第22話
みんなで力を合わせ始めてから、およそひと月が経った。
「今日も、無事に配達完了しました!」
ゲオルグさんが、額の汗を拭いながら、そう報告してくれた。街のあちこちに、集めた食材を届ける日々が続いている。
「困ってる家庭のリスト、もうほとんど回りきったわ」
ハンナさんも、達成感のある表情で言った。
街全体の食料事情は、あの集会の日から、着実に改善していった。農家の人たちが少しずつ持ち寄ってくれた作物、クラウスが調達してきた周辺の街や村からの食材、そして、みんなで手分けして届けた支援。それらが組み合わさって、街全体を支える大きな流れになっていた。
「ミーシャちゃん、うちの畑もなんとか立て直せそうだよ」
隣に住む農家のおじさんが、明るい顔でそう報告してくれた。
「よかったです! みんなで頑張った甲斐がありましたね」
「ああ。お前さんが声をかけてくれなかったら、こうはならなかったよ」
その言葉に、私は思わず照れくさくなった。
ある日、宿にクラウスが訪れた。彼の父親も一緒だった。
「お邪魔します」
クラウスの父親は、これまで直接顔を合わせたことがなかった。恰幅のいい、いかにも貫禄のある佇まいの男性だった。
「あなたが、ミーシャさんですね」
「は、はい! よろしくお願いします」
緊張しながら挨拶すると、彼は意外にも柔らかい表情を見せた。
「今回の件、息子から詳しく聞きました。あなたの街の人たちとの繋がりと、うちの流通網。それが組み合わさったことで、多くの人が救われたと」
「私一人の力じゃないです。街のみんなが、それぞれ力を貸してくれたので」
「その"みんなを巻き込む力"こそが、あなたの強みなんでしょうな」
そう言って彼は感心したように頷いた。
「正直に言うとこれまで、うちの宿とあなたの宿は、単なる競争関係だと思っていました。しかし、今回のことで少し考えが変わりました」
「考えが変わった、というのは」
「競い合うだけでなく時には協力し合うことも、街全体のためになる。そういうこともあるのだと」
その言葉に、私は思わず、隣に立つクラウスと目を見合わせた。
「息子が、あなたの宿のやり方に感化されているのも今回のことでよくわかりました。効率だけでは測れない価値というのも、あながち間違いではないのかもしれませんな」
クラウスの父親は、そう言って少し照れくさそうに笑った。その表情は、クラウスの笑い方とどこか似ている気がした。
「これからも、良い関係を築いていければと思います」
「はい!こちらこそ、よろしくお願いします」
丁寧に挨拶を交わして、クラウスの父親は帰っていった。その背中を見送りながら、クラウスが小さく息を吐いた。
「まさか父があんな風に言うとは、思いませんでした」
「クラウスさんも驚いた顔してましたね」
「ええ。あなたのおかげです。街の人たちを巻き込んでいく、あなたのやり方を見て、私自身も色々と考えさせられました」
そう言って、彼は柔らかく微笑んだ。
数日後、街の広場で危機を乗り越えたことを祝う、小さな集まりが開かれることになった。街中の人たちが持ち寄った食材で、ささやかなお祭りのような雰囲気になった。
「ミーシャちゃん、今日は本当にありがとう」
「おかげで、うちの子供たちもちゃんとご飯食べられました」
次々と声をかけられて、私は嬉しさと同時に、少し照れくさい気持ちになった。
「私一人の力じゃないですよ。みんなが力を貸してくれたから、乗り越えられたんです」
そう答えながらも、この街の一員として、少しでも役に立てたことを、心から嬉しく思っていた。
広場の隅で、両親やリナ、ハンナさん、ゲオルグさんと一緒に、賑わう街の様子を眺めていると、クラウスがそっと隣にやってきた。
「良い街ですね、ここは」
「はい。私も、そう思います」
夕焼けに染まる広場を眺めながら、これまでの日々を振り返っていた。六歳のあの日から始まった長い道のり。畑を耕し、料理を磨き、宿を立て直し、そして今、街全体の危機を、みんなと一緒に乗り越えた。
一つ一つの経験が、確かな自信となって、今の自分を支えてくれている。そのことを、改めて実感する夜だった。
(この街で、この人たちと一緒に、これからも生きていきたいな)
そんな想いが、静かに、胸の中に広がっていた。




