第21話
「まず、街全体の食材の在庫状況を正確に把握する必要があります」
翌日の夜、宿の食堂には思いのほか多くの人が集まっていた。両親はもちろん、近所の農家のおじさんやおばさん、市場のおばさん、リナやハンナさん、ゲオルグさん。そして、クラウスの姿もあった。
「みんなで力を合わせないとこの状況は乗り越えられないと思います」
私がそう切り出すと、集まった人たちが、真剣な顔で頷いた。
「うちの畑、幸いそこまで被害がなかったの。少しなら分けられる野菜があるわ」
母さんがそう言うと、隣で父さんも続けた。
「宿の在庫も必要な分は出し合おう」
「うちもまだ余力のある小麦、少し出せると思う」
農家のおじさんが、そう申し出てくれた。
「私からは」クラウスが、テーブルに地図を広げながら言った。
「うちの流通網を使って、隣接する街や村から、まだ余裕のある食材を調達できないか当たってみます」
「私は、市場の伝手を使って他の商店にも声をかけてみよう」
市場のおばさんも、力強く手を挙げてくれた。
「力仕事なら任せてください」
ゲオルグさんが、真面目な顔でそう申し出た。
「じゃあ、私は食材の運搬とか、みんなの連絡係をやります!」
リナも元気よく手を挙げる。
「私は、子育て中の家庭を中心に様子を見て回るわね。困ってる家庭を見落としちゃいけないもの」
ハンナさんの言葉にみんなが頷いた。
こうして、その場にいた誰もが自分にできることを一つずつ申し出ていった。効率的な流通の知識を持つクラウス。街の人たちとの繋がりを持つ私や市場のおばさん。力仕事が得意なゲオルグさん。細やかな気配りができるハンナさん。それぞれの強みが、少しずつ組み合わさっていく。
「役割分担が自然とできましたね」
クラウスが少し驚いたようにそう呟いた。
「うん。一人じゃ絶対にできないこともみんなでやれば、なんとかなりそうな気がする」
翌日から私たちは本格的に動き出した。
私と市場のおばさんは、街中の農家や商店を手分けして回ることにした。
「ミーシャちゃん、うちも正直厳しいんだよ」
「わかってます。でも、みんなで少しずつ持ち寄ればなんとかなるかもしれません」
一軒一軒、丁寧に事情を説明し、協力をお願いして回った。中には最初は渋る人もいた。
「うちだって余裕なんてないのに」
「はい、わかります。でも、このまま誰も協力しなければ、街全体がもっと大変なことになります。少しずつでいいので力を貸してもらえませんか」
そんな中、近所のおじさんが率先して声を上げてくれたことも大きな後押しになった。
「ミーシャちゃんのところは、あの嵐の後も諦めずに畑を立て直した。信用できる」
その一言で、渋っていた人たちの態度も少しずつ軟化していった。
一方、クラウスは、自分の家の流通網を駆使して、周辺の街や村から食材を調達する交渉を進めていた。
「隣の領地の商会となんとか話がつきました。多少割高にはなりますが、必要な分の小麦を確保できそうです」
「本当ですか! ありがとうございます」
「実は、トーマスさんが協力してくれたんだよ」
「えっ…」
「彼もこの街を大切に思ってるんだね」
クラウスがそう言って微笑むと胸がじんわりと温かくなった。宿での縁が広がっている事を感じた。
ゲオルグさんは、調達してきた食材の運搬を一手に引き受けてくれた。
「これくらいならまだまだいけます」
そう言って重い荷物を軽々と運ぶ姿は、頼もしい限りだった。
ハンナさんは、子育て中の家庭を中心に見て回り、特に困っている家庭の情報を集めてくれた。
「あそこのお宅、赤ちゃんがいて大変そうだったわ。優先して食材を届けましょう」
その細やかな気配りのおかげで、支援が本当に必要な人たちのところに、きちんと物資が届くようになった。
私たちは、毎晩のように宿に集まって進捗を共有し合った。
「今日は、こちらの三軒から余っている野菜を分けてもらえることになりました」
「私の方は、隣村から豆を融通してもらえる目処が立ちました」
「配達、順調に回せてます!」
「困ってる家庭のリスト、だいぶ整理できたわ」
少しずつ、でも確実に街の食料事情は改善の兆しを見せ始めていた。
「これは、一人や二人でできることじゃなかったですね」
クラウスがしみじみとそう呟いた。
「うん。みんながそれぞれの得意なことを持ち寄ってくれたから」
そんなある日、街の広場で住民集会が再び開かれた。
「実は、色々な人の協力のおかげでなんとか食材の確保の目処が立ちました」
私がそう報告すると、集まった人たちから、安堵の声が上がった。
「本当か、ミーシャちゃん」
「はい。すべての家庭が今まで通りとはいきませんが、少なくとも、飢えることはないと思います。ここにいるみんなが力を貸してくれたおかげです」
拍手が起こる中、私は隣に立つ両親や、クラウス、リナたちと、順番に目を合わせた。誰もが満足感を滲ませていた。
「一人じゃ絶対にここまでこれませんでした」
集会の後、私はしみじみとそう言った。
「本当に。みんなの力があってこそだよ」
母さんも、感慨深そうに頷いていた。
その夜、宿に戻るとみんなでささやかな打ち上げをすることになった。
「乾杯!」
みんなの笑顔に囲まれながら私は改めて、この街の人たちへの感謝の気持ちを噛みしめていた。
窓の外、少しずつ落ち着きを取り戻していく街の様子を眺めながら、私は静かに安堵の息をついた。まだ完全に解決したわけじゃない。それでも、確かな前進を感じられる夜だった。
(一人の力じゃなくて、みんなの力が集まったから、ここまでこれたんだな)
その実感が、何よりも温かく胸に残っていた。




