第1アーク: 第10章: 聖なる盾と極上のベッド
[第一節:女王の警戒と聖なる盾]
願いのグリモワールから放たれた紫色の閃光を、誰も見逃すことはなかった。
つい先ほどまで母親のような温かさを放っていたセラフィーナ女王の表情が、一瞬にして変わった。
その顔は真剣そのもの。まるで軍人のような鋭さを帯びていた。
「衛兵! すぐに城の周辺を調査しなさい! 可能な限り早く報告を!」
兵士たちは一斉に駆け出していった。
エララは緊張したように身をこわばらせ、ブリーナはヴァレイラのスカートにぴったりと身を寄せた。
緑色の髪をした眼鏡の魔法使いも、眼鏡の奥で眉をひそめている。
セラフィーナは穏やかに手を上げ、場の空気を落ち着かせようとした。
「恐れることはありません。聖なる竜エラリアの加護と守護がある限り、ソラリア王国がいかなる悪に脅かされることもありません」
エララは安堵の息を吐き、心の中で静かに守護神へ祈りを捧げた。
しかし、ヴァレイラはただ虚空を見つめていた。
(……聖なる竜?
エラリア?
私、竜を崇める国で仕事を始めちゃったの……?
しかも、みんなまるで神話の世界に住んでるみたいな話し方をしてるし……。
私はただ、ダイヤモンドのドレスが欲しくて、この傷跡を消したいだけなのに……。
……私、いったい何に巻き込まれてるの?)
新しい現実を理解しようとしたヴァレイラの脳内は、完全にショートしていた。
◆◆◆
[第二節:下町の散策とドレスの苦痛]
重くなった空気を変えるため、エララは再びヴァレイラの手を取り、満面の笑みを浮かべた。
「さあ、町を散歩しましょう! きっと気に入りますよ!」
そう言うと、許可を求めることもなくヴァレイラを城の外へと引っ張っていった。
エララにとっては楽しい散歩。
しかし――
ヴァレイラにとっては、まさに中世の拷問だった。
(……この安物の布、肌に擦れて痛い……。
泥が足首に付いてる……。
一般人が私を見てる……。
歩くたびに、私の女神としての尊厳が崩れていく……。
ヒールブーツが欲しい!
シルクが欲しい!
ダイヤモンドが欲しい!!)
心の中の不満は、回を重ねるごとに大げさになっていった。
服の苦痛から気を紛らわせるため、ヴァレイラは二人きりになったこの機会を利用することにした。
「ねえ、エララ……」
ヴァレイラは隣を歩く彼女に尋ねた。
「森で、どうやってあんなに強い光の力を引き出したの?
ザルヴォクを追い払った、あの力よ」
◆◆◆
[第三節:クラウンアームズの伝承]
エララは驚いたように、一瞬足を止めた。
「……Crown Arms?」
そして、彼女らしい純粋な笑顔を浮かべる。
「ああ……私にとっては自然なことなんです」
エララは説明を続けた。
「Crown Arms――王族の血を受け継ぐ者だけが授かる、神聖な力や神器のことです」
彼女が手を掲げると、手のひらに柔らかな黄金の光が輝いた。
「私は、家族から受け継いだCrown Arms of Lightを持っています」
そして、誇らしげに続けた。
「この世界に存在するすべてのCrown Armsは、遥か昔に三柱の守護神によって創造されたものなんです」
ヴァレイラは黙って話を聞きながら、頭の中で情報を整理していった。
(……Crown Arms……。
三柱の守護神……。
十柱の破壊神……。
この世界、私が思っていたよりずっと広くて、ずっと危険なのね。
そして私は……。
ただ可愛くなって、お金持ちになりたかっただけなのに……)
その瞬間、ヴァレイラは初めて、この世界で起きている争いの本当の規模を少しだけ理解し始めていた。
◆◆◆
[第四節:夕暮れの屈辱と甘い笑み]
太陽が沈み始め、空がオレンジと黄金色に染まっていく。
ヴァレイラは、もう限界だった。
「……足が痛い。
もう歩きたくない……。
これは虐待よ……」
まるで倒れる寸前の歌姫のように、大げさな愚痴をこぼす。
エララは思わず、くすりと笑った。
その笑い声は、とても優しく、澄んでいた。
ヴァレイラの顔が一瞬で赤くなる。
(……笑われた!
私の弱さを馬鹿にしてる!
女神たるもの、歩いたくらいで疲れるはずがないのに!
……くっ、なんでまた顔が熱くなるのよ!?)
ヴァレイラの脳内で繰り広げられる大騒ぎと、エララの楽しげな笑顔。
そんな二人の時間は、あっという間に過ぎていった。
二人は夕暮れの光に照らされながら、城へと戻っていった。
◆◆◆
[第五節:未帰還の部隊と理不尽な任務]
城門をくぐった瞬間、空気が変わった。
セラフィーナ女王が、不安そうな表情で二人を出迎える。
「紫色の光を調査するために派遣した衛兵たちが……」
女王は重々しく続けた。
「まだ戻っていません。もう遅すぎます」
ソラリアに夜が訪れようとしていた。
セラフィーナは決意したような眼差しでヴァレイラを見つめる。
「これ以上、夜の中へ普通の兵士たちを危険にさらすわけにはいきません」
そして、はっきりと告げた。
「王国の正式な魔導師として……」
「あなたに最初の任務を与えます」
「衛兵たちに何が起きたのか、調査してきなさい」
ヴァレイラは、その場で凍りついた。
(……え?
任務?
夜に?
ちょっと待って!?
私、自分の意思でグリモワールを発動する方法すら分かってないんだけど!?
あの力だって、偶然出ただけなのよ!?
それなのに、いきなり危険地帯に行けっていうの!?
ちょっとぉぉぉぉぉぉ!!!)
ヴァレイラの脳内は、パニックと絶望とツッコミで完全に爆発していた。
◆◆◆
[第六節:通路の告白と極上のベッド]
夜も更けた頃、二人は寝室へ向かう廊下を歩いていた。
すると、エララが突然足を止めた。
「ヴァレイラさん……」
その瞳には、特別な光が宿っていた。
「今日は……一緒に過ごしてくれて、ありがとう」
エララは素直な気持ちを言葉にする。
「あなたのそばにいると……今まで感じたことのない、不思議な気持ちになるんです。
それが何なのか……私自身にも、まだよく分かりません」
ヴァレイラの顔が、一気に真っ赤になった。
しかし、強気で無関心な少女を装いながら、視線を逸らして小さく呟く。
「……別に」
だが、その胸の内では――
(……まったく。
今日一日、彼女と一緒に過ごしたのも……。
……悪くなかった、けど……)
二人は別れ、それぞれの部屋へ向かった。
ヴァレイラは割り当てられた部屋に入ると、大きく息を吐いた。
そして――ベッドを見た。
「……おお」
それは巨大だった。
ありえないほど柔らかく、ふわふわしている。
前世でも、そしてこの世界に来てからも、一度も触れたことがないほどの柔らかさだった。
ヴァレイラは、傷も、傷跡も、危険な任務も、グリモワールへの恐怖も、すべて忘れた。
そのままベッドへ倒れ込む。
「……最高……」
そして――
ヴァレイラは赤ん坊のように、あっという間に眠りについた。
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