔法で華麗に活躍して――ついでに、できればお金持ちにもなりたい。
それなのに、気づけば世界の命運に関わりそうな話ばかりが目の前に転がっている。
「……はぁ。仕方ないわね」
私は帽子をかぶり直し、装備を整えた。
「この美しいヴァレイラ様が、ひと肌脱いであげるわ!」
もちろん、怖くないと言えば嘘になる。
それでも、今夜の任務を放り出すわけにはいかなかった。
私は眠っているブリーナを一度だけ振り返った。
「……ちゃんと待っているのよ」
小さくそう告げてから、私は図書館を後にした。
王城の廊下は静まり返り、窓の向こうには夜の闇が広がっている。
今夜、何が待ち受けているのかは分からない。
それでも、私は足を止めなかった。
こうして私は、誰にも気づかれないように、ひとりで夜の任務へと向かった。




