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いとけなき魔女と噓つき少女  作者: 森須 樹


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10/22

第8話 ずっとひとりで 前編

1


 その日、森の家で私を迎えたイネスは特に機嫌が悪かった。

 

「久しぶり」

「本当にな」

 

 声が刺々しい。彼女から嫌味が出るというのも珍しかった。誰かから影響を受けたとすれば、私かもしれない。

 

 本当に久しぶりだった。

 都合がつく日は必ずここへ来るようになっていたから、今回のように数週間も顔を合わせないことはそうない。


「町にもいなかった」

「え?ええ。しばらく王都まで出ていたから。王の即位記念式典で」

「即位……よくわからないが、なぜお前が行く必要がある」

「一応、私も領主の娘だから……ごめんなさい」


 事前に伝えられればよかったのだけれど、出発の前日に突然同行するように命じられたのだ。

 断ろうにも、王都に招かれることは"貴族の娘"としては名誉に思って然るべきことだ。そう演じなければならない。

 今を好きに生きると決めはしたけれど、それができるだけ長く続くようにはしたい。


「鬱陶しいな」


 イネスは珍しく、わかりやすく顔を(しか)める。

 いや、最近はさほど珍しくはなかった。あの大喧嘩以来、彼女の表情はかなり豊かになったと思う。あるいは、私が彼女の表情を読み取れるようになったからか。


「私も寂しかったわ」

 

 そう言って自分よりだいぶ高い頬に触れると、彼女は静かになる。見つめていると、眉間に寄った皺は和らいでゆく。

 そのままイネスの手を引いて、テーブルについた。

 もう昼食の時間はだいぶ過ぎていたので、今日のパンはなし。


「町にいなかったって言ったけれど、どうして知ってるの?町に来た?」

「わたしは森から出られない。使い魔を送っただけだ」


 使い魔……あの黒い狼だろう。

 つきまとわれていた理由に、ようやく得心がいった。

 あの狼を通して、イネスは私を見ていたのだ。

 

「森に出られないって前にも言っていたわね。どうして?」


 ずっと気になっていたことだった。それこそ初めて会った日から。

 今なら訊いてもいいだろう、という時機をずっと待っていた。それを訊いても許される関係になるのを。


「先生に言われたんだ。出ないようにと」

「それは……何か理由があるの?」


 外の人間が魔女をどう思っているかを考えると、"先生"がイネスを人と関わらせたがらなかったのも無理はない。

 ただ、そもそも今は多くの魔女や妖魔憑きが大学に通っている。彼女がそうしない理由がわからない。


「先生は……最期まで教えてくれなかった。わたしにはまだ早いと」


 早いといっても、死んでしまっては教えられないのではないか。

 そんな不躾な言葉を頭の中で柔らかく加工しているうちに、イネスは続ける。

 

「理由はこの本に書いてある。時が来たら読めと言われた」


 イネスは肩から帯で提げた本に手を置く。

 初めて出会ったときから、いつも欠かさず手元に置いている本だ。


「時って、いつ?」

「……あるものを、わたしが見つけられたときだと聞いている」


 歯切れの悪さから、それを口にしたくないことが伝わってくる。

 でも訊く。

 少し前までなら引き下がっていただろうけれど、今の私は訊ける。


「あるものって何?」

「……」

「何?」

「……たからもの……と言っていた」


 宝物(たからもの)

 その子どもっぽい単語に、何を言えばいいものかわからず黙ってしまった。

 私の沈黙をどう解釈したのか、イネスの顔がどんどん赤みを帯びてゆく。

 

「なんだ……はっきり言え」

「どうしてそんな言い方をしたのかしら」

「知らない!言ったのは先生だ!」


 むきになって、拗ねたような声を出すイネス。

 何か勘違いしていそうだけれど、別に笑うつもりはない。

 

「馬鹿にして……最近のお前はいつもこうだ」


 どうも最近の私の態度がよくないらしい。

 出会ったばかりの頃と比べれば、彼女をからかったり率直にものを言うことが増えたのは確かだ。


「馬鹿になんかしてないわ」


 宥めるように言って、イネスの頭を撫でる。

 一度こうしてから、彼女はあの巨大なとんがり帽子を脱いで過ごすようになった。

 私が撫でたがるから配慮してくれているのか、あるいは気に入ったのかもしれない。


 「見つけられるといいわね」


 隠されていたことを、知る準備が整う条件。

 それって、たぶん──

 言いかけたけれど、やめた。

 この推測が正しいとすれば、彼女が自分で気づかないと意味がないと思うから。

 

 だから、ただ静かに願った。

 彼女が"たからもの"を見つけたとき、そばにいるのが私ひとりであることを。

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