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いとけなき魔女と噓つき少女  作者: 森須 樹


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2/21

第2話 立派な淑女です

1


「できましたよお嬢様。旦那様がお待ちです」

「ええ、行きましょう」


 ドレスの着付けを終えた侍女に急かされて、自室から廊下へ出る。蝋燭の薄い光が満ちるそこに、小柄な男が立っていた。

 ウェルディエ領主、フレデリック・ド・ウェルディエ男爵。私の父。

 

「ああ、来たな。どこに出しても恥ずかしくない、立派な淑女だ」

「ありがとうございます。お父様」


 父の鷹揚な笑顔に、目を細め口の端を吊り上げて応える。当然、本気で喜んではいない。

 『人の万事は血が決める』と語って(はばか)らない父が、私が立派な淑女に育つと思っているはずはないからだ。

 私がウェルディエ家の女としての機能を果たすまで親子としての関係をやり過ごせればいい。そのための言葉にすぎない。

 その証拠に、ほら、次の言葉はきっと──


「その美貌を見れば、アルベール様もお喜びになろう」

 


2


 扉が開かれると、シャンデリアの眩しさが目に染みる。普段は蝋燭を節約して薄暗いこの広間も、今夜は昼間のように明るく煌びやかだった。

 何度となく経験した舞踏会の入場だけれど、自領──この城館で開かれるのは初めてだ。


「どうかした?」

「いえ、なんでも……ちょっと眩しくて」


 腕を取り、共に絨毯の上を歩く金髪の青年に笑顔で返す。彼の影響で、男爵風情の娘に過ぎない私の入場がかなり早まっていた。

 彼はアルベール・ド・ガルニエ。私の……婚約者ということになっている。

 すこし前、どういうわけか彼の父ガルニエ伯から提案された縁談に、私の父は大喜びで飛びついた。ガルニエ家は、辺境故に主君を持たない我が家とは比べものにならないほどの有力貴族なのだ。

 ただ、この国は長子相続制で、四男であるアルベールはガルニエ領の相続権を持たない。その分良縁を期待していたはずなのにウェルディエ領なんて()()を引かされたのだから、本人の心中は穏やかなはずがない。


「君のところで踊るのは初めてだね。なんだか少し緊張しているけど……嬉しいよ」


 けれど、彼は不満をおくびにも出さない。演技の上手さにかけては、私にも学ぶべきところがある。

 穏やかな微笑を浮かべるアルベール──私も同じ顔ができているはず──と共に席についた。

 私たちに続いて次第に席が埋まってゆく。その中には見覚えのない顔が多く、父が商人を招くと言っていたことを思い出した。

 

「あらエステル、今日はお招きいただきありがとう」


 私の後ろの席についた黒髪の少女が声をかけてきた。

 彼女はカルラ。

 ガルニエ伯の臣下である子爵の娘で、隣にはやはり相手の男性がいる。ただ、カルラが婚約したという話はまだなかったはずだ。

 ──彼女が私を嫌うようになったのは、私とアルベールが婚約した頃のことだ。

 世間ではアルベールと婚約するのは彼女だと目されていた。それが覆ったことを考えると察せるものもある気がするけれど、深く考えないようにしている。

 どんな理由にせよ、きっと私には動かしがたいことだ。


「ようこそ。こんな田舎まで来てくださってありがとう」

「本当に嬉しいわ。貴女のお家に招かれるなんて、滅多にないことだもの」

「ええ、私もようやくお招きできて安心しているわ」

 

 含みのある声色を受け流す。含意は、貧乏領主にはろくに舞踏会を開く金もない、といったところだろうか。

 この演技はさして難しくなかった。この国における父の権勢がどの程度だろうと、本当にどうでもいいから。彼女を招けることが嬉しいというのは嘘だけれど。


「皆様、遠路はるばるお越しいただき誠にありがとうございます。城主、フレデリック・ド・ウェルディエよりお礼申し上げます」


 父の挨拶が始まり、私たちは険悪な社交辞令を切り上げた。

 実のところ、今夜の本題はダンスではなくこの挨拶。


「今夜お集まりいただいたのは、我が領地──ウェルディエ領の未来についてお話するためでもあります」


 父は胸を張って、誇らしげに宣言する。社交の場でこれほど堂々としている姿を見るのは初めてだった。

 

「古くから銀鉱としてウェルディエの発展を支え、近年その役目を終えたクワルツ山。そこで新たに、魔石の鉱脈が発見されたのです!」


 広間はざわめきに包まれた。

 貧しい辺境の領主が、普通は貴族の社交場になんて呼ばれない商人まで招いて舞踏会を開いたのだから、何か儲け話がある。そこまでは誰もが予想していたはず。

 けれど、それが魔石だとは──まして大っぴらに朗報として発表するとは誰も思わなかっただろう。


「魔石か……君は知っていた?」

「ええ。実物もこの目で見ました」


 眉をひそめるアルベールに答える。

 数日前、私は父に連れられて試掘に立ち会っていた。その帰り、霧に巻かれて皆からはぐれた結果──狼に襲われた。


「でも……どうだろう。上手くいって、この領地が豊かになるなら何よりだけど」


 彼が曖昧な態度をとるのももっともだ。


 魔石は魔法の源となる力を蓄えた石で、適切に加工すれば魔法使いの手を離れても独りでに魔法の力を発揮し続けてくれるらしい。

 それが明らかになったのはもう数十年も前で、今も遠方にある魔法使いたちの学校で研究されているそうだ。

 確かに、この国に限らず諸国で期待がかけられている技術ではある。この先魔石の需要が高まる可能性も十分にあると思う。

 ただ、魔法に対する忌避感はまだ根強い。教皇はだいぶ前から(くだん)の学校を黙認しているけれど、貴賤を問わずほとんどの人が今でも『魔法は妖魔が使うもの』と思っている。


 私だって、つい最近まではそう思っていた。魔女……魔術を使う人間に命を救われるまでは。


「既にアルケイゼル魔術大学からは研究用、製造用として相当数の発注を受けております。今後、皆様が魔石灯をはじめとする関連製品を導入する際は──」


 父の話が続く間も、貴族と商人たちのざわめきは止まない。まだ魔石の鉱脈は貴重だけれど、警戒する見方の方が強いらしい。

 正直なところ、私も危険な賭けだと思う。

 この教区の大司教は保守的で、未だに魔女狩りを再開すべきだと側近に零しているという噂もある。魔法に関する資源を売り出すと知られれば、睨まれてもおかしくない。

 けれど女の身でそんな意見をしたところで聞き入れられるはずもない。第一、自領が豊かになることにも、それに失敗して父が破門されることにも興味が持てなかった。

 父が破門されれば私の生活も様変わりするだろう。下手をすれば一族郎党縛り首。興味が持てないのは──それすらも同じだ。

 

「さて、長々とお話してしまい申し訳ございません。皆様にとって、今夜が音楽と舞踏に満ちた心地よい夜となりますことをお祈り申し上げます」


 父は一礼すると共に、丁重な手振りをもってこの場で最も位の高い男女を促す。挨拶が終わり、建前上のメインイベントであるダンスが始まるのだ。

 彼女たちに続いて何組かが広間の中央に移動し、私たちは4番目だった。それがこの場での、アルベールと私の序列。

 弦楽器と木管楽器が、古い舞曲を奏で始める。手を取ったアルベールに儀礼的に目を合わせると、彼はまた柔和に微笑んだ。


「ダンスは得意じゃないんだけどね……君とは不思議と踊りやすいんだ」

「光栄です」

 

 彼のリードに合わせて、慣れたステップを踏む。

 彼の言葉が本当かはわからないけれど、少なくとも私の方は誰とでも同じだ。

 それが私にとっての舞踏の美点でもある。誰を相手にしていても、ただ同じ表情を浮かべて同じようにステップを踏み、同じように身を任せていればいい。相手の立場や性格を考慮しなくていい分、楽ではある。

 そんな姿勢で臨んでいる私の舞踏は、幸いにも割と好評だ。教師に「ダンスの楽しさがわかってきたようですね」なんて言われたときは表情が固まってしまったけれど。

 今まで一度も、楽しいと思ったことはない。


「おっと……ちょっと夢中になりすぎたかな」


 アルベールに言われて周りを見回すと、他の男女は皆ペアを替えていた。私たちも彼らに倣って手を離した。

 顔見知りの老婦人に声をかけたアルベールを見送る。しばらく壁際で大人しくしていようか──と思ったそのとき。


「ご一緒しても?」


 低く厳格な声で呼び止められた。

 振り向くと、白い髭をたくわえた初老の紳士が手を差し伸べていた。

 アルベールの父──ガルニエ伯だ。


「よろこんで」


 嫌な予感がしたけれど、誰が相手でもそうするように笑顔を向けて手を取った。

 伯爵のリードはアルベールよりも手馴れていて、すこし強引だった。音楽に紛れて、彼は私にだけ聞こえる程度の声量で言う。


「ご尊父の新しい事業のことだが……率直に言って感心せんな。領主が先陣を切って妖魔の業に手出しするとは」

「父は、魔石採掘事業で神に背くようなことはないと申しておりました」


 詭弁だ、と自覚しながらも弁解する。問題は父がどう考えているかでも、神に背く行いかでもない。教会がどう捉えるかだ。


「確かに、教皇聖下は魔術の利用を黙認されておられる。しかし聖下のご意志がすなわち教会の意志というわけではない」


 それは、その通りだ。聖地から近いこの国では、教皇の目も届きにくい。実質的には例の魔法嫌いの大司教の裁量に任されている。

 けれど、それを私に言う意図は何?私の口を通して父に釘を刺したいのだろうか。


「君の父はやがて私の親類となろう。身内に教会の敵と見なされる者がいれば、私は自ら(ちゅう)することも(いと)わぬ。加えて──」


 伯爵はステップを止め、底冷えのするような眼で私を見据えた。

 

「魔女に籠絡されるような者もな」


 心臓が一瞬、鼓動を止めた。

 なにか、言わなくては。表情を作って──

 そのどちらもできずにいるうちに、伯爵は手を離して去っていってしまった。


「どうかした?」

「いえ……」


 どこからか戻ってきたアルベールに、かろうじて返事をする。


 魔女に逢ったことは誰にも明かしていない。狼に襲われたことは言ったけれど、名前も知らない狩人に助けられたと嘘をついた。服についた血は、矢を射られた狼のものだと。

 伯爵が知っているはずはない。というか……そもそも籠絡なんかされていない。

 そう……ただ森に魔女が住んでいるという噂を知っていて、関わるなと警告しているだけかもしれない。


 アルベールに気取られないように、静かに呼吸を整える。まだ凍りついたままの表情を隠すように、私は窓の外の暗闇に顔を向けた。

 もし魔女に籠絡されていると誤解されたとしても、最悪でも殺されるだけだ。別にそれでもいいと思っていたはず。なのに、どうしてあんなに動揺したのだろう。

 自分の生死にすら興味を持てないのに、あの魔女……イネスとの関わりを他人に知られることは、何故だか怖かった。

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