第11話 愛すべき当家のために 後編
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ガルニエ家に近づくのは危険だ、というのは嘘ではない。アルベールはイネスの姿を見ているし、伯爵の口から魔女という言葉が出たこともある。
だからやはり、イネスのためにも伯爵の意図を探る必要はあった。
彼の真意に確信が持てれば父を説得する目も出るし、あるいは伯爵の方から婚約を破棄してもらう道もあるかもしれない。
そういうわけで、しばらく森を離れることになる。そのあたりをイネスに伝えに来た。
「……そのくらいなら、いい。わたしも子どもじゃないからな」
ガルニエ領は隣だから王都のときほど長くはならない。一週間くらいだ。そう言い聞かせると、しばらくぐずっていた彼女も納得したようだ。
帰ったとき、イネスは例の魔石が群生する地下室でいつものように肉を棚に仕舞っているところだった。
冬の気配が濃くなってきたけれど、それでもここは外より格段に寒い。
私が震えていることに気づくと、イネスは背中からケープの中に抱き込んできた。
彼女はふわりと私を──明らかに筋力以外のものが作用して──持ち上げ、岩壁の傍に置かれた古い椅子に腰を下ろす。イネスと、その膝に座った私と。ふたり分の体重を受けた椅子がきしんだ。
すこし高い位置にある彼女の顔に頬を寄せると、長い髪にくすぐられる。寒いのならただ地上へ上がればいいのだけれど、私は何も言わなかった。
自然と、青白く光る魔石をふたりで眺める形になる。
自宅の書庫から持ち出して読んだ本によると、魔石は空気中の濃い魔素が時間を経て固まったものだという。
魔素とは何なのか、なぜ固まるのか。本質は大学の魔術師にもわかっていないようで、どこぞの預言者を名乗る者が夢現のうちに語ったという、「創造の欠片」だという曖昧な表現が記されているばかりだった。
結局のところ、魔石について私とイネスの間で言えることはこれくらいだ。
「綺麗ね」
「ああ」
他愛もない感想を最後に、短い沈黙が流れる。
イネスが何か言いたげにしているのを感じて、私はただ前を見ていた。促すよりも黙っている方が、イネスはよく喋ってくれる。
「……魂の色だ」
「どういう意味?」
訊くと、イネスは人差し指で空中になにかを描きはじめた。普通の人間も時折するその仕草は、彼女の手にかかるとより具体的になる。
虚空をなぞる指先から青白い光が紡がれ、空中に滞留して絵のようになるのだ。
「魂や魔素を目で見られるようにする魔術があるんだ。そうして見ると、魂も魔素も、魔石と同じ青色をしている」
鹿狩りのときにイネスが使った魔術を思い出す。鹿の首を貫いたあの光の矢も、思えばここの魔石の色に近かった。
「あれから、暇なときは先生の研究していた自動魔術について調べていた。書庫の奥まで引っ掻き回して」
イネスが描いたのは、簡素な手足が生えた人体らしきものだった。その胴体に、いくつもの輪に囲まれた球体が描かれている。
「魂は魔素が流れる導管と、魔素を溜め込む蓄魔器から成る。ならば、魔素を蓄積した物体に魔素導管を書き込めば、それは本質的に魂と同義のものとなる……自動魔術の根底には、そういう認識があったらしい」
イネスは人形の隣に、尖った石を描く。その周囲を球体と同じく輪で囲んだ。
この輪が、その魔素導管というものを表しているのだろう。
「魔石灯も人の魂も同じだってこと?」
「人の魂はそれほど単純じゃない。だが、裏を返せば複雑さしか違いがないということだ。人の魂よりは単純で、魔石灯よりは複雑な自動魔術を、お前も知っているはず」
そのとき、洞窟の隅で動く黒い仔犬に目を惹かれた。なにか熱心に地面を掘っている。
「そうか……クル」
「ああ」
クルはイネスが動かしているわけじゃない。命令すれば従いはするけれど、判断しているのはクル自身だ。
「使い魔自体は魔女集会の時代から伝わる古い魔法らしい。自動魔術はそれを理論化したものだと言える」
「あなたは、それと知らずに自動魔術を学んでいたのね」
「ああ。それで……」
そこでまた、イネスは口ごもる。
私を抱く両腕が、すこしきつく締まるのを感じた。
「……わたしは、やっぱり子どもだった」
「え?」
「お前が他所へ行くのはわたしのためなのに、駄々をこねて」
……ああ、そうか。
自動魔術の話をする前に、言い淀んでいた理由がわかった。
「この森の結界も自動魔術の一種だ。結界やわたしの魔法についてもっと研究すれば、魔石に頼らなくても済むようになるかもしれない。だから……」
ただ私に我が儘を言うだけではないと、自分でも解決策を考えていると、そう伝えたかったのだろう。
しかし、"先生"はおそらく西方で最も魔術に精通した人間だったはず。
その彼女が「一生森で暮らす」以外の解決策を見出だせなかった魔法を、イネスがどうにかできるとも思えない。"先生"と違って、大学で学ぶこともできないのだ。
「ありがとう。でも、私もできることをするわ」
「……エステル」
「だから、待っていて」
耳元で揺れ動く、微かな息遣い。
そこに焦りの色を感じた私は、振り向いて彼女の頬に手を添える。
「すぐに帰ってくるから」
それでも、肩越しに見るイネスの表情は晴れなかった。




