第20話
クラウスとの関係に、静かな変化が生まれてから、しばらく穏やかな日々が続いていた。
そんなある日、市場に買い出しに出かけると、いつもと違う不穏な空気が漂っているのに気づいた。
「今年の小麦、去年の半分も収穫できないかもしれないって話だよ」
「ええ、うちの畑もそうだよ。天候不順が続いてるからねえ」
農家の人たちが深刻な顔で話し込んでいる。私は思わず、その会話に耳を傾けた。
「あの、すみません。今のお話、詳しく聞かせてもらえますか」
声をかけると、農家のおじさんが振り返った。
「ああ、ミーシャちゃん。実はな今年は雨が少なくて、この辺り一帯、小麦も野菜も軒並み不作なんだ」
「そんな」
胸がざわついた。うちの畑は、幸いこれまで大きな被害を受けていなかった。でも、街全体で食材が不足するとなれば話は別だ。
家に戻って、両親にその話をすると父さんも険しい顔をした。
「実は、私も似たような話を聞いていたんだ。今年の収穫量が落ち込むと。街全体の食料事情が厳しくなる」
「うちの仕入れにも影響が出そうだね」
「ああ。それに価格も跳ね上がるだろう」
その予感は、現実のものとなった。市場に並ぶ野菜や小麦の価格が目に見えて上昇し始めたのだ。
「これは厳しいな」
帳簿を見ながら私は唇を噛んだ。うちの畑で採れる分だけでは、宿の需要を賄いきれない。仕入れに頼る部分も多く、価格高騰の影響をもろに受けることになる。
隣街の高級宿でも事情は同じだった。ある日クラウスがいつになく深刻な表情で宿を訪れた。
「ミーシャさん、街全体がかなり厳しい状況になっています」
「はい、こちらでも実感してます」
「うちの宿でも食材の確保に苦労し始めています。それに」
彼は少し言葉を選ぶように続けた。
「街の人たちの間でも、食料の奪い合いのような雰囲気が少しずつ出始めているんです」
その言葉に不安を覚えた。市場でも以前は和やかだった空気が、どこか殺伐としたものに変わりつつあるのを感じていた。
「このままだと街全体が大変なことになるかもしれません」
クラウスの言葉に静かに頷いた。
数日後、街の広場で住民たちが集まって話し合う機会が設けられた。私も宿の代表として参加することにした。
「このままでは、冬を越せない家庭も出てくるかもしれない」
「領主様に支援を求めるべきじゃないか」
「でも、領主様のところも余裕があるとは思えない」
様々な意見が飛び交う中、私は不安げな街の人たちの顔を見つめながら何かできることはないかと必死に考えていた。
(前世の記憶にある、こういう時の対処法……)
会社員時代、資源が限られた中で、いかに効率よく物事を進めるか、何度も頭を悩ませた経験がある。今回もそういった知恵が何か役に立つかもしれない。
集会が終わった後、クラウスが私のところに近づいてきた。
「ミーシャさん、何か考えがありそうですね」
「まだ、漠然としてますけど。このままお互いに食材を奪い合うんじゃなくて、街全体で協力してなんとか乗り切る方法はないかと」
「協力ですか」
「はい。クラウスさんのところの流通の知識とうちの畑や料理のノウハウを組み合わせれば、何かできることがあるんじゃないかと」
クラウスはしばらく考え込んだあと、真剣な表情で頷いた。
「面白い提案です。詳しく聞かせてもらえますか」
その日の夜、両親に相談し、まずは家族でどうするか話し合った。
「これは、うちだけの問題じゃない。街のみんなに声をかけて、一緒に考えてもらった方がいいと思う」
「そうだな。明日にでも集まってもらえるよう声をかけてみよう」
翌日、私たちは、近所の農家や市場のおばさん、そしてクラウスにも声をかけて、宿に集まってもらうことにした。窓の外、静かな夜の畑を見つめながら、私は静かに決意を固めていた。一人で抱え込むんじゃなくて、街のみんなと一緒にこの危機を乗り越えてみせると。




